第41話 魔王の悩みは「部下の福利厚生」と「お祖父ちゃんの再就職」
【場所:ダンジョン・マート VIPルーム(旧・拷問部屋を改装)】
「……はぁ。最近、肩が凝るのじゃ」
深紅のソファに深々と沈み込んだ魔王ヴァネスは、気だるげにチュッパチャプス(激辛味)を舐めていた。
黒いゴシックドレスの裾から覗く小さな足が、貧乏揺すりをしている。
「あら、ヴァネス様。また『勇者討伐』のノルマでお疲れですの?」
私は優雅に紅茶(ダンジョン産ハーブティー)を差し出した。
彼女とはすっかり顔なじみだ。
なにせ、週に三回は「視察」と称して温泉に入りに来ているのだから。
「違うわ! 勇者など、放っておけば勝手に自爆する(筋肉痛的な意味で)から良いのじゃ」
ヴァネスは、テーブルに一枚の羊皮紙をバンッ! と叩きつけた。
「問題は……『魔王軍の働き方改革』じゃ!」
「……はい?」
羊皮紙には、魔族語でびっしりと要望書が書かれていた。
1.四天王の有給休暇取得率の向上
2.オーク部隊の「食費補助(カツ丼支給)」の義務化
3.サキュバス部隊の「美容手当(温泉チケット)」の増額
「……部下たちがうるさいのじゃ。『ベアトリスのダンジョンみたいに、もっとホワイトな職場環境にしろ!』とストライキ寸前なのじゃ!」
ヴァネスは頭を抱えた。
どうやら、我がダンジョンの「高待遇(美味しいご飯と温泉)」が魔界に知れ渡り、魔王軍の求心力が低下しているらしい。
「そこでじゃ、ベアトリス。……貴様に頼みがある」
ヴァネスは、赤い瞳で私を睨み……いや、上目遣いで懇願した。
「……魔界と正式に『業務提携』してくれぬか?」
「具体的には?」
「我が魔王軍の兵士たちに、このダンジョンの『温泉』と『食堂』を社割で利用させたい。……その代わり、魔界の特産品である『ミスリル』や『オリハルコン』を、市場価格の1割で卸してやる」
ピクッ。
私の商魂が反応した。
オリハルコン。1グラムで城が建つレア金属。
それを1割で!?
「……悪くない話ですわ。ですが、それだけでは足りませんわね」
「な、なんじゃと!? これ以上の条件があるのか!?」
「ええ。……もう一つ、厄介な『在庫』を引き取っていただきたいのです」
私はパチンと指を鳴らした。
扉が開き、スケさんが台車を押して入ってくる。
台車の上には、法被を着て、手ぬぐいを頭に乗せた老人が座っていた。
「……ふぁ〜あ。なんじゃ、昼寝の時間じゃぞ」
先代魔王ゼノンだ。
魔王城をリストラされ、我がダンジョンの番台として再就職した彼だが、最近は仕事にも飽きて、コタツでみかんばかり食べている。
「……げっ! お、お祖父様!?」
ヴァネスが飛び上がった。
「そう。貴女がリストラしたお祖父様です。……最近、孫娘に会いたがってうるさいのですわ。『ヴァネスはちゃんと野菜を食っておるか』とか『夜更かししてないか』とか」
「うわぁ……。ウザいのじゃ……」
ヴァネスは顔をしかめたが、ゼノン爺さんは孫娘を見るなり、シャキッと立ち上がった。
「おお! ヴァネスではないか! 元気にしておったか!?」
「……元気じゃよ。お祖父様こそ、ボケていませんか?」
「バカモン! ワシは現役じゃ! ……ほれ、これ食え」
ゼノン爺さんは、懐から「マンドラゴラの漬物」を取り出した。
「お前は昔から偏食じゃからな。これを食って大きくなれ」
「いらん! 臭い!」
微笑ましい(?)家族の再会だ。
私は、この隙に契約書をまとめることにした。
「では、ヴァネス様。以下の条件で手を打ちましょう」
1.魔王軍への「福利厚生(温泉・食堂)」の提供。
2.魔界産レア素材の独占輸入権。
3.ゼノン様の「魔界への里帰り(定期訪問)」の許可。
「……むぅ。お祖父様が定期的に城に来るのか……。説教されそうじゃな……」
「嫌なら、オリハルコンの卸値をさらに下げていただきますけれど?」
「くっ……! 分かった! 飲むのじゃ! 背に腹は変えられぬ!」
ヴァネスは、悔しそうにハンコを押した。
こうして。
我がダンジョンは、人間界(王国)から独立しただけでなく、魔界とも強力なパイプを持つ「中立地帯」となった。
『祝・魔王軍提携キャンペーン! オーク様はカツ丼大盛り無料!』
翌日から、ダンジョンの入り口には長蛇の列ができた。
人間と魔族が、一つの列に並んで「カツ丼」を求めている。
「おい、押すなよオーク!」
「すまねぇ、腹が減っててな。……おっ、兄ちゃん、その剣かっこいいな」
「だろ? 王都の最新モデルだぜ」
……なんということでしょう。
世界平和(食事中のみ)が、ここにはあった。
「ふふふ。素晴らしい光景ですわ」
私は、窓からその様子を見下ろしながら、ゼノン爺さんとお茶を啜った。
「……ヴァネスも、苦労しておるようじゃな。たまにはワシが相談に乗ってやるか」
「ええ。孫娘の成長を見守るのも、お祖父様の仕事ですわよ」
その時。
懐の通信機が震えた。
『ベアトリス! 大変だ!』
「何よ、今度は?」
『……「勇者レオニダス」が、ものすごい形相でこっちに向かってる! なんか、「魔王軍の旗」が掲げられたのを見て、勘違いしてるみたいだよ!』
……あ。
そういえば、魔王軍との提携を記念して、入り口に「ドクロの旗」を掲げたんだった。
あれを見たら、勇者は「ダンジョンが魔王軍に制圧された」と思うわよね、普通。
「あらあら。……また一波乱ありそうですわね」
私は扇子を閉じ、ニヤリと笑った。
「迎撃準備(接客準備)なさい! 今日のお客様は、いつもより熱血(暑苦しい)ですわよ!」
更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!




