第43話 新人バイトは勇者様。接客態度は「筋肉への威圧(スパルタ)」
【場所:ダンジョン・マート 事務所】
【報告者:スケさん(店長代理)】
「ベアトリス様ァァァ!! 助けてくださいッス!!」
事務所の扉が勢いよく開かれ、スケさんが飛び込んできた。
彼は骸骨なので涙は流せないが、その眼窩は悲壮感で満ちていた。
「どうしたのスケさん。また在庫の計算が合わないの?」
「違うッス! ……『新人(勇者)』ッスよ! あいつのせいで、お客様からのクレームが殺到してるッス!」
スケさんは、両腕いっぱいの「苦情カード(石版)」を机に積み上げた。
「見てくださいこれ! 『買い物をしていただけなのに、無理やりスクワットさせられた』『レジ待ちの間にプロテインを直飲みさせられた』『笑顔が怖すぎてトラウマになった』……もう店が崩壊寸前ッス!」
私はこめかみを押さえた。
昨日、借金のカタに雇った勇者レオニダス。
彼に任せたのは、簡単な「フロアの清掃」と「お客様への挨拶」だけのはずなのに。
「……はぁ。仕方ありませんわね。……教育的指導(お仕置き)に行きますわよ」
【現場:ダンジョン・1階フロア】
「いらっしゃいませぇぇぇぇッ!!!」
フロアに降りた瞬間、鼓膜が破れそうな怒号が響いた。
声の主は、店員の制服を、筋肉がはち切れんばかりに着込んだ金髪の男――レオニダスだ。
「おい、そこのゴブリン! 背筋が曲がっているぞ! 買い物カゴを持つ時は、広背筋を意識して持てと言っただろうが!」
「ひぃぃッ! す、すいませぇぇん!」
怯えるゴブリン(善良な一般客)に対し、レオニダスは至近距離でポージングを決めながら説教していた。
「お客様は神様だ! だからこそ、神にふさわしい肉体にならねばならん! さあ、そのポテチを棚に戻して、代わりに『ダンベル(20キロ)』をカゴに入れろ!」
「重い! 重いゴブ! 僕はただ、おやつを買いに……!」
「甘ったれるな! 脂肪は敵だ! 筋肉こそが友だ!」
……ひどい。
これは接客ではない。恐喝だ。
「そこまでになさい、レオニダス!」
私は扇子で、勇者の後頭部をスパーン! と叩いた。
「ぐはっ!? ……お、オーナー(ベアトリス)!?」
「何をしているのですか。お客様が泣いているではありませんか」
「泣いている? 違いますよオーナー。あれは『感動の涙』です。自分の弱さを知り、新たな肉体へと生まれ変わる喜びに震えているのです!」
レオニダスは、真っ白な歯をキラーンと光らせて爽やかに笑った。
ダメだこいつ。ポジティブの方向性が暴走している。
「あのね、レオニダス。ここは『ジム』である以前に『マート(商店)』なの。お客様は『癒やし』や『快楽』を求めて来ているのよ」
「快楽……? つまり、限界まで追い込んだ後のパンプアップ感のことですね?」
「違います」
私はため息をついた。
この脳筋に、繊細な接客を教えるのは、スライムに方程式を教えるより難しいかもしれない。
「……仕方ありませんわ。貴方には『接客』は無理です」
「な、なんだと!? 俺は勇者だぞ! どんなクエストも完璧に……」
「なら、別の仕事を与えます。……ついて来なさい」
私が彼を連れてきたのは、温泉エリアの手前にある休憩所だ。
ここには、マッサージチェア(魔導式)が並んでいる。
「ここで何をしろと?」
「貴方のその無駄に有り余る力と、筋肉への異常な知識……。それを活かせる唯一の場所ですわ」
私は、看板を書き換えた。
『勇者レオニダスの ”激・整骨院” 〜貴方の骨、リセットします〜』
「……整骨、だと?」
「ええ。お客様の中には、ダンジョン探索や日々の労働で体を痛めている方が大勢います。彼らの凝りをほぐしなさい」
「なるほど! 筋肉のメンテナンスか! それなら俺の専門分野だ!」
レオニダスは目を輝かせ、腕をまくった。
「任せてくれ! どんな頑固な凝りも、俺の指圧で粉砕してやる!」
最初のお客様は、腰痛持ちのオークだった。
「へい、いらっしゃい! どこが悪い!?」
「あ、ああ……最近、棍棒の振りすぎで腰が……」
「分かった! 脊椎起立筋の炎症だな! 今すぐ矯正してやる!」
バキボキィッ!!
「ギャァァァァァァッ!!?」
休憩所に、オークの断末魔のような悲鳴が響いた。
周囲の客がざわつく。
しかし――。
「……あ、あれ?」
施術台の上で、オークが不思議そうに腰をひねった。
「……痛くない。……すげぇ! 全然痛くないぞ! 10年来の腰痛が消えた!」
「当たり前だ! 俺が骨の隙間に指をねじ込み、神経ごと位置を修正したからな!」
レオニダスは、親指を立ててニカッと笑った。
「次の方! どなたでもかかってこい! 勇者の聖なる施術を受けてみよ!」
その噂は瞬く間に広まった。
「痛いが効く」「施術中は地獄だが、終われば天国」「勇者に揉まれるなんてレア体験だ」と。
「次は俺だ! 肩が上がらないんだ!」(ミノタウロス)
「うむ! 僧帽筋が岩のように固まっているな! 破壊すぞ!」
ゴキィッ!! メキメキッ!!
「ブモォォォォッ!!(絶叫)」
「私は首が回らなくて……」(デュラハン ※首は脇に抱えている)
「首がないのに首が回らないとは哲学的だな! だが任せろ、その抱えている頭蓋骨のツボを押してやる!」
グリグリグリッ!!
「ヒィィィィッ!!(頭蓋骨からの悲鳴)」
数時間後。
リラクゼーション・コーナーには、長蛇の列ができていた。
施術室からは絶えず「グアァァッ!」とか「殺されるぅぅ!」という悲鳴が聞こえてくるが、出てくる客は全員、憑き物が落ちたような笑顔でスキップしながら帰っていく。
「……素晴らしいですわ」
私は、山積みになった施術代(金貨)を数えながら頷いた。
勇者の馬鹿力は、破壊だけでなく「再生」にも使えたのだ。
「オーライッ! 次の患者! ……む、その骨格は……」
レオニダスの前に座ったのは、番台休憩中のゼノン爺さんだった。
「……ふぅ。最近、番台に座りっぱなしで腰がのう。……お手並み拝見といこうか、勇者よ」
「望むところだ、元魔王! 貴様の古びた腰骨、新品同様にリノベーションしてやる!」
バキィッ!!
「ぬおぉぉぉッ!? き、効くぅぅぅ! そ、そこは『絶望のツボ』じゃぁぁぁ!」
勇者と魔王。
かつて世界を賭けて戦った二人は今、マッサージチェアの上で「指圧」という名の新たな戦いを繰り広げていた。
「……平和ですわね」
私は紅茶を啜った。
まあ、多少うるさいけれど、これでお金になるなら文句はない。
こうして、レオニダスは「破壊の勇者」から「癒やしの巨匠」へと、華麗なる(?)ジョブチェンジを果たしたのである。
ただし、施術を受けたモンスターたちが「体が軽くなった! これで人間を襲えるぞ!」と張り切り出してしまったのは、また別の問題だが。
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