第34話 帰宅したらダンジョンが「世界樹(雑草)」に飲み込まれていました
【場所:ダンジョン・マート 正面入り口】
【現在状況:緑化率1200%(ジャングル化)】
「……嘘でしょう?」
私は、お土産の「クラーケンの干物(真空パック)」を落としそうになった。
数日ぶりの我が家。
無機質でモダンなコンクリート打ちっぱなしの外壁は、見る影もなかった。
代わりにそこにあったのは、天を突くような巨大な樹木と、壁を埋め尽くす極彩色の蔦。
自動ドアは太い根っこに封鎖され、看板の『ダンジョン マート』の文字は、怪しげな光を放つキノコに覆われている。
「おいおい……。なんだこのサラダボウルは」
グランがサングラスをずらして絶句した。
隣で、植物学者のような顔つきになった田中さんが、震える手で壁の蔦を撫でた。
「こ、これは……『マンドラゴラ・アイビー』!? 市場価格で葉っぱ一枚が金貨1枚の超高級薬草ですよ!?」
「金貨1枚!? ……いえ、感心している場合ではありませんわ!」
私は扇子(お土産用のヤシの葉製)で蔦を払った。
「私の城が! 近代化したばかりの設備が! 誰ですの、勝手にガーデニングをした不届き者は!」
【ダンジョン内部:第1層】
バシュッ! ジュワワワ……。
「汚い……。なんて不衛生な植物なの。焼却するわ」
クルミが、携帯用の火炎放射器(お土産用ライター改造版)で、道を塞ぐ植物を焼き払っていく。
しかし、焼いた端から、猛スピードで再生していくのだ。
「チッ。再生能力が高すぎるわね。……ベアトリスさん、これ『世界樹』の亜種よ。生命力がバグってるわ」
「世界樹!? そんな神話級の植物がなぜここに!?」
ガサガサッ……。
奥の茂みが揺れた。
「誰かいるッス! ……あ、でも俺、植物の毒は効かないから平気ッスよ!」
スケさんが自信満々に茂みに突っ込んだ。
パフッ。
黄色い粉が舞った。
「うわぁぁぁ!? 骨の隙間にカビが! 苔が生えるッスぅぅぅ! 痒い! 骨なのに痒いッスぅぅ!」
「スケさん!? ……ただの物理攻撃ではありませんわね」
私たちは警戒しながら、ジャングルの奥――かつての「イートインスペース」へと進んだ。
【ダンジョン中心部:元イートインスペース】
そこは、巨大な「樹洞」のようになっていた。
テーブルも椅子も、すべて木の根に飲み込まれている。
その中心に、巨大な花の蕾のようなものが鎮座していた。
スゥ……スゥ……。
蕾の中から、寝息が聞こえる。
私が近づこうとすると、蕾がゆっくりと開いた。
中にいたのは、緑色の長い髪を持つ少女だった。
耳が長く尖っている。エルフだ。
しかし、ファンタジー小説に出てくるような高貴なエルフではない。
ボロボロのジャージ(どこで拾った?)を着て、目には分厚いクマを作り、手には携帯ゲーム機(電池切れ)を握りしめている。
「……んぅ……? まぶしい……」
少女は、私を見るなり、のっそりとフードを目深に被った。
「……誰? 私の『楽園(ひきこもり部屋)』に入ってこないで……」
「ここはお前の楽園ではない。俺たちの職場だ」
グランが低い声で威圧する。
しかし、少女は動じるどころか、面倒くさそうに溜息をついた。
「……職場? 社畜? うわぁ、やだやだ。労働なんて前時代的な呪いでしょ……」
彼女は、ゴソゴソと懐から何かを取り出した。
それは、怪しげな紫色の胞子を放つキノコだった。
「……帰って。ここはお日様が当たらなくて、湿気が高くて、最高の『培養土』なの。……私が世界樹ちゃんを育てるのに必要なの」
「貴女、名前は?」
私が尋ねると、彼女は小さな声で答えた。
「……ピノ。エルフの森の……元・第三王女。今はただの……『菌類愛好家』……」
王女!?
また面倒な肩書き持ちが!
「ピノ様。不法侵入ですわ。直ちにこの植物を撤去して、退去なさい」
「……やだ」
ピノは、体育座りのまま首を振った。
「森に帰ったら……『働け』『結婚しろ』『弓の練習しろ』ってうるさいもん……。ここはいいよ……。誰も来ないし、魔力が濃いし……。一生ここで苔を眺めて暮らすの……」
彼女の目には、鋼鉄の意志(引きこもり根性)が宿っていた。
この目は知っている。
締め切り前の私が、「もう原稿なんて書きたくない」と布団に潜り込む時の目と同じだ。
「……親近感は湧きますが、商売の邪魔ですわ」
「……交渉決裂だね」
ピノが指を鳴らした。
「いけ……世界樹ちゃん。……『強制排除』モード」
ズズズズズズッ!!
床から無数の蔦が飛び出した。
それは意思を持った蛇のように、私たちに襲いかかる!
「焼き払うわよ! ナパーム弾、装填!」
「待ちなさいクルミ! 店内で爆発物は禁止です!」
シュルルルッ!
「あだっ!? 縛られたッス!」
「くっ、動きが早い!」
蔦は、スケさんとゼノン爺さんを瞬く間にグルグル巻きにして、天井から吊り下げた(ミノムシ状態)。
「……植物を侮らないで。……光合成の力は、核エネルギーより偉大なの……」
ピノは、再び蕾の中に引きこもろうとした。
しかし。
その鼻が、ピクピクと動いた。
「……ん?」
彼女の視線が、田中さんの手元に釘付けになる。
そこには、お土産の「クラーケンの干物」があった。
「……それ。……なに?」
「え? これですか? クラーケンの燻製ですよ。酒のつまみに最高で……」
「……クラーケン……。深海の……珍味……」
ピノの口元から、ツツッ……と涎が垂れた。
「森じゃ……草と木の実しか……食べるものなくて……。タンパク質……足りてない……」
……チャンスだ。
私は扇子を鳴らした。
「田中さん! キッチンは使えますの!?」
「ええ! ガスコンロだけは死守しました!」
「やりなさい! 最高の『海鮮料理』で、この野生児を餌付けするのです!」
ジュウウウウウ……♪
香ばしいバター醤油の香りが、植物の青臭い匂いを上書きしていく。
目の前に出されたのは、『クラーケンのガーリックバターソテー 〜特製マンドラゴラソース添え〜』。
「……食べて、いいの?」
「ええ。代金は、その『蔦』を解除することですわ」
ピノは、震える手でフォークを掴み、ソテーを口に運んだ。
パクッ。
「……!!」
彼女のエルフ耳が、ピーン! と垂直に立った。
閉じていた目がカッと見開かれる。
「……んまい……! なにこれ……! 海の滋養と、大地の暴力が……口の中で……お祭り騒ぎ……!」
彼女は猛スピードで皿を空にした。
そして、涙目で私を見上げた。
「……もっと。……おかわり」
「ありますわよ。……ただし」
私は、ニッコリと微笑んだ。
悪徳商人の顔で。
「タダではありません。……ピノ様、貴女のその『植物操作能力』。私のために使ってくださるなら、毎日3食、田中さんの料理を保証しますわ」
ピノは、蕾を見つめ、料理を見つめ、そして私を見た。
3秒間の葛藤。
「……契約する」
彼女は即答した。
「……プライドより、食欲。……エルフの誇りなんて、犬に食われろ……」
シュルルルル……。
店内を埋め尽くしていた蔦が、一斉に引いていく。
吊り下げられていたスケさんとゼノンが、ドサッと床に落ちた。
「いたたた……。骨盤がズレたッス……」
「やれやれ。森の民にしては、随分と俗な王女様じゃな」
こうして。
我がダンジョンに、新たな住人が加わった。
庭師(兼ニート):ピノ(エルフ王女)
彼女の能力により、ダンジョン内に「薬草園(ドル箱)」が爆誕することになるのだが、それはまた別の話。
まずは、このジャングルの片付けからだ。
「さあ、働いてもらいますわよ! ピノ!」
「……うぅ。話が違う……。食べた分だけ働くなんて……これじゃ実家と同じ……」
エルフの嘆きは、換気扇の音にかき消された。
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