第38話 湯けむりダンジョン旅館。効能は「IQ急上昇(※ただし30分)」
【場所:ダンジョン最下層・新設エリア「隠し湯・別館」】
【現在DP:120,000(設備投資により変動中)】
「いらっしゃいませぇ〜……おこしやすぅ〜……(京都弁風)」
しっとりとした和風のBGM(ゼノン爺さんの鼻歌)が流れる中、私は深々と頭を下げた。
身にまとっているのは、最高級の絹で織られた艶やかな着物。
手には扇子ではなく、女将としての「お品書き」。
目の前に広がるのは、無骨なダンジョンの岩肌と、和の建築美が融合した「温泉旅館・冥府の宿」のエントランスだ。
「……ベアトリス様。そのキャラ作り、無理してませんか?」
仲居の格好をした田中さんが、引きつった笑顔で耳打ちしてくる。
「お黙りなさい田中さん。これは『演出』ですわ。日本文化は異世界でも高く売れるのです」
私は顔を上げ、開店前の最終チェックを行った。
「クルミさん、設備の調子はどうでして?」
番台に座るクルミは、ハイテクな浴衣(発光ギミック付き)を着て、モニターを監視していた。
「問題ないわ。湯の温度、湿度、成分濃度、すべて私の『温泉管理システム』で完全制御中よ。……ちなみに、入浴料は自動引き落としシステムを導入したから、食い逃げは不可能よ♥」
「素晴らしいですわ。……ピノ様、アメニティは?」
庭師兼、湯守となったピノは、眠そうに目を擦りながら、籠いっぱいのボトルを差し出した。
「……ん。これ、私が調合した『マンドラゴラ・シャンプー』。……洗うと髪が悲鳴を上げるけど、キューティクルはツヤツヤになる……」
「悲鳴は余計ですが、まあいいでしょう」
そして、ロビーの中央に鎮座するのは――。
ウィィィン……ガシャン。
巨大な木製ゴーレム、ダン坊だ。
その巨体には「歓迎」と書かれた法被が着せられ、手にはお絞りが乗っている。
『いらっしゃいませー(棒読み)。……俺、最新鋭のスマホなのに、なんで「木偶の番頭」やらされてるんだろ……』
「あら、貴方はこの旅館のマスコットキャラクターですのよ? 誇りなさい」
準備は万端だ。
本日のお客様は、王都でも有名な「脳筋冒険者パーティ」ご一行様。
彼らは腕は立つのだが、頭が悪すぎてダンジョンの謎解きができず、万年ランクが上がらないという悩みを持っている。
「カモ……いいえ、大切なお客様ですわ。搾り取りますわよ!」
【大浴場:賢者の湯】
「うひょー! すげぇ広い風呂だぜぇ!」
「おい見ろよ! 湯が光ってるぞ! マジで賢者の湯かぁ!?」
ドカドカと入ってきたのは、筋肉隆々の戦士、魔法が使えない魔法使い、罠にかかりまくる盗賊の3人組だ。
「いいかお前ら! この湯に入れば頭が良くなるって噂だ! これで次こそ『昇格試験(筆記)』に受かるぞ!」
「おうよリーダー!」
ザブゥゥゥン!!
彼らは豪快に湯船に飛び込んだ。
その瞬間。
湯に含まれる「情報伝達性魔力粒子」が、彼らの脳髄を刺激した。
「……あ、あぁ〜……」
戦士の顔つきが変わった。
アホ面から、キリッとした哲学者のような表情へ。
「……ふむ。湯の対流係数から察するに、源泉の温度は摂氏42.5度。……実に適温だ」
「……リーダー。我々の従来の戦闘スタイルにおける『とりあえず突撃』というドクトリンは、統計学的に生存率が著しく低いことが判明したよ」
「左様。魔法使いである私が、物理で殴る回数が詠唱回数を上回っている現状は、リソース配分の観点から是正すべきだ」
シーン……。
湯船の一角で、背中を流していたスケさんが、ポカーンと口(顎)を開けている。
効能は抜群だ。
彼らは今、一時的に「IQ200の天才集団」に変貌している。
「……おい、盗賊。ダンジョンの構造解析は?」
「完了した。……この旅館の収益モデルを計算したのだが、回転率と客単価の設定が絶妙だ。……しかし、壁の材質強度から逆算すると、あそこの岩盤を破壊すれば、無銭飲食および金庫へのルートが開通する」
ギクッ。
脱衣所で聞き耳を立てていた私は、冷や汗をかいた。
頭が良くなりすぎて、悪知恵まで働いている!
「……まずいですわ。このままでは旅館が乗っ取られます」
「任せて。……お客様には『追加サービス』が必要ね」
クルミが操作盤を叩いた。
「オプション発動。……『サウナ・オブ・ヘル(熱波地獄)』!」
ボオオオオオッ!!
浴場の奥にあるサウナ室から、真紅の炎と共に一人の少年が現れた。
熱波師担当、グランだ。
「……チッ。暑苦しい男どもだ。まとめて蒸発させてやる」
グランがタオルを振り回すと、ドラゴンの熱気が嵐となって浴場を吹き荒れた。
「なッ!? この熱量は……!?」
「計算外だ! タンパク質が変性するぅぅぅ!」
「思考回路が……熱暴走するぅぅぅ!」
天才たちは熱さに耐えかね、論理的思考を放棄して風呂から飛び出した。
「あちちちち! 逃げろぉぉ!」
「お水! 冷たい牛乳をくれぇぇ!」
風呂上がりの彼らを待っていたのは、田中さんが腕によりをかけた「特製・満腹懐石」だった。
「さあさあ、湯上がりの一杯! 脳を使った後は糖分補給ですよ!」
田中さんが差し出したのは、キンキンに冷えた「フルーツ牛乳(マンドラゴラ果汁入り)」と、山盛りの「カツ丼(特盛)」。
「うめぇぇぇ! 染みるぅぅぅ!」
「難しいことは分かんねぇけど、カツ丼最高だァァァ!」
彼らが一口食べるたびに、目から知性の光が失われていく。
満腹中枢が刺激され、血液が胃に集中することで、せっかく上がったIQが急激に低下していくのだ。
これが我が旅館のビジネスモデル。
「湯で賢くさせ、飯で馬鹿に戻す」。
いわゆるマッチポンプである。
「……ふぅ。食った食った。……あれ? 俺たち、何しに来たんだっけ?」
「分かんね。でも、なんかスッキリしたな!」
「よし! 明日の試験、なんか受かる気がしてきたぜ!」
彼らは満足げに腹をさすりながら、財布の紐を緩めた。
「お会計! チップも弾むぜ!」
【閉店後:勘定部屋】
チャリン、チャリン……。
金貨の音が心地よく響く。
「……ふふふ。ボロ儲けですわ」
「計算通りね。客のリピート率も98%と予測されるわ」
私とクルミは、山積みになった金貨の前でハイタッチ(扇子とタブレットで)を交わした。
『……あいつら、明日には試験に落ちて、またここに来るんだろうな』
ダン坊が、法被を脱ぎながら呆れている。
「いいのです。賢さは一瞬の夢。でも、我が旅館の『おもてなし』は本物ですわ」
私は、窓の外に広がるダンジョンの夜景を見下ろした。
「さて、資金は潤沢です。……次は、この旅館の評判を聞きつけた『VIP』をお招きしましょうか」
コンコン。
その時、控えめなノック音が響いた。
扉を開けると、そこには深々とフードを被った、一人の女性が立っていた。
その背後には、ただならぬ聖なるオーラが漂っている。
「……あの。噂を聞いて来ました。……ここに入ると、『悩み』が解決すると聞いて……」
彼女がフードを少し上げた瞬間、私は息を呑んだ。
その顔は、王都の教会に飾られている肖像画そのものだったからだ。
「……せ、聖女様!?」
まさかの宗教界のトップが、お忍びで来店!?
これは、最高の宣伝チャンスか、それとも破滅のトリガーか。
私の商魂(と警戒心)が、激しくアラートを鳴らした。
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