第32話 「最後尾」札を持つのは元魔王。ダンジョン即売会、開幕!
【場所:ダンジョン入り口前広場 ⇒ 第1特設会場】
【現在状況:数千人の「購入希望者」により包囲中】
「うおおおおっ! 壁サーはどこだァァァ!?」
「新刊をよこせぇぇ! 転売ヤーは殺すぅぅぅ!」
「尊い……! あの看板のフォント、尊いぞぉぉぉ!」
地獄のような光景だった。
剣や魔法ではなく、「紙幣」と「サイリウム」で武装した戦士たちが、怒涛の勢いで押し寄せている。
彼らは、日本から転移してきた「ガチ勢」と、彼らに感化された「異世界の数寄者」たちの混成部隊だ。
「……ひぃっ。ゾンビの群れより怖いですわ」
私は扇子で顔を隠し、ドン引きしていた。
しかし、彼らの手には金貨が握られている。
これを追い返すのは、商売人として――そして創作者として、あるまじき行為。
「……やるしかありませんわね」
私はインカムのスイッチを入れた。
「総員、配置につきなさい! これより、当ダンジョンは『第一回・暗黒大即売会』会場へと変形しますわ!」
【絶対列整理】
「ふふふ……。面白いわ。無秩序な集団を制御するのって、ゾクゾクするわね」
最前線に立ったのは、研修生(元カノ)のクルミだ。
彼女は、ピンク色の作業着(ヘルメット付き)を装着し、タブレット端末を指揮棒のように振った。
「システム起動。……『マジカル・ベルトコンベア(強制移動床)』展開!」
ズゴゴゴゴゴゴ……!!
ダンジョンの入り口の地面が、幾何学模様に光り輝いた。
突撃してきたオタクたちが、次々とその光の上に乗せられる。
「えっ!? 足が勝手に……!?」
「止まれない! 自動的に4列縦隊に並ばされるぅぅ!?」
クルミが開発した「対人流動制御魔法陣」。
それは、どんな暴徒も強制的に「整列」させ、少しずつ前進させる悪魔のシステムだ。
「いい? 走らないで。割り込みは即・処刑よ。……ホラ、そこ! 列が乱れてるわよ!」
クルミの指示で、空中に浮かぶドローン(監視の目)が、列を乱した者に「警告ビーム(微弱な電撃)」を放つ。
「アッー! 痺れるぅぅ!」
「す、すげぇ……。あの無法地帯だった待機列が、軍隊のように整然と……!」
その光景を見て、最後尾でプラカードを持っていた男が呟いた。
先代魔王ゼノンだ。
「……ほう。人間どもが、これほど規律正しく動くとは。ワシの魔王軍より統率が取れておるわ」
「ゼノンさん! 看板の高さがズレてるわよ! 地面と垂直に!」
「……うむ。手厳しい娘じゃ」
元魔王が持つ「最後尾」の看板。
その威圧感は凄まじく、誰も割り込みをしようとはしなかった。
会場内(ダンジョン1階層)は、数千人の熱気で蒸し風呂状態になっていた。
このままでは、熱中症で倒れる者が出る。
「……おい。まだか」
「はいはい、今やりますわよ。……グラン様、お願いします!」
会場の天井付近にある「キャットウォーク(岩棚)」に、不機嫌そうな銀髪の少年が座っていた。
彼は手元のカツ丼(報酬)を平らげると、面倒くさそうに口を開いた。
「……フンッ」
ヒュゴオオオオオオオッ……!!
グランが吐き出したのは、炎ではなく「氷のブレス(弱)」。
絶対零度の吐息が、会場内の熱気を一瞬で冷却し、快適な室温(24度)へと調整した。
「うおおおっ! 涼しい!」
「神だ! エアコンの神が舞い降りた!」
「(……伝説の古龍を空調代わりに使うなんて、バチが当たらないといいけど)」
私は冷や汗を拭った。
そして、買い物を終えた戦士たちが向かうのは、出口付近のフードコートだ。
「いらっしゃいませー! ダンジョン名物、『オーク肉の特製カツ丼』はいかがですかー!」
田中さんが、中華鍋を振るう。
その横では、スケさんが4本の腕(予備パーツ装着)を使って、高速でご飯をよそっていた。
「早い! 安い! 美味いッスよー!」
「うめぇぇぇ! この肉、魔力が回復するぞ!」
「お土産用に冷凍カツ丼を10個くれ!」
飛ぶように売れる。
金貨が山のように積み上がっていく。
田中さんは涙を流しながら笑っていた。
「……俺、コンビニ時代は廃棄弁当を見るのが辛かったけど……。こんなに喜んで食べてもらえるなんて……!」
「田中さん、感傷に浸ってる暇はないわよ! 次のオーク肉、解体して!」
「はいっ! 喜んで!」
私のブースの前には、長蛇の列ができていた。
「新刊『没落令嬢の優雅な逆襲(実話)』、一部ください!」
「既刊の『スケルトンの骨格標本画集』もセットで!」
……売れる。
私の描いた、あの独特な(呪われたような)画風の同人誌が、飛ぶように売れていく。
「ふふふ……! 見なさいダンくん! 私の才能が、ついに認められましたわ!」
『いや、これ買ってるの「呪物コレクター」か「魔除け」目的の客ばっかりだぞ!?』
スマホ(ダンくん)の画面に、客の鑑定結果が表示される。
《目的:家のネズミ除け》《目的:隣国への嫌がらせギフト》
「……理由はともあれ、完売は完売ですわ!」
私は、積み上がった金貨の山にダイブしたい衝動を抑え、優雅に売り子を続けた。
夕焼けが広場を照らす頃。
嵐のような即売会は終了した。
私たちは、金貨の入った麻袋(10個分)を囲み、疲労困憊で座り込んでいた。
「……勝った。勝ちましたわ」
「計算完了。……本日の売上、ダンジョンの年間維持費の30年分に相当するわ」
クルミが電卓を弾き、満足げに眼鏡(伊達)を押し上げた。
「それにしても、あの整列システム。……悪くなかったわよ、クルミさん」
「……ふん。貴女のサークル運営も、まあ……良かったわね」
私とクルミは、初めて視線を合わせ、フッと笑った。
戦場を共に駆け抜けた戦友としての、奇妙な連帯感。
しかし。
その空気をぶち壊すように、ダンくんのスマホが着信を知らせた。
ピロリン♪
【通知:SNSで『神イベント』として拡散中】
【次回予告:冬コミ(ウィンター・フェス)の開催決定!?】
「……あ」
「……あら」
私たちは顔を見合わせた。
一度成功させてしまった以上、客は次を求める。
つまり――。
「……原稿。また描かなきゃいけませんの?」
「……設備。もっと増強しなきゃいけないわね」
ズドォォォォォン……(絶望の効果音)
『頑張れよ、ワーカーホリックたち。俺は電源切って寝るからな』
ダンくんの冷たい一言が、夕暮れの空に響いた。
こうして、我がダンジョンは「世界一規律正しい即売会会場」としての名声を確立してしまったのである。
平和な日常(ニート生活)への道のりは、まだまだ遠い。
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