第22話 画伯(ベアトリス)の絵が、前衛的すぎて精神汚染(SAN値直葬)レベルな件
【場所:秋葉原・某カラオケボックス「パーティールーム」】
【ミッション:『コミックマーケット』申し込み用の見本誌作成】
「さあ、始めますわよ!」
私は、テーブルの上にドサリと画材を広げた。
先ほど、駅前の巨大な家電量販店で買い揃えた、最新の「液晶タブレット」と「ノートパソコン」だ。
支払いは、私が身につけていたルビーの指輪を、田中さんが質屋で換金してくれた資金で行った(田中さんは「俺の寿命が縮む……」と泣いていたけれど)。
「このベアトリス、幼き頃より宮廷画家から油彩画の手ほどきを受けておりましたの。絵画など、余技もいいところですわ」
私はペンを優雅に回し、ニヤリと笑った。
「見ていなさい。私の描く『真実のダンジョン物語』で、この世界のオタクたちをひれ伏せさせてやりますわ!」
『おおーっ! さすがベアトリス! 期待してるよ!』
ダンくん(今は私のスマホに憑依中)が画面の中で飛び跳ねる。
「では、まず表紙から。……テーマは『最強のドラゴン・グランとの邂逅』ですわ」
私は自信満々にペンを走らせた。
キュッ、キュッ、キュッ。
静かな室内に、ペンの音が響く。
私の脳内には、あの銀髪の美少年と、背後に浮かぶ荘厳なドラゴンの姿が鮮明に浮かんでいる。
それをそのまま、キャンバス(画面)に落とし込めばいいだけのこと。
「……ふぅ。完成しましたわ」
30分後。
私は満足げに筆を置き、画面を皆に向けた。
「ご覧なさい! これぞ芸術!」
シーン……。
室内が、静まり返った。
・スケさん:顎の骨が外れて床に落ちた(カラン……)。
・メラン:白目を剥いて壁をすり抜け、逃走しようとしている。
・田中:眼鏡が曇り、小刻みに震えている。
「……あら? どうしましたの? 感動のあまり言葉が出ませんこと?」
『……ベ、ベアトリス』
ダンくんが、恐る恐る声を上げた。
『これ……何?』
「何って、グラン様ですわ」
『……嘘だろ? どう見ても「地獄の釜から這い出た溶解人間と、腐ったトカゲの融合体」にしか見えないんだけど』
ガーン!!
私は自分の絵を凝視した。
……確かに。
写実的すぎるのだ。
鱗の一枚一枚、筋肉の筋、浮き出た血管、そしてグランの不機嫌な表情の「シワ」まで、顕微鏡レベルで描写してしまった結果、画面全体が黒く塗りつぶされ、不気味なオーラを放つ「呪物」と化していた。
「い、いえ、これは『リアリティ』ですわ! 昨今の漫画は目が大きすぎて不自然ですもの!」
私が言い訳をすると、田中さんが涙目で口を開いた。
「ベアトリス様……。漫画というのは、『記号』なんです。デフォルメして、可愛く見せる技術が必要で……。これじゃ、ホラー漫画のコーナーにも置けませんよ……読んだ人が呪われます……」
「呪われる……ですって……!?」
私のプライドにヒビが入った。
公爵令嬢として、完璧であらねばならない私が……「画伯(笑)」扱い!?
「くっ……! ならば、スケさん! 貴方が描きなさい!」
「自分ッスか!? 骨しか描けないッスよ!?」
「いいから! 貴方のその精密動作性を見せてみなさい!」
スケさんは震える手(骨)でペンを握った。
シュバババババッ!!
さすがは元・騎士団長の骨格を持つだけある。ペンの動きが速い。
数分後。
「出来たッス!」
「……見せなさい」
画面に描かれていたのは――
【完全なる人体解剖図(骨格標本)】だった。
「……上手いけれど」
「自分、骨格にはうるさいッスから! ほら、この大腿骨の曲線美! たまらないッス!」
「でもこれ、登場人物が全員『死後数年経過』してますわよね!?」
「美少女もイケメンも、皮を剥げばみんなガイコツッス!」
「夢がないわよ!」
ダメだ。こいつも使い物にならない。
私は頭を抱えた。
「メラン! 貴女はどうなの!?」
「ひぃぃっ! 私、絵なんて……! でも、やってみますぅ!」
メランがペンを握ろうとする。
しかし、彼女は幽霊だ。
バチバチバチッ!!
「きゃあぁぁっ! 指が貫通しちゃいましたぁ!」
「ああっ! 画面が! データが文字化けしてる!」
メランの霊的エネルギーが干渉し、キャンバスに描かれた線が勝手に歪み、赤黒いノイズへと変わっていく。
結果、画面には「見ちゃいけない心霊写真」のような画像が出来上がった。
『……詰んだね』
「……ええ」
私たちは、カラオケボックスのソファに崩れ落ちた。
技術がない。センスが歪んでいる。そして、霊障が起きる。
このままでは、コミケ申し込みはおろか、同人誌なんて夢のまた夢だ。
その時。
隅で震えていた田中さんが、おずおずと手を挙げた。
「あ、あの……」
「何よ、田中さん。貴方も私たちを笑うの?」
「いえ……。実は俺、学生時代に……漫研(漫画研究部)だったんです」
「……はい?」
「プロにはなれませんでしたけど……アシスタント経験なら、少し……」
私はガバッと顔を上げた。
目の前に、救世主(神)がいた。
「田中さァァァん!!」
「うわぁっ!?」
私は彼の手を両手で握りしめた。
「貴方を『チーフ・アシスタント』に任命しますわ! 給料倍増! ボーナス支給! だから、この惨状をどうにかして!」
「えぇぇ……。分かりましたよ……。俺がネームと下書きやりますから、ベアトリス様は『仕上げ(トーン貼り)』と『背景の書き込み(写実担当)』をお願いします……」
「背景なら任せて! 煉瓦の一つ一つまで緻密に描いてみせるわ!」
「(それはそれで画面がうるさそうだなぁ……)」
こうして、奇妙な制作体制が確立された。
【サークル名:ダンジョン・リゾート】
・原作・作画監督・背景:ベアトリス(画力:写実のみSSS、デフォルメG)
・骨格監修:スケさん(骨のみ神レベル)
・特殊効果(ノイズ・心霊現象):メラン
・ネーム・下書き・進行管理:田中(元漫研の社畜)
数時間後。
田中さんの指導の下、なんとか「見本誌」のデータが完成した。
キャラは可愛い(田中画)が、背景が異常にリアル(ベアトリス画)で、登場人物の骨格が透けて見えそう(スケ監修)で、所々に謎の赤いノイズ(メラン効果)が走るという、前衛的すぎる作品。
「……これを、出すの?」
『逆に目立つんじゃない? 「アバンギャルド枠」で』
「……まあ、いいでしょう」
私は送信ボタン(申し込み)を、震える指で押した。
【申し込み完了】
「やったわ……! これで第一歩よ!」
「ああ、久しぶりに徹夜作業した……。胃が痛い……」
達成感に浸る私たち。
しかし、その直後。
カラオケルームのドアが、ドンドンドン! と激しく叩かれた。
「警察だ! 中の者、出てきなさい!」
「!?」
ドアが開くと、数人の警官が踏み込んできた。
「近隣から、『部屋の中から悲鳴と爆発音(スケの骨音)と、殺すぞ(ベアトリス)という怒号が聞こえる』と通報があった! 全員署まで来い!」
「……え?」
異世界での創作活動、最初の壁は「職務質問」だった。
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