第25話 カツ丼(自白剤)が効きすぎて、先代魔王が身の上話を始めた件
【場所:ダンジョン・マート イートインスペース】
【客:謎の老人(推定レベル:測定不能)】
「……うまい。うまいなぁ……」
ダンジョン・マートの片隅にあるプラスチックのテーブルで、一人の小汚い老人が、涙を流しながらカツ丼を食べていた。
ボロボロのローブ。伸び放題の白髪。
どう見ても、ただの浮浪者だ。
しかし、私の「貴族の目(鑑定眼)」と、ダンくんのセンサーは騙されない。
この枯れ木のような老人から、現魔王ヴァネスすら凌駕する、底知れない闇の魔力が滲み出ていることを。
「……おかわり、ありますか?」
「ええ、どうぞ。お茶も淹れましょうか?」
私は急須でお茶を注ぎ、老人の前に差し出した。
まるで取調室で落としにかかるベテラン刑事のように。
「……すまねぇな、お嬢ちゃん。こんな薄汚い爺さんに優しくしてくれて」
「いいえ。お客様は神様ですもの(金さえ払えば)」
老人は、ズズズッとお茶を啜り、遠い目をした。
カツ丼のカロリーと、温かいお茶。
これが、人間の心の壁を溶かす最強のコンボだ。
「……ワシなぁ。昔は結構、ブイブイ言わせてたんじゃよ」
来た。「自白」だ。
「へぇ。どんなお仕事を?」
「……魔王じゃ」
「……はい?」
「『絶望の王』ゼノン。それが、かつてのワシの名じゃった」
ブッ!!
隣でカツ丼を食べていた田中さんが、お茶を吹き出した。
「ゼノン!? あの50年前に世界を闇に包んだっていう、伝説の最凶魔王ですか!?」
「田舎のコンビニ店長ごときが、なぜ知っているの?」
「歴史の教科書(異世界ラノベ)で読みましたよ! ラスボスじゃないですか!」
老人は自嘲気味に笑った。
「カッカッカ……。過去の栄光じゃよ。今はただの『リストラ老人』じゃ」
「リストラ?」
「うむ。今の魔王……ヴァネスの嬢ちゃんにな、追い出されたんじゃよ」
老人は、丼に残ったご飯粒を一粒ずつ箸で摘みながら、語り始めた。
「今の魔王軍は『成果主義』だの『コンプライアンス』だのとうるさくてのぅ。ワシのような『力こそ全て!』『とりあえず街を一つ消し飛ばそうぜ!』という旧態依然とした経営方針は、時代遅れだと言われてな……」
「(まあ、それはそうですわね)」
「先週の定例会議で、ヴァネスに言われたんじゃ。『お祖父様、老害です。退職金(金貨3枚)あげるから、隠居してください』とな」
老人の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
それは、カツ丼のタレの中にポチャンと落ちて波紋を広げた。
「ワシはまだやれるんじゃ! 魔力だって、若いモンには負けん! なのに、居場所がないんじゃぁ……!」
バンッ!
老人はテーブルを叩いた。
「おい、お嬢ちゃん! ここは『ダンジョン』じゃろ!? ワシを雇ってくれんか!?」
「……貴方を?」
「ああ! 掃除でも洗濯でも、世界征服の補佐でも何でもする! 給料はいらん! 毎日この『カツ丼』を食わせてくれれば、それでいい!」
私は扇子(とらのあなで購入したアニメグッズ)を口元に当て、計算機を弾いた。
元・魔王。
腐っても鯛。リストラされてもラスボス。
その魔力量は、大家に匹敵する。
そんな怪物が、カツ丼一杯で雇える?
……破格だわ。
ブラック企業の経営者としては、見逃せない案件ね。
「よろしいでしょう」
私はニッコリと微笑んだ。
「採用ですわ、ゼノンさん」
「お、おおっ! 本当か!?」
「ええ。ただし、世界征服の補佐なんて曖昧な仕事はありません。貴方には、その強大な魔力を活かして――『温泉の番台』をやっていただきます」
「……ば、番台?」
老人はキョトンとした。
「ええ。最近、覗き見をする不届きなモンスターや、マナーの悪い客(主に脳筋勇者)が増えて困っておりますの」
「ふむ……」
「貴方の『絶望のオーラ』で、脱衣所の治安を守ってくださいませ。ついでに、お湯の魔力濃度調整と、背中の流しサービス(オプション)もお願いできます?」
「……」
老人は、しばらく考え込んだ。
かつての魔王が、銭湯の番台。
プライドが許さないか?
しかし、彼はカツ丼の空っぽの丼を見つめ、力強く頷いた。
「……よかろう! ワシの余生、その『湯』に捧げようぞ!」
「交渉成立ですわね」
【数日後:ダンジョン温泉・男湯】
「うぉぉぉッ! 筋肉! 筋肉が喜んでいるッス!」
「……おい骨。少し静かにしろ。湯が波立つ」
脱衣所の番台には、パリッとした法被を着たゼノン爺さんの姿があった。
その眼光は鋭く、タダ飯食らいのオーラは消え失せている。
「あ、はいッス……。すいませんッス、番頭さん……」
スケさんが縮こまる。
そこへ、常連の勇者レオニダスが入ってきた。
「よう! 今日も最高のトレーニング日和だな! ……ん? 新入りか?」
「いらっしゃい。……靴は下駄箱へ。脱衣所でのポージングは禁止じゃ」
「なんだこの爺さん、偉そうに……。俺は勇者だぞ?」
レオニダスが威圧しようとした、その瞬間。
ズズズズズ……ッ!!
番台の周囲から、漆黒の闇が噴き出した。
それは、かつて世界を震え上がらせた『絶望の覇気』。
「……『ルール』を守れと言っておるんじゃ。小僧」
「ひぃッ!? す、すいません! 靴揃えます! 服も畳みます!」
勇者は直立不動で敬礼し、震えながら服を脱ぎ始めた。
『す、すげぇ……。あの無法地帯だった男湯が、統率されている……』
モニター越しに見ていたダンくんが感嘆の声を漏らす。
私は、帳簿を見ながら満足げに頷いた。
「適材適所よ。老人の威厳と、魔王の暴力。これぞ究極の接客だわ」
こうして、我がダンジョンに新たな最強戦力が加わった。
・オーナー:ベアトリス(没落令嬢)
・施設管理:ダン(転生者コア)
・物理攻撃:スケさん(元騎士団長)
・音響兵器:メラン(バンシー)
・料理長:田中(元コンビニ店長)
・インフラ:グラン(エンシェントドラゴン)
・警備主任:ゼノン(先代魔王)
もはや、このダンジョンを攻略できるパーティーなど、世界中どこを探しても存在しないだろう。
……そう、思っていた。
だが、平和な日々は長くは続かない。
カツ丼の香りに誘われてやってきたのは、老人だけではなかったのだ。
『……見つけた』
深夜のダンジョン・マート。
誰もいないはずのレジカウンターに、不気味な「声」が響いた。
それは、異世界の裂け目から漏れ出した、あの雑誌に載っていた組織――「アカシック」からの通信だった。
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