第49話 バレンタインの準備は命がけ。「ブラッド・カカオ」を狩りに行こう
【場所:ダンジョン・マート 事務所】
【日時:1月中旬】
「……チョコレート、ですって?」
私は、田中さんが差し出した企画書(チラシの裏)を見て、目を細めた。
「はい。俺のいた世界では、2月14日は女性が男性にチョコレートを贈り、愛を告白する『バレンタインデー』という行事がありまして……」
「愛の告白……。なんと採算性の低そうなイベントですこと」
私が鼻で笑うと、田中さんは慌てて付け加えた。
「いや、違うんですオーナー! 最近は『義理チョコ』『友チョコ』、そして『自分へのご褒美チョコ』といって、とにかく『高級な菓子が飛ぶように売れる日』なんですよ! 市場規模は数千億円とも言われていて……」
ガタッ!
私は椅子から立ち上がった。
「……数千億? たかがお菓子で?」
「はい。限定品や高級ブランドなら、一粒で金貨数枚分の値段でも行列ができます」
バチィン!!
私は扇子を鳴らした。
「採用ですわ! 直ちに『ダンジョン製・高級チョコレート』の開発に着手します!」
私は振り返り、部屋の隅で体育座りをしている巨大な木製ゴーレムのダンくんに声をかけた。
「ダンくん! 貴方も手伝いなさい。力仕事担当よ」
『えぇ……。俺、体がデカすぎて細かい作業できないんだけど……』
ダンくんは、巨大な指で器用にスマホ画面(自分の顔)をスワイプしながらボヤいた。最近、この3メートルの巨体での生活にも慣れてきたようだが、やはり屋内では邪魔そうだ。
「あら、クルミさんは?」
「彼女ならラボに籠もっていますよ。『ダンくんの形をした等身大チョコ』を作るとか言って、不気味な金型を鋳造していました」
『ヒィッ!? また俺!? 溶かされるの!?』
……元カノの重すぎる愛は放っておこう。問題は「材料」だ。
「田中さん、カカオの在庫は?」
「それが……ゼロです。この辺りの気候じゃ育たないですし、輸入するにも時間が……」
その時。
事務所の観葉植物の陰から、ボサボサ頭の緑髪の少女がぬっと顔を出した。
ピノだ。
「……カカオなら、あるよ」
「ピノ様? どこに?」
「……魔界の奥地。『腐海の森』の最深部に……自生してる」
ピノは、よだれを拭いながら、うっとりとした目で言った。
「……『ブラッド・カカオ』。……魔物の血を吸って育つ、真紅のカカオ豆。……その味は、濃厚すぎて食べた者を即死させると言われる、幻の食材……」
即死させちゃダメでしょうが。
「でも、加工すれば毒は抜ける……たぶん。……私、あれの『菌床』が欲しいの。……採りに行くなら、案内する」
ニートのピノが、珍しくやる気を見せている。
これは、行くしかないわね。
【遠征:魔界・腐海の森】
私たちは、「カカオ狩りツアー」を結成した。
メンバーは私、ダンくん(荷物持ち兼タンク)、ピノ(ガイド)、田中さん(鑑定役)、そして護衛のレオニダスだ。
「うおォォォッ!! ここが魔界の森か! 空気が澱んでいる! 肺活量のトレーニングには最適だ!」
レオニダスは、毒々しい紫色の霧の中でスクワットをしていた。相変わらず元気だ。
『ねえベアトリス。……なんか、視線を感じるんだけど』
ダンくんが、3メートルの巨体を縮こまらせてキョロキョロしている。
彼の世界樹ボディは、この森の植物たちからすれば「格好の餌」に見えるのかもしれない。
「……静かに。……そこ、いるよ」
ピノが立ち止まり、前方の茂みを指差した。
そこには、真っ赤な実をつけた木が一本、ポツンと立っていた。
実は人間の頭ほどの大きさがあり、ドクン、ドクンと脈打っている。
「あれが『ブラッド・カカオ』ですの?」
「……うん。でも、気をつけて。……あれ、『守護者』がいるから」
ピノが言った直後。
ズズズズズ……ッ!!
カカオの木の根元が隆起し、巨大な泥人形のような怪物が姿を現した。
いや、泥ではない。甘い香り……これは、チョコレート?
「グオォォォォォォ……ッ!!」
怪物が咆哮した。
その体は、ドロドロに溶けたチョコレートで構成されたゴーレムだった。
「ひぃっ!? 『カカオ・ゴーレム』!? 初めて見ましたよ!」
田中さんが叫ぶ。
「……糖度99%。……あれに触れると、全身が糖化してチョコにされるよ」
「なんて恐ろしい糖尿攻撃ですの!」
カカオ・ゴーレムが、ドロドロの腕を振り上げた。
狙いは、一番大きくて目立つ――ダンくんだ。
『うわぁぁっ!? なんで俺!?』
「ダンくん、盾になりなさい! 世界樹はチョコにはなりません!」
『無茶言うな! ベトベトになるだろ!!』
ドチャァッ!!
ゴーレムの拳がダンくんの腹部に直撃した。
しかし、硬度Sランクの世界樹ボディは傷一つ付かない。ただ、チョコまみれになっただけだ。
『気持ち悪っ! 蟻が寄ってくる!』
「今ですわ、レオニダス! 物理で粉砕なさい!」
「任せろ! 糖質は筋肉の敵! 滅ぼしてくれるわァァァ!」
レオニダスが、愛剣を構えて突撃した。
「マッスル・インパクトォォォッ!!」
ズバァァァン!!
剣圧で、カカオ・ゴーレムの体が真っ二つに割れた。
しかし――。
ニョロニョロ……。
液体状の体は、すぐに再生してしまう。
「効かん! 物理無効か!」
「甘いですわね、チョコだけに。……ピノ様! 弱点は!?」
「……核。……胸のあたりにある、一番大きなカカオの実……」
ピノが指差した先。
ドロドロの胸部に、赤く光る実が埋まっていた。
「あそこね。……ダンくん! 掴みなさい!」
『ええ!? 触るの!?』
「貴方のそのデカい手は、何のためにあるのですか! 掴んで、引きちぎるのです!」
ダンくんは観念したようにため息をつくと(スマホ画面が『諦め』の顔文字になる)、その巨大な木製の腕を伸ばした。
『おりゃあぁぁぁっ!』
ガシィッ!!
ダンくんの手が、ゴーレムの胸部に突き刺さり、核を鷲掴みにした。
ゴーレムが暴れるが、3メートルの重量級ボディはびくともしない。
『取ったどぉぉぉぉ!!』
ブチブチブチッ!!
ダンくんが勢いよく腕を引き抜くと、真っ赤なカカオの実が摘出された。
核を失ったゴーレムは、ドロドロと崩れ落ち、ただのチョコレートの池に戻った。
「……確保しましたわ」
私は、ダンくんの手にある巨大なカカオの実を見上げた。
表面には血管が走り、禍々しい魔力を放っている。
「……ピノ様。これ、本当に食べられますの?」
「……加工すれば。……田中、任せた」
「えっ、俺ですか!? ……やりますけど……」
田中さんは、携帯コンロと鍋を取り出し、その場で即席の加工作業に入った。
カカオを割り、豆を取り出し、焙煎し、すり潰す。
甘く、濃厚で、どこか妖艶な香りが森に広がる。
「……できました。特製『ブラッド・チョコレート』です」
完成したのは、ルビーのように赤く輝くチョコレート。
私は恐る恐る、ひとかけらを口に入れた。
パクッ。
「……!」
濃厚な苦味。
その後に来る、爆発的な甘みと……熱。
カッ! と体が熱くなる。
心臓が早鐘を打ち、全身の血流が加速する。
「……はぅっ♡」
ツツッ……。
私の鼻から、一筋の赤い液体が垂れた。
「ベ、ベアトリス様!? 鼻血が!」
「……あら、失礼。……これ、精力剤の原液のような味がしますわね」
「鑑定結果出ました! ……効果:『全ステータス上昇』『興奮状態付与』……そして副作用として『愛が重くなる(ヤンデレ化)』です!」
ヤンデレ化。
また面倒な効果がついたものだ。
『えっ? ってことは、ベアトリス、今ヤンデレなの?』
ダンくんが恐る恐る聞いてくる。
私は鼻血を拭いながら、彼(の太い木の足)を見つめ、ネットリと微笑んだ。
「……ふふ。ダンくん。……貴方のその木目、一本残らず数えてあげましょうか? ……一生かけて♡」
『ヒィィィッ!! 目が怖い! さっきの七草粥の時より目が据わってる!』
どうやら、今年のバレンタイン商品は「劇薬」になりそうだ。
これをクルミに食べさせたらどうなるか……想像するだけで恐ろしい(そして儲かりそうだ)。
「さあ、持って帰りますわよ! 今年のバレンタインは、魔界から愛(物理)を叫ぶのです!」
私たちは、大量のカカオ(とチョコまみれのダンくん)を抱えて、ダンジョンへと凱旋した。
このチョコが、後に王都の恋人たちを修羅場に変えることになるとは、まだ誰も知らなかった。
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