第44話 魔導コタツの恐怖。最強種族、全員凍結(フリーズ)
【場所:ダンジョン・マート スタッフルーム】
【季節:冬(極寒)】
木枯らしが吹く季節。
私のダンジョンがある辺境の地にも、本格的な冬が到来していた。
「……寒いですわ」
私は、高級毛皮のコート(イエティ製)を羽織りながら震えた。
ダンジョン内は地下なので多少はマシだが、入り口付近の冷気は容赦がない。
「……あ、足腰が……。冷えて……動かん……」
番台休憩中のゼノン爺さんが、ストーブの前で丸まり、ダンゴムシのようになっていた。
魔王といえど、寄る年波とリューマチには勝てないらしい。
「うおおおッ! 寒い! 筋肉が収縮して、パンプアップが阻害される!」
勇者レオニダスも、半裸(制服)でガタガタと震えながら、その場で高速スクワットを繰り返している。
摩擦熱で暖を取るつもりらしい。見ていて暑苦しいが、効果は薄そうだ。
「……これでは業務に支障が出ますわね」
私は扇子で口元を隠し、ニヤリと笑った。
実は、この寒波を見越して、すでに開発部に発注していた「新兵器」があるのだ。
「スケさん、アレを持ってきなさい」
「サー・イエッサー! ……でもオーナー、あれは危険すぎるッスよ?」
スケさんが恐る恐る運んできたのは、一台の低いテーブルと、分厚い布団。
そして、その中心には赤々と輝く「竜の鱗(グランの換羽ならぬ換鱗)」が埋め込まれていた。
「名付けて、『魔導コタツ・アブソリュート(絶対捕獲領域)』ですわ」
「……コタツ、とな? 東方の国に伝わる暖房器具と聞くが……」
ゼノン爺さんが、怪訝そうに近づいた。
私はスイッチ(魔力供給)を入れた。
ブォォォォン……♪
布団の中から、優しく、それでいて抗いがたい熱源の波動が漏れ出した。
それは母の愛のような、あるいは底なし沼のような、甘美な誘惑。
「……ほう。どれ、足先だけでも……」
ゼノン爺さんが、片足を恐る恐る布団に入れた。
その瞬間。
「…………ほぁぁぁぁぁぁ」
老人の目から光が消え、全身の力が抜けた。
ズルズルズル……。
彼はスライムのように液状化し、肩まで布団に潜り込んだ。
「……極楽……。ここは天界か……? もう……動けん……。世界征服とか……どうでもいい……」
「おや、ゼノン様。番台の時間ですわよ?」
「……zzz……ムニャ……カツ丼……」
撃沈。
元魔王、開始10秒で戦闘不能。
「ふん! だらしないぞ元魔王!」
それを見ていたレオニダスが鼻で笑った。
「たかが暖房器具に精神を支配されるとは! 俺の筋肉は鋼! 精神はダイヤモンド! こんな布団ごとき、指一本で跳ね除けて……」
彼は、コタツの布団を掴もうとした。
その時、布団の隙間から漏れる「熱気」が、彼の上腕二頭筋を直撃した。
「……ッ!? な、なんだこの心地よさは……!?」
レオニダスの動きが止まる。
冷え切った筋肉が、熱を求めて悲鳴を上げている。
「いかん! ここで休んでは……超回復のタイミングが……いや、しかし……休息もまたトレーニング……」
葛藤する勇者。
私は、そっとテーブルの上に「カゴ盛りのミカン」を置いた。
ゴクリ。
ビタミンC。
冬の筋肉に不可欠な栄養素。
「……い、一個だけ……。ビタミン補給のために……」
レオニダスが座り込み、布団に足を入れた。
「…………うぉぉぉぉん!! 筋肉がァァァ!! 溶けるぅぅぅ!!」
ドサッ。
勇者は白目を剥いて倒れ込み、下半身をコタツに突っ込んだまま動かなくなった。
「……マッスル……レボリューション……(寝言)」
陥落。
世界最強の勇者、ミカンと布団のコンボに敗北。
そこへ、カランコロン♪ とドアベルが鳴った。
黒いコートを着込んだ魔王ヴァネスの登場だ。
「さ、寒いのじゃ……。ベアトリス、温かいココアを……ん? なにじゃ、その死屍累々な光景は」
彼女は、コタツから生えている「老人の頭」と「勇者の上半身」を見て、呆れ顔をした。
「まったく。人間(と祖父)とは軟弱な生き物よ。……おい、起きろ! 邪魔じゃ!」
ヴァネスは、レオニダスを蹴飛ばそうとして――足を滑らせた。
そして、勢い余ってコタツの中に飛び込んでしまった。
「きゃっ!? ……あっ……」
シーン……。
一瞬の静寂。
布団の中で、魔王の赤い瞳が点滅した。
「…………」
「……ヴァネス様? いかがなさいました?」
「……出られぬ」
ヴァネスは真顔で言った。
「この結界……強力すぎるのじゃ……。余の魔力をもってしても……腰が……腰が重くて上がらぬ……」
「あらあら。魔王様ともあろうお方が」
「違うのじゃ! これは呪いじゃ! ……ベアトリス、リモコンを取れ。……チャンネルを変えるのじゃ……あと、ポテチを持ってこい……」
完全敗北。
魔王、コタツの住人へとジョブチェンジ。
それから数時間。
事態は悪化の一途を辿った。
「オーナー……自分も……もう無理ッス……」
様子を見に来たスケさんまでもが、「骨まで温まるッス〜」と言いながらコタツの角を占領。
幽霊のメランも、「成仏しそう……」と布団の上で液状化。
結果。
スタッフルームの巨大コタツには、「魔王」「勇者」「元魔王」「店長(骸骨)」「幽霊」が花びらのように突き刺さり、完全にダンジョンの機能が停止してしまった。
『ベアトリス、どうするの? お客さんがレジで待ってるよ?』
「……困りましたわね」
私は扇子で仰いだ(暑いからではなく、呆れて)。
このままでは、売上がゼロになる。
しかし、彼らを力ずくで引き剥がすのは、ドラゴン(グラン)でも連れてこない限り不可能だ。
ならば。
毒を以て毒を制す。
資本主義の力を見せるしかない。
私はマジックペンを取り出し、コタツの天板に書き殴った。
【コタツ利用料:10分につき金貨1枚(自動課金制)】
「……ん?」
「……な、なんじゃと?」
布団の中で、全員の目がカッと開いた。
金貨1枚。
それはカツ丼10杯分に相当する暴利だ。
「只今より課金を開始します。……なお、延長料金は倍額。滞納した場合は、強制的に『冷水』を浴びせますわ」
私は、氷水の入ったバケツを笑顔で構えた。
「「「ひぃぃぃッ!?」」」
ガバァッ!!
全員が弾かれたようにコタツから飛び出した。
寒さへの恐怖よりも、ベアトリスへの借金の恐怖が勝った瞬間である。
「は、働きます! 働かせていただきます!」(勇者)
「わ、わしは番台へ戻るぞ!」(爺さん)
「余は……帰る! 城で自分のコタツに入るのじゃ!」(魔王)
蜘蛛の子を散らすように職場復帰するスタッフたち。
「ふふふ。……現金な方々ですこと」
私は空いたコタツに、優雅に足を入れた。
「……あぁ〜……。極楽ですわ……」
結局、その日の店番は、私がコタツに入ったまま、遠隔指示(とポテチの咀嚼音)だけでこなすことになったのだった。
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