第52話 春のダンジョン・オハナミ。花粉症はビジネスチャンスです。
【場所:ダンジョン・マート 1階層・中央広場】
【日時:4月上旬 快晴】
「……頭が、痒い」
開店前の静かな店内に、野太い(けれど情けない)声が響いた。
声の主は、私のダンジョンコアであり、身長3メートルの世界樹製ゴーレム――ダンくんだ。
「痒いですって? 整備不良かしら。クルミさんに見てもらいます?」
『違うんだ。回路じゃなくて、こう……物理的に頭皮(樹皮)がムズムズするというか……』
ダンくんが、巨大な手で自身の頭部(スマホが埋まっている上の部分)をガリガリと掻いた。
その時。
ポンッ!!
乾いた破裂音と共に、ダンくんの頭頂部からピンク色の煙が噴き出した。
「爆発しましたわ!?」
『うわぁっ!? 何これ!? 前が見えない!』
煙が晴れると――そこには衝撃の光景が広がっていた。
ダンくんの頭上に、見事な「桜の巨木」が生えていたのだ。
いや、正確には、彼のボディを構成する世界樹の枝が活性化し、一斉に開花したのだ。
「……綺麗……」
思わず呟いてしまった。
それはただの桜ではない。淡い光を放つ、幻想的な「魔界の桜」だった。
「……ふぁ〜あ。騒がしいなぁ……」
あくびをしながらピノ(ニート庭師)が現れた。彼女はダンくんの頭を見上げると、少しだけ目を見開いた。
「……わぁ。『千年桜』だ」
「千年桜?」
「……エルフの森でも千年に一度しか咲かない幻の花。……世界樹の魔力を吸って咲くから、見ると『幸運』が訪れる……かも」
チャリンッ!!
私の脳内で、レジスターが開く音がした。
「田中さん! 今すぐ『お花見セット』の準備を! スケさん、チラシを撒きなさい! 『伝説の桜、緊急開花! 入場料:金貨一枚!』ですわ!」
『えぇ……俺、見世物になるの……?』
数時間後。
ダンジョン1階層は、王都から押し寄せた客でごった返していた。
中央に鎮座するのは、満開の桜を頭に乗せたダンくん。彼は動くと花びらが散るため、直立不動を強要されている。
「いらっしゃいませー! ダンジョン特製『三色団子』はいかがですかー!」
田中さんが、コンビニスイーツの技術を応用した「モチモチ団子」を飛ぶように売っている。
その横では、レオニダスが「場所取り」の警備をしていた。
「貴様ら! ブルーシートからはみ出すな! 筋肉がぶつかるだろうが!」
そして、特等席(ダンくんの足元)には、VIP客たちが陣取っていた。
「わらわの奢りじゃー! 飲め飲めー!」
魔王ヴァネスが、ジュースで顔を赤らめて(※雰囲気で酔っ払っている)大騒ぎしている。
その隣では、大家のグラン(ドラゴン)が、人間の姿で焼き鳥を貪っていた。
「うむ。この桜を見ながらの焼き鳥は格別だな。……おいダンジョン(ダンくん)、もっと枝を揺らして花びらを散らせ。風流さが足りん」
『無茶言わないでください大家さん! 首が痛いんです!』
ダンくんは、頭上の桜の重みでプルプルと震えている。
そこへ、白衣を着たクルミがやってきた。手には採取キットを持っている。
「……素晴らしいわ、ダンくん。貴方の樹液だけでなく、花粉まで採取できるなんて。……後で雄しべを全部ピンセットで抜いてあげるわね♡」
『やめて! 脱毛サロンみたいな言い方しないで!』
宴もたけなわ。
しかし、異変は静かに訪れた。
「……へくちッ!」
最初にくしゃみをしたのは、魔王ヴァネスだった。
可愛らしいくしゃみと共に、彼女の鼻から小さな「火の玉」が飛び出し、スケさんのアフロ(カツラ)を燃やした。
「あちちちッ!? 骨が! 骨が焦げるッス!」
「……む? なんか鼻がムズムズするのじゃ……」
続いて、レオニダス。
「……ハッ……ハッ……ブォォォォォン!!(くしゃみ)」
彼のくしゃみは、もはやソニックブームだった。
衝撃波でブルーシートがめくれ上がり、田中さんの屋台が半壊する。
「な、なんですの!? 敵襲!?」
「……違うよ、ベアトリス」
ピノが、マスクをして(いつの間に用意したのか)、淡々と言った。
「……千年桜の花粉は、魔力が強すぎるの。……吸い込むと、体内の魔力が暴走して、『魔法花粉症』になる」
魔法花粉症。
くしゃみをするたびに、その人の「属性魔力」が放出されてしまう奇病だ。
ズドォォォォン!!
会場のあちこちで爆発が起き始めた。
魔法使いの客がくしゃみをするたびに「ファイアボール」や「サンダーボルト」が乱れ飛ぶ。
「ギャァァァ! 鼻水が止まらない! 鼻水が氷柱になる!」(氷魔法使い)
「目が痒い! 掻いたら目からビームが出た!」(魔眼持ち)
阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
そして、元凶であるダンくんもまた、苦しんでいた。
『うっ……うぅ……俺も……!』
「ダンくん!? 貴方は本体でしょう!?」
『本体だからこそ……一番ムズムズするんだよぉぉぉ!!』
「ハックショォォォォォォォン!!!」
3メートルの巨体が、盛大にくしゃみをした。
その瞬間。
頭上の満開の桜から、黄色い粉(花粉の塊)が、爆撃のように降り注いだ。
ドサササササッ!!
会場全体が、黄金の粉に埋め尽くされた。
「……ゴホッ、ゴホッ! 視界が……!」
私は扇子で花粉を払い除けた。
周囲は壊滅状態。客たちは全員、涙と鼻水を流しながら、勝手に出る魔法に翻弄されている。
このままでは、慰謝料請求でダンジョンが破産してしまう!
「……クルミさん! ピノ様! なんとかしなさい!」
私が叫ぶと、マスク姿の二人が瓦礫の山から出てきた。
「……中和剤はあるわ。でも、散布するには風が必要ね」(クルミ)
「……大家さん、お願い」(ピノ)
焼き鳥を食べて無事だった(ドラゴンには花粉が効かない)グランが、面倒くさそうに立ち上がった。
「やれやれ。家賃はまけろよ?」
グランが大きく息を吸い込む。
そして、「竜の咆哮(ドラゴンブレス・送風モード)」を放った。
ゴオオオオオオッ!!
暴風が吹き荒れ、会場に充満した花粉を一気に吹き飛ばした。
同時に、クルミが投げた中和剤の瓶が割れ、霧となって人々に降り注ぐ。
「……ふぅ。助かった……」
「鼻水が止まったぞ!」
客たちが次々と正気を取り戻していく。
嵐が去った後。
中央には、すべての花と葉を散らし、ツルツルの丸太になったダンくんが立っていた。
『……寒い。心も頭も寒い』
「あら、スッキリしていい男ですわよ、旦那様」
私は、地面に積もった「黄金の花粉」を指先で掬った。
「見てください。この花粉……魔力の結晶体ですわ。これを袋詰めにして『魔法使い用・魔力回復パウダー』として売れば……」
チャリンッ!!
計算完了。
慰謝料を差し引いても、十分にお釣りが来る。
「さあ田中さん! レオニダス! 直ちに掃除(収穫)ですわよ! 一粒残らず回収なさい!」
『……結局、俺の禿げ頭も金になるのか』
ダンくんの哀愁漂う呟きは、春風と共に消えていった。
こうして、ダンジョン・マートの春は、黄金色の利益と共に過ぎ去っていくのだった。
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