第55話 荒野の開拓は「菌類汚染」と「重機(ダンくん)」で。
【場所:ダンジョン周辺 「嘆きの荒野」】
【日時:5月中旬 快晴】
ズブブブブ……。
私の目の前には、毒々しい紫色の泡を吹く沼と、触手のように蠢く荊棘の森が広がっていた。
「……汚いですわね」
私は日傘を差し、ハンカチで鼻を覆った。
ここが、私の新たな領土予定地。魔物が跋扈し、草一本生えない死の大地だ。
「オーナー。ここを『住宅街』にするんですか? 正気ですか?」
ヘルメットを被り、図面(チラシの裏)を持った田中さんが、顔を引きつらせている。
「ええ。ダンジョンへのアクセス徒歩0分。職住近接のニュータウンですわ」
「いや、アクセス以前に『生存率』が低すぎますよ!」
田中さんの横で、ツルハシを持たされたガルドス(元騎士団長)が震えている。
「む、無理だ……。この沼は『強酸性のスライム沼』だぞ。落ちたら骨も残らん」
「あら、骨ならそこにいますけれど?」
私が指差すと、スケさんが沼に半身浴しながら「いい湯加減ッス〜(骨は溶けない)」と手を振っていた。
「……とにかく! この土地を更地にします。総員、作業開始ですわ!」
「まずは、この汚染された土壌と、邪魔な植物の除去ね。……ピノ様、出番ですわよ」
私が呼ぶと、背中のリュックに大量の「培養瓶」を詰め込んだジャージ姿の少女が、のっそりと進み出た。
「……ん。任せて」
ピノは、眠たげな目で荒野を見渡した。
「……毒素がいっぱい。……私の可愛い菌ちゃんたちの、最高のご馳走……」
彼女は瓶の蓋を開け、中に入っていた「蛍光色の胞子」を、フッ……と息で吹き飛ばした。
「いけ。……『暴食の腐海』」
ゾワァァァァァッ!!
撒かれた胞子は、着地した瞬間に爆発的な増殖を始めた。
白い菌糸が、紫色の毒沼を覆い尽くし、蠢く荊棘に絡みつく。
「ギチチチチッ!?(植物の悲鳴)」
菌糸は、毒物を猛スピードで分解し、養分として吸収していく。
見ているだけで痒くなるような光景だが、その効果は劇的だった。
数分後。
そこには、毒々しい色は消え失せ、ふかふかの(ただしキノコだらけの)黒土が広がっていた。
「……浄化完了。……ついでに、毒キノコも生やしておいた……」
「余計なことはしなくてよくてよ! でも、素晴らしい土壌改良ですわ!」
「次は整地です。デコボコな地面を平らにし、岩盤を砕く必要がありますわ」
私は振り返り、巨大な影を見上げた。
身長3メートルの木製ゴーレム――ダンくんだ。
彼の背中には、クルミが改造して取り付けた「ショベルアーム」と「ドリル」が装着されている。
『……ねえ。俺、ダンジョン・コアだよね? なんで「重機」になってるの?』
「適材適所ですわ。そのパワー、活かさない手はありません」
私は扇子を振り下ろした。
「ダンくん! あの岩山を粉砕して、窪みを埋めなさい!」
『へいへい……。あー、腰が痛くなりそう(木だけど)』
ウィィィィン……ガシャン!!
ダンくんが動いた。
3メートルの巨体から繰り出されるショベルの一撃は、油圧ショベル数台分に匹敵する。
ズガガガガガッ!!(ドリル音)
巨大な岩が豆腐のように砕かれ、土砂があっという間に均されていく。
「すげぇッス! ダン坊先輩、マジパネェッス!」
「……世界樹のゴーレムを工事現場で使うなど、神への冒涜では……」
スケさんとガルドスが、スコップの手を止めて見惚れている。
「……ふむ。出力係数は良好ね。でも、排熱処理が甘いわ。冷却水をかけなさい」
現場監督のクルミが、タブレットでダンくんのバイタルを監視しながら指示を出す。
魔導と科学の融合。
我が国の土木技術は、すでに王国を100年追い越している。
「土地は平らになりました。次は『道』と『区画整理』です」
田中さんが、地面に石灰でラインを引き始めた。
「オーナー。街づくりで一番大事なのは『導線』です。コンビニの棚配置と同じですよ。客をどう歩かせ、どこで金を使わせるか……」
田中さんの目が、怪しく光った。
彼は元コンビニ店員だが、その知識は「効率化」に特化している。
「メインストリートはここ。幅は馬車3台分。……そして、入り口には『ウェルカム・カツ丼屋』を配置。奥には『物欲センサーを刺激するアウトレット』。さらに、地下水道と魔力パイプラインを張り巡らせます」
「素晴らしいですわ。でも、舗装するアスファルトがありませんわね」
「それなら、これを使ってください」
田中さんが指差したのは、先ほどピノが浄化した「元・毒沼」の跡地に残った、粘土質の土。
「クルミさんに分析してもらいましたが、これに『スライムの粘液』と『焼却灰(スケさんが燃やしたゴミ)』を混ぜて、グランさんの炎で焼き固めれば、コンクリート以上の強度になります」
「……異世界コンクリ(通称:タナクリート)ですわね。採用!」
「オラオラオラァ! 混ぜろ混ぜろォ!」
レオニダスが、巨大な桶の中で材料をかき混ぜる。
「燃やし尽くせ!」
グラン(ドラゴン)が、ブレスで焼き固める。
あっという間に、荒野に真っ白で頑丈な「大通り」が出現した。
工事は順調に進んでいた。
しかし、自然破壊(開発)が進めば、怒る者もいる。
ズズズズズ……ッ!!
突如、地面が大きく隆起した。
整地したばかりの道路が割れ、地底から巨大な影が飛び出した。
「グオオオオオオオッ!!」
現れたのは、全長30メートルはある「グランド・サンドワーム(大地蟲)」。
この荒野の主だ。
「ひぃぃッ!? 出た! ヌシだ!」
「せっかく敷いたタナカ・クリートがァァァ!」
ワームは、怒り狂ってダンくん(重機モード)に襲いかかった。
『うわっ、デカいミミズ! 食べられる! 助けてベアトリス!』
「お待ちなさい! ……あの子、いい『穴』を掘りそうですわね」
私は冷静に値踏みした。
地下鉄、あるいは下水道。
人力で掘るには骨が折れる地下工事を、あの子なら一瞬で……。
「ピノ様! あのミミズを『手懐』けられますか?」
「……ん。虫は専門外だけど……脳に寄生するキノコを植え付ければ、操れるかも」
「採用ですわ! レオニダス! 口をこじ開けなさい!」
「応ッ! マッスル・ジョー・ブレイカー!!」
レオニダスがワームの口に飛び込み、上下の顎を怪力で押し広げた。
そこへ、ピノが「特製・洗脳胞子爆弾」を投げ込む。
ポンッ。
ワームの目がぐるぐると回り、そして――。
シュンッ。
大人しくなり、お座りをした。
「……確保。名前は『トンネル君1号』」
「素晴らしいですわ! これで地下鉄工事も安泰です!」
夕方。
見渡す限りの荒野は、整然と区画整理された「建設予定地」へと生まれ変わっていた。
中央にはメインストリートが走り、地下ではワームが下水道を掘り進めている。
「……ふふふ。見えますわ。ここに立ち並ぶビル群と、カジノのネオンが」
私は夕日に向かって、未来の「ダンジョン・シティ」の幻影を見た。
「土地は用意できました。……次は『建物』と『住人』ですわね」
私は、ガルドスに命じた。
「ガルドス。貴方、王都の事情には詳しいわよね?」
「は、はい。騎士団時代のコネクションなら……」
「結構。では、王都に『求人広告』を出しに行きなさい」
私は羊皮紙に、デカデカと文字を書いた。
【急募! 新天地で夢を掴みませんか?】
・職種:建築、魔法、接客、その他なんでも
・待遇:衣食住完備、毎日カツ丼支給、温泉入り放題
・条件:過去不問(犯罪歴、追放歴、種族問いません)
「……これで、世界中の『はぐれ者』が集まってくるはずですわ」
私の野望は、更地の上に大きな一歩を刻んだ。
しかし、集まってくるのは、私の予想を遥かに超える「濃いメンツ」ばかりになるのだが――それはまた、別のお話。
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