第50話 バレンタイン戦争。元カノvs今嫁(仮)のヤンデレ頂上決戦
【場所:ダンジョン・マート 地下研究室】
【日時:2月13日 決戦前夜】
「……あら、お帰りなさい。遅かったわね」
研究室の扉を開けると、白衣を纏ったクルミが振り返った。
彼女の背後には、不気味なほど精巧な「ダンくん型の金型」が鎮座している。何に使うつもりなのかは聞きたくない。
「クルミさん。……カカオ、採ってきましたわよ……♡」
私は、自分でも驚くほど熱っぽい声で言った。
私の瞳孔は開ききっている(らしい)。
私の腕には、チョコまみれのダンくんがガッチリと抱きかかえられている。
『く、クルミ! 逃げて! 今のベアトリスはヤバい! 物理的に拘束されて離してくれないんだ!』
「……あら? ずいぶんと熱烈なスキンシップね。……で、その禍々しい赤い実は?」
クルミが私の手にある「ブラッド・カカオ」に目をつけた。
研究者としての好奇心が、彼女を破滅へと導く。
「……成分分析が必要ね。毒性チェックも含めて、私が味見をするわ」
『やめろォォォ! それはただのチョコじゃない! 「愛の劇薬」だ!』
ダンくんの制止も虚しく、クルミはひとかけらのチョコを口に放り込んだ。
パクッ。
「……ん。濃厚ね。カカオポリフェノールが脳の血管を拡張させて……あ……れ……?」
クルミの動きが止まった。
彼女のメガネが、カチャリとズレ落ちる。
そして、ゆっくりと顔を上げた時――その瞳から「理性」の光が消えていた。
「……あは♡」
クルミは、うっとりとした表情で、ダンくんの巨大な足(丸太)に頬ずりをした。
「……ダンくん。……やっぱり、貴方は私のものよ。……ねえ、もう一度やり直しましょう? ……今度は、私のラボで。……ホルマリン漬けにしてあげるから……ずっと一緒よ……♡」
『ヒィィィッ!! サイコパスな愛が混じってる!』
私の脳内で、何かがプツンと切れた。
私の旦那様に、古い女が触れている。
許せない。
独占したい。
閉じ込めたい。
「……クルミさん? その汚い手を離してくださらない? ……ダンくんは私の『所有物(不動産)』ですのよ……?」
私は扇子を抜き、刃のように構えた。
「……所有物? 笑わせないで。……彼は私の『青春(過去)』よ。……過去は誰にも奪えない。……ねえ、ダンくん。私のこと、まだ好きよね? ……脳を取り出して、私の心臓と直結させてもいい?」
クルミが、メスを取り出して微笑んだ。
『どっちも怖い! 警察呼んで! あ、ここ魔境だった!』
「「渡さない!!」」
私とクルミが同時に叫び、3メートルの巨体に飛びついた。
ミシミシッ……! メキメキメキッ!!
右腕を私が引っ張り、左腕をクルミが引っ張る。
世界樹で作られた強靭なボディが、愛(物理)の力で悲鳴を上げている。
『痛い痛い! 裂ける! 股関節が裂けるぅぅぅ! 俺は木製だよ!? 裂けたら木工用ボンドじゃ治らないよ!?』
「……静かにしてて、ダンくん。……足を折ってしまえば、もうどこにも行けないものね……♡」(ベアトリス)
「……名案ね。……達磨にして、私のベッドサイドに飾りましょう……♡」(クルミ)
『意見が一致しないで! そこだけ結託しないで!』
その頃、ラボの隅では――。
田中さんが、死んだ魚のような目で、黙々とチョコレートを刻んでいた。
「……あー、修羅場ですねぇ。……でも、明日はバレンタインなんで。仕事しますねー」
彼はプロだった。
オーナーと研究トップが殺し合いをしている横で、ピノと一緒に商品を製造していたのだ。
「……ピノちゃん、チョコを溶かして」
「……うん。……この『ブラッド・カカオ』、薄めて使えば……ただの『元気が出るチョコ』になる」
「よし、それを『義理チョコ・パック』として大量生産だ。……あと、魔王様用には激辛スパイス入りの特注品を」
田中さんとピノの連携作業により、次々とラッピングされたチョコが積み上がっていく。
「……ねえ田中。……あっち、止めなくていいの?」
「無理ですよ。今のあの二人は、ドラゴンより危険です。……ダンくんには悪いですが、犠牲になってもらいましょう」
『田中ァァァッ!! 聞こえてるぞ! 俺を見捨てるなァァァ!』
ダンくんの絶叫が響く中、甘いチョコの香りが部屋に充満していく。
そして、運命の2月14日当日。
ダンジョン・マートは、開店と同時に長蛇の列ができていた。
「恋が叶う(というか強制的に惚れさせる)チョコ」の噂を聞きつけた、女性冒険者やサキュバスたちが殺到したのだ。
しかし、店内の空気は凍りついていた。
レジの奥で、私とクルミが、ボロボロになったダンくんを挟んで睨み合っていたからだ。
「……離しなさい」
「……貴方こそ」
一触即発。
その時、自動ドアがウィーンと開いた。
「わらわのチョコはまだかー!!」
魔王ヴァネスだ。
彼女はチョコの匂いに釣られて、開店ダッシュを決めてきたのだ。
「……ん? なにをしておるのじゃ、貴様ら」
「ヴァネス様……。ちょうど良いところに。この泥棒猫を消し飛ばしてくださいまし」
「はっ。貴女こそ、魔王軍の力で排除されるべきよ」
私とクルミが同時に魔王を見る。
ヴァネスは、私たちの異様なオーラ(と鼻血)を見て、「うわぁ……」とドン引きした。
「……面倒くさいのじゃ。とりあえず、チョコを食わせろ」
ヴァネスは、田中さんが作った「魔王用・激辛ブラッドチョコ(特濃)」をひったくり、一口で食べた。
カッ!!
魔王の全身から、紅蓮のオーラが噴き出した。
「……!! ……おおお……力が……力がみなぎるのじゃ!!」
ドォォォォォン!!
魔王の魔力が暴走した。
しかし、彼女の場合は「愛」ではなく、別の欲望が増幅された。
「……ふふふ。……見える。……見えるぞ! 今なら背が伸びる気がする!」
ヴァネスは、ダンくんを見上げた。
「……その木製の体、わらわの踏み台にするのに丁度よい高さじゃな……?」
『えっ? 今度は何?』
「身長きこと山の如し!!」
ヴァネスが飛び上がり、ダンくんの頭頂部(スマホ置き場)に着地した。
「わーはっはっは! 見ろ! 世界が高い! わらわは今、3メートル強の身長を手に入れたぞ!」
魔王がダンくんの上でタップダンスを踊り始めた。
『痛い! 頭蓋骨(木)がへこむ! やめて!』
その衝撃で、私とクルミは吹き飛ばされた。
壁に激突したショックで――。
「……はっ!?」
「……あれ?」
私とクルミの目に、理性の光が戻った。
どうやら、強い物理的ショック(と魔王の覇気)で、酔いが覚めたらしい。
「……私、何を……?」
「……覚えてないほうが幸せですよ、オーナー」
田中さんが、冷やしたタオルを渡してくれた。
見ると、ダンくんは魔王に乗っかられたまま白目を剥き(画面が砂嵐になり)、クルミは顔を真っ赤にしてフラスコの後ろに隠れている。
「……ふぅ。大変なバレンタインでしたわね」
「でも、売上は過去最高ですよ。『義理チョコ』も完売です」
田中さんが電卓を見せる。
その数字を見た瞬間、私の商魂が完全に復活した。
「素晴らしい! ならば来月は『ホワイトデー』ですわ! 今度は男性陣から3倍返しで搾り取りますわよ!」
『……もうやだ、このダンジョン』
頭上で魔王に踏まれながら、ダンくんがポツリと呟いた。
彼の受難は、まだまだ続く。
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