第33話 慰安旅行in南の島。海産物(クラーケン)は踊り食い推奨です
【場所:王都南方のリゾート地「アズール・ビーチ」】
【目的:従業員の福利厚生(コミケでの儲けの散財)】
ザザァァァン……♪
白い砂浜。青い海。
さんさんと降り注ぐ太陽。
そこは、魔物もダンジョンも忘れて心を洗う、地上の楽園――のはずだった。
「……暑いですわ」
私は、特注の巨大パラソル(日傘)の下で、デッキチェアに優雅に横たわっていた。
身につけているのは、黒いワンピースタイプの水着に、つばの広い女優帽。
紫外線は美肌の大敵。一ミリたりとも肌を焼くわけにはいかない。
「ベアトリス様、冷たいトロピカルジュースですッス!」
アロハシャツを着たスケさんが、ココナッツにストローを挿して持ってきた。
彼は骨なので、直射日光を浴びるとカルシウムが変色するらしいが、今は楽しそうだ。
「ありがとう。……ところで、他の皆さんは?」
「あっちで『宝探し』をしてるッスよ」
視線の先では、波打ち際でカオスな光景が広がっていた。
「ダンくぅ〜ん♥ 見て見て! 新作の『水中機動型スクール水着』よ!」
ピンク色のスク水を着たクルミが、波と戯れていた。
その首からは、透明な防水ポーチがぶら下がっている。
中に入っているのは、もちろんスマホ(ダンくん)だ。
『ぐえぇぇ……! 揺れる! 酔う! 画面が海水でベタベタするぅぅ!』
「大丈夫よ! このポーチ、水深1万メートルでも壊れない『アダマンタイト・ガラス』製だから!」
『そういう問題じゃない! 俺を海に沈めて魚の動画を撮ろうとするな!』
一方、少し離れた岩場では。
「……ぬるい」
海パン一丁の老人――先代魔王ゼノンが、岩の上で釣り糸を垂れていた。
彼が使っているのは、釣竿ではなく「漆黒の鎖」。
「昔は、リヴァイアサンの一本釣りをしたもんじゃが……最近の海は小魚しかおらんな」
「爺さん、邪魔だ。ボクが泳げないだろ」
その隣で、グラン(人型・トランクス姿)が、浮き輪を抱えて不機嫌そうにしていた。
最強の古龍、まさかのカナヅチ疑惑。
「泳ぐ必要などない。水を蒸発させれば歩けるぞ?」
「それじゃ海水浴にならねぇだろ……」
平和だ。
世界を滅ぼしかねない面々が、ただの観光客として海を楽しんでいる。
私はサングラスをかけ直し、フッと息を吐いた。
「たまには、こういうのも悪くありませんわね……」
そう思った、次の瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ……!!
突然、海面が盛り上がり、空が暗転した。
観光客たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
「きゃあぁぁぁ! 何あれぇぇ!?」
「怪獣だ! 海の怪物が出たぞぉぉ!」
沖合から姿を現したのは、全長50メートルを超える巨大なイカ――「大王烏賊」だった。
その触手一本一本が、大木のような太さをしている。
『グオオオオオオオオオオッ!!』
クラーケンが咆哮し、巨大な触手が私たちめがけて振り下ろされた!
「……チッ。せっかくの休日が台無しですわ」
「ベアトリス様! 逃げましょう!」
スケさんが私の前に立ちはだかる。
しかし。
誰よりも早く、砂浜を駆けた男がいた。
「……待てェェェェェッ!!」
包丁(魔剣)を握りしめ、鬼の形相で突進してきたのは――料理長の田中さんだった。
「その吸盤! そのテカリ具合! ……間違いない!」
田中さんは、振り下ろされた触手を、空中で華麗にスライスした。
スパァァァン!!
「あれは……最高級の『お刺身用イカ』だぁぁぁ!!」
ドスンッ!
切断された触手が砂浜に落ちる。
まだビチビチと動いている新鮮な切り身だ。
「……は?」
「ベアトリス様! 見てください、この透明感! 醤油で食べたら絶品ですよ!?」
「……食材として見ていますの?」
田中さんの料理人魂に火がついた。
「総員! 戦闘準備(調理開始)ですわ! 今夜のディナーは『イカ尽くし』よ!」
【緊急クエスト:巨大クラーケンを調理せよ】
「ふふふ。ターゲットロックオン。……焼き加減はどうする?」
クルミが、防水ポーチ(ダンくん入り)を掲げながら、背中のアタッチメントを展開した。
そこから現れたのは、無数の小型レーザー砲。
「『高出力マイクロウェーブ(電子レンジ砲)』!」
ビビビビビビッ!!
不可視のマイクロ波が、クラーケンの右足を直撃する。
ジュワワワワッ! という音と共に、香ばしい匂いが漂い始めた。
『熱い熱い! 俺まで加熱されるぅぅ!』
「あら、ダンくんは『解凍モード』にしておいたから平気よ!」
「……焼くなら、こっちの方が早いぞ」
グランが浮き輪を放り投げ、大きく息を吸い込んだ。
「『ドラゴニック・バーナー(弱火)』!」
ボオオオオオオッ!!
真紅の炎が、クラーケンの胴体を炙る。
表面がパリッと焼け、絶妙な焦げ目がついていく。
『ギュルルルルルッ!?(熱い! 敵が強すぎる!)』
クラーケンが恐怖し、墨を吐いて逃げようとした。
海が真っ黒に染まる。
「逃がさんぞ、大物」
海面の上に、黒いローブの老人が立っていた。
ゼノンだ。
彼は海面に手を突き刺し、詠唱した。
「『重力操作・一本釣り』!!」
ズズズズズズ……!!
海ごと、クラーケンの巨体が空中に持ち上げられた。
重力に逆らい、空へ浮上する巨大イカ。
そこへ、田中さんが飛び込んだ。
「秘剣・三枚下ろしぃぃぃッ!!」
ザシュッ! ザシュッ! ザシュシュシュシュッ!!
空中で、クラーケンが解体されていく。
足、胴体、エンペラ。
部位ごとに綺麗に切り分けられ、砂浜に設置された「鉄板(スケさんの盾)」の上に落下していく。
ジュウゥゥゥゥゥ……♪
醤油の焦げる匂い。
バターの香り。
屋台のイカ焼きの100倍はあろうかという、暴力的なまでの食欲の匂い。
「……完成です」
田中さんが、着地と同時に包丁を収めた。
「うめぇぇぇ! 噛めば噛むほど味が染み出てくるッス!」
「新鮮! 肝醤油が最高ですわ!」
私たちは、夕日をバックに、山盛りのイカ焼きを囲んでいた。
クラーケン一体分。
数千人分の食料だが、ドラゴンの胃袋と魔王の食欲の前では、あっという間に消えていく。
「……ん? なんだこの丸いのは」
「ああ、それは『クラーケンの目玉』の煮付けですよ、ゼノンさん」
「ほう。珍味じゃな。酒が進むわい」
私たちは満腹になり、砂浜に大の字になって寝転がった。
「……ふぅ。いい休日でしたわ」
「そうですね。……でもベアトリス様、このイカ、市場に卸せば金貨1000枚にはなりますよ」
田中さんが、残った足を見ながら算盤勘定を始めた。
「……あら。持って帰って『ダンジョン・マート』の新商品にしましょうか」
「『大王イカの姿焼き』ですか。売れますね」
私たちは顔を見合わせて笑った。
結局、どこにいても仕事の話になってしまう。
それが、ブラック企業の社風というものだ。
『……お前ら、本当たくましいな』
クルミの胸元(防水ポーチ)の中で、ダンくんが呆れながら呟いた。
その画面には、「新レシピ獲得:クラーケン定食」の文字が輝いていた。
こうして、私たちの慰安旅行は、地元の生態系を破壊しつつ、大成功(満腹)に終わったのだった。
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