第51話 ホワイトデーの悲劇。倍返しは「物理」ではありません。
【場所:ダンジョン・マート 特設カウンター】
【日時:3月14日 ホワイトデー当日】
「……皆様。バレンタインの『定義』を覚えていますかしら?」
私は、扇子でリズムを刻みながら、目の前に整列した男性スタッフたちを見下ろした。
スケさん(骨)、レオニダス(筋肉)、ゼノン(老人)、そしてダンくん(3m巨木)だ。
「バレンタインにチョコを貰ったら、ホワイトデーには……?」
「「「3倍にして返す!!」」」
「よろしい。では、その成果を見せていただきましょうか」
私は期待に胸を膨らませた。
あの命がけの「ブラッド・チョコ」を食わせたのだ。それ相応の見返り(金品または労働力)があって然るべきだ。
【エントリーNo.1:スケさん(骨)】
カカタッ……!
スケさんが、震える手で白い箱を差し出した。
「店長代理として! ……全身全霊を削って作りましたッス!」
箱を開けると、そこには真っ白な粉末でコーティングされたクッキーが入っていた。
形は……なんだか歪な「骨」の形をしている。
「……スケさん? この白い粉は?」
「はい! 俺の『肋骨』をヤスリで削って精製した『特製カルシウム・パウダー』ッス! 骨粗鬆症も一発で治るッスよ!」
ガシャァァァン!!
私は箱ごと床に叩きつけた。
「汚い! 食品衛生法違反ですわ! お客様(私)に自分の骨を食わせようとする店員がどこにいますの!」
「ヒィィィッ!? 愛が重すぎましたかッス!?」
スケさんは泣きながら散らばった骨粉を掃除し始めた。
次!
【エントリーNo.2:レオニダス(勇者)】
「フンッ! 女子供は軟弱だ! だから俺はこれを贈る!」
レオニダスが、ドサッと重い袋を置いた。
中には、黒光りする石のような塊がゴロゴロと入っている。
「……これは?」
「『超圧縮プロテイン飴』だ! プロテインを極限まで圧縮し、糖分を一切排除した! これを舐めれば、お前の細腕も丸太のように太くなるぞ!」
私はその「飴」を一つ摘んでみた。
硬い。オリハルコン並みに硬い。
「……レオニダス。これ、舐めるものですの?」
「噛み砕け! 顎の筋肉を鍛えるんだ!」
バチィン!!(扇子で叩く音)
「歯が折れますわ! 誰がホワイトデーに『顎の筋トレ』を求めたと言いましたの!?」
「ぬわーッ!? 筋肉への冒涜だー!」
レオニダスが吹っ飛んだ。
次!
【エントリーNo.3:ゼノン(元魔王)】
「フォッフォッフォ。若者は粋がないのぅ」
ゼノン爺さんが、古ぼけた壺を持ってきた。
封を開けた瞬間――。
プ~ン……。
強烈な発酵臭が部屋に充満した。
スケさんが気絶(死んでるけど)し、レオニダスが鼻を押さえて悶絶するレベルだ。
「……爺や。これは?」
「魔界の珍味。『腐れマンドラゴラの古漬け』じゃ。100年モノじゃよ。滋養強壮に良いぞ」
「埋めてきなさい!! 今すぐ!!」
ダンジョンが汚染される!
私は即座に空間魔法(換気)を発動した。
【エントリーNo.4:ダンくん(旦那様)】
さて、最後は私の旦那様、ダンくんだ。
彼は3メートルの巨体を小さく丸め、申し訳無さそうにモジモジしている。
『……ごめん、ベアトリス。俺、料理できないし、指が太すぎてラッピングもできなくて……』
「あら、いいんですのよ? 貴方はそこにいてくれるだけで……(というのは建前で、何か金目の物を期待していますわよ?)」
『だから……俺の体から出るものを……』
ダンくんが、自身の「木製の指」を、コップの上に突き出した。
ポタッ……ポタッ……。
指先から、黄金色に輝くトロリとした液体が滴り落ちる。
甘く、芳醇で、どこか神聖な香り。
「……これは?」
『……樹液』
「樹液!?」
私はドン引きしたが、横で見ていた田中さんが、血相を変えて飛びついてきた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいオーナー! これ、『世界樹のシロップ(メープル)』ですよ!?」
「世界樹の……シロップ?」
「はい! 市場に出れば、スプーン一杯で白金貨一枚は下らない、伝説の甘味料です!」
キラーン!!
私の瞳が黄金色に輝いた。
「ダンくん……♡」
『ヒッ!? その目! 「愛」じゃなくて「金」を見てる目だ!』
私はコップを奪い取り、その黄金の雫を舐めた。
――美味。
脳が蕩けるような甘さと、溢れ出る魔力。これぞ至高のスイーツ!
「素晴らしいですわ、旦那様! これこそ私が求めていた『3倍返し』……いいえ、『100倍返し』ですわ!」
『よ、よかった……のか?』
しかし、この甘い香りを嗅ぎつけたハイエナが一人。
バァァァン!!
研究室の扉が開き、白衣を着たクルミが飛び出してきた。
「……匂うわ。この芳醇な香りは……ダンくんの体液ね!?」
『言い方! クルミ、言い方!』
クルミは、私の手にあるコップを凝視し、眼鏡を光らせた。
「……渡さないわよ、ベアトリス。それは研究素材として最高峰の……いいえ、個人的に舐めたいわ」
「お断りですわ! これは旦那様が私への愛(と賠償)として絞り出してくれたものですの!」
私とクルミが、コップを挟んで睨み合う。
「……ダンくん。もう一本、指を出して?」
『嫌だよ! 貧血(貧樹液?)になるわ!』
「……じゃあ、直接吸うわ」
クルミが、ダンくんの腕(丸太)に抱きつき、ガブッと噛み付いた。
『ギャァァァァ! 痛い! 俺は木だよ!? 歯が丈夫すぎない!?』
「あら、なら私も負けませんわ!」
私も反対側の腕に抱きつき、世界樹の樹皮に吸い付いた。
……硬い。けど、甘い!
ズズズ……ッ!
『やめてぇぇぇ! 俺を吸わないでぇぇぇ! 枯れる! 俺が枯れ木になっちゃうぅぅぅ!』
3メートルの巨体が、二人の女にチュウチュウと吸われる地獄絵図。
その光景を、田中さんは冷静に眺めながらメモを取っていた。
「……新商品、『ダンくんシロップ』。……数量限定で高値で売れそうだ。パッケージは『世界樹の涙』にしよう」
こうして、ホワイトデーもまた、ダンくんの尊い犠牲(樹液)によって、ダンジョン・マートの売上に貢献することになったのだった。
後日、レオニダスの「プロテイン飴」はダンジョンの壁補修材として、スケさんの「骨クッキー」は農園の肥料として有効活用されました。
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