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没落令嬢、ダンジョンと結婚(契約)してしまった件~死に場所を探して入った穴が、意外と感度のいい旦那様でした~  作者: beens
第2章 大家(ドラゴン)が地下からクレームに来た件

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第23話 「カツ丼」という名の、自白剤(絶品グルメ)について

 【場所:秋葉原管轄・某警察署 取調室】

 【現在状況:重要参考人として聴取中(身元不明・住所不定・コスプレ疑惑)】

「……で? 職業は『ダンジョンマスター』? 住所は『未開の森・地下3階』?」

 パイプ椅子に座った、疲れた顔の中年刑事(須藤)が、呆れ顔でペンを走らせていた。

 狭い個室。灰色の壁。

 目の前には、スチール製の机と、眩しいデスクライト(電気スタンド)。

 いかにも、犯罪者を精神的に追い詰めるための空間だ。

「ええ、そうですわ。何度言えば分かりますの?」

 私は足を組み、優雅に扇子を仰いだ(没収されかけたが、「これがないと呼吸ができない」とゴネて死守した)。

「あのねぇ、お嬢ちゃん。ここは漫画の世界じゃないんだよ。身分証は? 保険証とか、マイナンバーカードは?」

「マイ……? そのような卑俗な番号、持ち合わせておりませんわ」

「はぁ……。じゃあ、隣の部屋にいる『ガイコツの着ぐるみ着た男』と、『幽霊の格好した女』は?」

「私の忠実な部下(下僕)です」

「で、あの青白い顔したコンビニ店員は?」

「現地ガイド兼、アシスタントです」

 刑事は大きく溜息をつき、頭を抱えた。

「……完全にアレだな。集団妄想か、劇団の役作りか……。とにかく、身元引受人が来るまで帰さないからな」

 刑事はそう言うと、部屋を出て行こうとした。

「お待ちなさい」

 私は彼を呼び止めた。

「何だ?」

「空腹ですわ。私を拘束する以上、相応の『おもてなし』をするのが礼儀というものではなくって?」

「……おもてなしだと?」

「ええ。この国の文化では、囚われの身には『特別な料理』が振る舞われると、あの同人誌(参考文献)で読みましたわ」

 私はニヤリと笑った。

「出しなさい。……伝説の料理、『カツ丼』を!」

 

 数十分後。

 机の上に、湯気を立てるどんぶりが置かれた。

「……これか」

 刑事は「なんで俺がこんなこと……」とブツブツ言いながら、割り箸を割って渡してきた。

 丼の蓋を開ける。

 ふわぁっ……と広がる、甘辛い出汁の香り。

 黄金色の衣をまとった豚肉が、半熟卵という名の「極上のドレス」をまとい、白米の上に鎮座している。

「ほう……。見た目は悪くないですわね」

 私は箸を手に取り、恐る恐るカツの一切れを持ち上げた。

 出汁を吸って少ししんなりした衣と、まだサクサク感が残っていそうな部分のグラデーション。

 それを、口へと運ぶ。

 サクッ……ジュワァァァ……。

「……ッ!!」

 瞬間、私の脳内麻薬ドーパミンが炸裂した。

「な、なんですの……これ……!」

 豚肉の脂の甘み。

 それを包み込む、衣の香ばしさ。

 そして何より、この「出汁ダシ」と「卵」のハーモニー!

 甘いのに、しょっぱい。濃厚なのに、ご飯が進む。

 宮廷料理の繊細さとは真逆の、労働者の胃袋を直接殴りつけるような、力強い旨味の暴力!

「……う、美味いですわァァァァッ!!」

 私は貴族の矜持も忘れ、丼をかき込んだ。

 ご飯に出汁が染みている部分だけで、無限に食べられそうだ。

「どうだ? 故郷くにの母ちゃんを思い出す味だろ?」

 刑事が、ドラマでよく見るセリフを吐いた。

 しかし、私の耳には届いていない。

「……刑事さん」

「ん? 自白する気になったか?」

「この料理の『シェフ』を呼びなさい」

「は?」

「このレシピ! この『黄金の豚肉』の製法! 我がダンジョンに持ち帰らねばなりません! 金貨なら払います! いくら欲しいのです!?」

 私は机に身を乗り出し、刑事の胸ぐら(ネクタイ)を掴んだ。

「お、おい! 落ち着け!」

「教えなさい! 隠し味は何!? 玉ねぎの切り方は!? 卵の火加減は!?」

「ちょ、これは出前の『かつや』の特カツ丼だ! 俺が作ったんじゃない!」

「カツヤ……? それがこの国の『食の魔術師』の名ですか!?」

 ガタガタッ!

 その時、隣の部屋からも叫び声が聞こえてきた。

「ウオォォォッ! 自分にもカルシウム(骨付き肉)を寄越すッス!!」

「うらめしやァァァ! 匂いだけでも嗅がせてくださいぃぃぃ!」

「すいません! 追加注文お願いします! 俺は大盛りで!」

 どうやら、部下たちも「カツ丼の魔力」に屈したようだ。

 署内は一時騒然となった。

 取調室でカツ丼を貪り食いながら、「レシピを教えろ!」「教えないなら帰らない!」と籠城ろうじょうする謎の外国人集団。

 警察始まって以来の珍事である。

 

 数時間後。

 私たちは警察署の裏口から放り出された。

 身元引受人として、泣きそうな顔をした田中さんが、なけなしの貯金で身元保証をしてくれたらしい(あとで倍にして返すわ)。

「ふぅ……。酷い目に遭いましたわ」

 私は満腹のお腹をさすりながら、満足げに息を吐いた。

 手には、戦利品である「『かつや』のお持ち帰りメニュー表」が握られている。

「でも、収穫はありました。この『カツ丼』……ダンジョンの新名物に決定です」

 スケさんが、ヨロヨロと立ち上がる。

 彼はカツの骨(実際は骨なしだったが)を探し求めて暴れたせいで、肋骨が一本ズレていた。

「マスター……。日本の警察、舐めてたッス。あいつら、俺の骨を見ても『よく出来た小道具だな』って叩いてきたッス……」

「世の中、鈍感な方が幸せってこともあるのよ」

 私たちは秋葉原の夜の街に立った。

 煌めくネオン。

 行き交う人々。

 そして、どこからともなく漂う、美味しそうな匂い。

『ベアトリス、そろそろ戻らないと』

「ええ、分かっているわダンくん」

 異世界(日本)への遠征。

 コミケへの申し込みは完了した。

 カツ丼の味も覚えた。

 現代文明の脅威(警察)も知った。

 十分な成果だ。

「……でも、その前に」

 私は、メニュー表を懐にしまい、とある方向を見つめた。

 そこには、巨大な書店の看板が見える。

「漫画を描くための『教本』と……あと、参考資料としての『様々なシチュエーションの薄い本』を買い込みますわよ」

「えっ、まだ買うんですか!?」

「当然です! 私の画力はまだ『呪い』レベル。これを『神絵』に昇華させるまでは帰れません!」

 こうして、私たちは再び夜の街へと消えていった。

 この数日後。

 異世界のダンジョンで、「黄金のカツ丼」と「呪いの同人誌」が同時に頒布され、冒険者たちを恐怖と混乱のズンドコに叩き落とすことになるのだが……それはまた、別のお話。

 【帰還フラグ成立:DP残量低下により、1時間後に強制送還】

「あら、時間がないわ! 急ぎなさい! スケさん、荷物持ち!」

「了解ッス! 骨が折れるまで持つッス!」

「田中さん、貴方はこっち(日本)に残る?」

「え……?」

 田中さんが、ネオン街と、私たちを見比べた。

 そして、静かに首を振った。

「……いえ。俺、あっち(ダンジョン)に行きます。あっちの方が……ブラックじゃない気がするんで」

「ふふっ。賢明な判断ね」

 さあ、帰ろう。

 私たちの、最高にクレイジーな我が家へ。

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