第47話 書き初めは計画的に。文字が物理攻撃してきます。
【場所:ダンジョン・マート イートインスペース(畳敷き仕様)】
【イベント:新春・書き初め大会】
「……ふふん。日本の文化には『書き初め』という、一年の抱負を記す儀式があるそうじゃな」
魔王ヴァネスが、腕まくりをして筆を構えた。
彼女の目の前には、真っ白な半紙。
そして、硯には、ドス黒く、どこか生き物のように蠢く液体が満たされていた。
「ヴァネス様。その墨汁……ただの墨ではありませんわね?」
「うむ! 魔界の深淵に住む『ダーク・クラーケン』の墨袋から絞り出した、墨汁じゃ!」
私は嫌な予感がした。
クラーケンの墨。
それは強力な魔力を持ち、描いた絵が実体化したり、見た者に幻覚を見せたりする危険物だ。
「……部屋が汚れないようにしてくださいまし。クリーニング代は高いですわよ?」
「安心せい! 余の美しき筆捌きで、世界を震え上がらせてやる!」
ヴァネスが筆を走らせた。
迷いのない、力強い筆致だ。
『 牛 乳 (1日3本) 』
「……えっ?」
「……えっ?」
私とヴァネスの目が合った。
魔王の抱負、牛乳かよ。
「う、うるさい! 今年こそは背を伸ばすのじゃ! そのための決意表明じゃ!」
ヴァネスが顔を赤くした、その時。
半紙から、ボコボコ……と黒い泡が立った。
『 牛 』
『 乳 』
二つの文字が、ニュルリと紙から抜け出し、立体化(3D)した。
漆黒の液体でできた『牛』の文字が、「モォォォォ……」と低い鳴き声を上げ、『乳』の文字がミルクのように飛び散った。
「うわぁっ!? 文字が……文字が動いたぞ!?」
「ひぃッ! 床が! 畳が墨まみれに!」
『牛』の文字は暴走牛のように突進し、私の大事な在庫(ポテチの棚)に角を突き立てた。
「こらぁぁぁッ! 商品に何をするんですの!」
「す、すまん! 言うことを聞かんのじゃ!」
「貸せ! 次は俺だ!」
勇者レオニダスが、半裸で筆を奪い取った。
「文字が実体化するだと? ならば俺が書くべき言葉は一つしかない!」
彼は、筋肉の隆起に合わせて筆を振るった。
その文字は、太く、暑苦しく、脂ぎっていた。
『 上 腕 二 頭 筋 』
ドォォォォォン!!
書き終わった瞬間、半紙が爆散した。
そこから現れたのは、黒光りする巨大な「『筋』の字」だった。
「キレてる! キレてるぞ俺の文字!」
「……キモいですわ」
『筋』の文字は、ムキムキの腕のような形状に変形し、レオニダスに向かってポージング対決を挑み始めた。
「サイド・チェストォォォ!」(レオニダス)
「ズズズ・グググググッ!」(文字)
二つの筋肉(片方はインク)がぶつかり合い、周囲に黒いしぶきを撒き散らす。
地獄だ。
シンプルに汚い。
「……やれやれ。若者の文字は落ち着きがないのぅ」
ゼノン爺さんが、ため息をつきながら筆を執った。
枯淡の境地。
静寂の中で、彼が書いたのは――
『 腰 痛 退 散 』
切実すぎる。
すると、文字たちがフワリと浮き上がり、ゼノン爺さんの背後に回った。
「……お? ……おおっ!? 肩を……揉んでくれておるのか!?」
『腰』の文字が腰をさすり、『痛』の文字が肩を叩いている。
なんて親切なインク妖怪だろうか。
「極楽じゃ……。これぞIT革命じゃ……」
「……そこだけ平和ですわね」
しかし、平和は長く続かなかった。
レオニダスと戦っていた『筋』の文字が、勢い余ってヴァネスの『牛』にラリアットを決めたのだ。
バシャァァァァッ!!
「モォォォォッ!!(激怒)」
怒った『牛』が暴走し、店内の柱に激突。
その衝撃で、天井から吊るしていた照明(魔石ランプ)が落下。
さらに、『痛』の文字が驚いてゼノン爺さんのツボを強く押しすぎた。
「あだだだだッ!! 殺す気かワレェ!!」
爺さんが暴れ、墨汁の瓶を蹴り飛ばした。
ドバァァァァァァッ!!
床一面に広がる、漆黒の海。
そこから、無数の不定形の文字たちが生まれ出た。
『苦』 『辛』 『借金』 『筋肉痛』 『リバウンド』……
負のオーラを纏った文字たちが、ダンジョンの客に襲いかかる。
「ギャァァァ! 『借金』が! 俺の背中に張り付いたァァ!」
「やめろ! 『リバウンド』! 俺の腹に来るなァァ!」
阿鼻叫喚。
新年早々、このダンジョンは文字通りの地獄絵図と化した。
「……いい加減になさい」
私は、扇子を強く握りしめた。
新調したばかりの畳が。
お気に入りの巫女服の裾が。
黒く汚れている。
「スケさん! 『アレ』を持ってきなさい!」
「サー・イエッサー! 業務用の『強酸性スライム溶液(漂白剤)』ッス!」
スケさんが、巨大な樽を転がしてきた。
中には、あらゆる有機物を分解し、真っ白にする最強の洗剤が入っている。
「総員、退避ィィィ!!」
ザッパァァァァァァァン!!
私は樽の中身を、床一面にぶち撒けた。
「「「ギャァァァァァ!! 溶けるぅぅぅ!!」」」
『牛』も、『筋』も、『腰痛』も。
そして、逃げ遅れたレオニダス(のふんどし)も。
全てが白く、綺麗に浄化されていく。
数分後。
そこには、漂白されて真っ白になった畳と、真っ白に燃え尽きた勇者たちの姿があった。
「……ふぅ。綺麗になりましたわね」
私は、ピカピカになった床を見渡して満足げに頷いた。
「さて、ヴァネス様、レオニダス様。……書き初めの次は、『請求書』のお時間ですわよ?」
「……え?」
私は、真っ白な半紙に、新たな墨でこう書いた。
『 清 掃 代 請 求 』
金貨 三千枚也
「……文字が……物理的に重いのじゃ……」
ヴァネスは、突きつけられた請求書の重みに耐えかねて、その場に崩れ落ちたのだった。
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