第48話 七草粥は、性格反転の劇薬でした。
【場所:ダンジョン・マート 1階層・イートインスペース】
【日時:1月7日 朝】
「……うっぷ。もうプリンは見たくもないのじゃ……」
「……筋肉が、悲鳴を上げている。プロテインの過剰摂取で肝臓が重い……」
魔王ヴァネスと勇者レオニダスが、テーブルに突っ伏して死にかけていた。
年末年始の暴飲暴食と、過酷なイベント(除夜の鐘・初詣・書き初め)の連鎖により、彼らの胃腸と精神は限界を迎えていたのだ。
「皆様、顔が土気色ですわね。……ゾンビより生気がありませんわよ」
私は電卓を叩きながら呆れ顔で言った。
私の隣には、世界樹製ゴーレムモードのダンくんが鎮座している。彼はその巨大な木製の指で、器用に私にお茶を淹れてくれていた。
『みんな、正月疲れだね。……ここは日本風に「胃を休める日」にしないと』
ダンくんの顔(スマホ画面)が、心配そうなアイコンを表示する。
そこへ、奥の厨房から「いらっしゃいませー」という声と共に、エプロン姿の男性が現れた。
コンビニごと異世界転移してきた、田中さんだ。
「オーナー! 今日は1月7日ですから、『七草粥』をご用意しましたよ! 胃に優しい日本の伝統食です!」
田中さんが持ってきたのは、湯気を立てる大鍋。
しかし、その鍋の中身は――どす黒い紫色をしており、ボコボコと不穏な泡を立てていた。
「……田中さん? 七草粥って、もっとこう、緑で爽やかな色ではありませんでしたっけ?」
「ええ。ですが、具材の調達をピノちゃんにお願いしたら、こうなりまして……」
視線を向けると、柱の陰で体操座りをしているエルフの第三王女、ピノがいた。彼女はニート特有の気だるげな目で、キノコを撫でている。
「……ふふ。春の七草なんて、このダンジョンには生えてないよぉ。……だから、代用品を持ってきたの」
「……具体的には?」
「……『痺れごぎょう』、『幻覚はこべ』、『爆裂すずな』……あと、マンドラゴラの根っこ」
全部、毒草じゃないの。
「ま、待ちなさい! そんなものを食べたら死にますわ!」
「大丈夫よ、ベアトリス」
その時、白衣を羽織ったクルミが現れた。彼女はメガネをクイッと押し上げ、私の隣に立つダンくんをチラリと見上げた。
「……ふん。ダンくんのメンテナンスついでに、私が中和剤を入れておいたわ。毒性は消えているはずよ」
『えっ、僕のメンテついでなの? 怖っ』
クルミは、ダンくんの言葉を無視して、鍋に謎の粉末を振りかけていた。
彼女は『アカシック』のトップ。その知識は信用できる……はずだ。
「さあ、毒は消えました! 召し上がれ!」
「……まあ、田中さんの味付けなら大丈夫か」
私たちは、恐る恐るその「紫色の粥」を口に運んだ。
一口食べた瞬間。
脳髄を突き抜けるような衝撃が走り――世界が歪んだ。
「……はぅっ♡」
最初に異変が起きたのは、私だった。
熱い。体が熱い。
そして、目の前にいる巨大な木製の彼が、無性に愛おしくてたまらない。
「だ……だんな、しゃま……♡」
私は椅子から崩れ落ち、ダンくんの太い足(丸太)にしがみついた。
『えっ? ベアトリス?』
「ああ……素敵ですわ、旦那様……。その硬い木肌……逞しい関節……。私、もうお金なんていりません。貴方さえいれば……♡」
『ちょ、ちょっと待って!? キャラ崩壊にも程があるよ!?』
ダンくんが顔面を真っ赤に発光させて狼狽える。
しかし、異変は私だけではなかった。
「……俺は……俺はゴミだ……」
テーブルの端で、レオニダスが体育座りをして泣いていた。
「筋肉なんて……何の意味があるんだ。重いだけだ。プロテインなんて粉だ。俺はただの肉塊だ……。誰か俺を燃えるゴミに出してくれ……」
「レオニダス様!? ネガティブが服を着て歩いていますわよ!?」
さらに、魔王ヴァネス。
彼女は椅子から降りると、スケさんに向かって土下座をしていた。
「申し訳ありません……。余のような無能なチビが、酸素を吸ってしまって申し訳ありません……。靴をお舐めしましょうか? それとも踏んでいただけますか?」
「ひぃぃッ!? やめてください魔王様! 自分が踏まれたら粉砕しちゃうッス!」
スケさんが頭蓋骨をカタカタ鳴らして逃げ回る。
そして、クルミ。
彼女は、頬を染めてモジモジしながら、ダンくんのもう片方の足にしがみついた。
「……ねえ、ダンくん。……復縁、しない? 私、研究とかどうでもいいの。……また一緒に、デート(管理)したいな……」
『ぎゃあああ! クルミまで!? やめて! 僕の足元で修羅場を作らないで!』
3メートルの巨体が、私とクルミという二人の女性に挟まれ、右往左往している。
「……あーあ。やっちゃった」
唯一、粥を食べていなかったピノが、他人事のように呟いた。
「ピノちゃん!? これはどういうことですの!(※田中さんは調理担当なので食べていない)」
「……クルミが入れた中和剤、たぶん『反転草』のエキスだよぉ。……毒は消えるけど、副作用で『性格が真逆』になっちゃうの」
なるほど。
強欲な私は「貞淑な妻」に。
自信家の勇者は「鬱病」に。
傲慢な魔王は「ドM」に。
メンヘラな元カノはなぜか「デレデレ」に。
……って、感心している場合ではない!
「だんなしゃまぁ〜♡ ぎゅってしてぇ〜♡」
「ダンくん……私を見て……」
『重い! 物理的にも愛も重いよ! 田中さーん! 助けてぇぇぇ!』
ダンくんの悲鳴が店内に響き渡る。
しかし、地獄はここで終わらなかった。
「ヒィィィィィィィッ!!!」
突如、虚空からバンシーのメランが現れた。
彼女は、このカオスな光景(特に私とクルミが巨大ゴーレムに求愛している図)を見て、パニックを起こしたのだ。
「は、恥ずかしいですぅぅぅ! 見てられませんぅぅぅ!」
「メランちゃん!? 今出てくるとややこしい……」
「キャァァァァァァァッ!!(絶叫)」
ドォォォォォン!!
バンシーの死の絶叫が、店内のガラスをすべて吹き飛ばした。
衝撃で吹き飛ばされた私たちは、ようやく正気に戻りかけていた。
そこへ、田中さんが冷静に「ホットコーヒー(ブラック)」を配り歩く。
「はい、カフェインです。目を覚ましてください」
ズズズ……。
苦い液体が、脳の混乱を洗い流していく。
「……はっ!?」
私は我に返った。
目の前には、私の腕に抱きつかれて真っ赤になっているダンくんの姿。
そして、反対側には、同じくハッとして頬を染めているクルミ。
「……わ、私、なんてことを……」
「……見なかったことにしなさい。いいわね?」
クルミはすごい速さで白衣を直すと、逃げるように厨房へ消えていった。
ヴァネスは「靴を舐めようとした記憶」に悶絶し、レオニダスは「筋肉への冒涜」を悔いてダンベルを抱きしめて泣いている。
「……とんだ七草粥でしたわね」
私は、赤面を隠すように扇子を開いた。
チラリとダンくんを見ると、彼は気まずそうに顔の画面を明滅させている。
『……ベアトリス。さっきの……「お金なんていらない」って言葉、本当?』
「…………」
私は、ニッコリと微笑んだ。
「さあ、ガラスの修理代と、精神的慰謝料の請求書を作らなきゃ! 働きますわよ、皆様!」
『……うん、知ってた。いつものベアトリスだね』
ダンくんが、安堵したように(少し残念そうに?)肩を落とした。
こうして、波乱の七草粥は幕を閉じ、ダンジョンにはいつもの「搾取の音」が戻ってきたのだった。
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