第18話 実家と国王が「経営権」を奪いに来たので、全力で塩対応します
【現在DP:42,000】
【称号獲得:『国崩しの女将』】
それは、晴天の霹靂だった。
いや、あの脳筋勇者が余計な報告(「あそこは天国だ!」)をした時点で、予想できた未来だったかもしれない。
パパパパパァーン!!
洞窟の前に、場違いなほど豪華なファンファーレが鳴り響いた。
金銀細工で彩られた王家の馬車。
その周囲を固める、近衛騎士団の重厚な列。
森の静寂を切り裂く、権力の行進だ。
「……趣味が悪いわね」
私は腕組みをして、洞窟の入り口に立っていた。
背後には、正装(といっても蝶ネクタイをつけただけ)のスケさんと、怯えて半透明になりかけているメラン。
馬車の扉が開き、一人の初老の男性が降り立った。
冷徹な瞳。整えられた髭。
かつて私を「無能」と断じ、家から追い出した実の父――公爵・ガルシアだ。
そして、その後に続く、王冠を戴いた太った男。
この国の主、国王である。
「……久しぶりだな、ベアトリス」
父、ガルシア公爵が開口一番、私を見下ろすように言った。
「こんな泥臭い穴倉で、魔物と戯れているとは。……だが、レオニダスから聞いたぞ。何やら『妙な商売』で利益を上げているそうだな」
「お久しぶりです、お父様。ええ、おかげさまで。貴族社会のしがらみがない分、とても快適なスローライフを送っておりますわ」
私が優雅にカーテシー(挨拶)をすると、父は鼻で笑った。
「減らず口を。……喜べ。陛下の慈悲により、貴様の追放を解いてやる」
「あら」
「このダンジョンは、本日付で『王家直轄領』とする。貴様はその管理人として、家に戻ることを許そう。……感謝するがよい」
国王も、鷹揚に頷いている。
なるほど。
私が苦労して立ち上げたこのリゾートを、まるっと国が没収し、利益を吸い上げる気だ。
「家に戻す」というのは餌で、実際は私を飼い殺しにして、このノウハウを搾取するつもりだろう。
……ナメられたものね。
「お断りします」
私は即答した。
「……何?」
「聞こえませんでしたか? お・こ・と・わ・り・し・ま・す、と言ったのです」
父の顔が引きつった。
国王が目を見開く。
「き、貴様……! 王命に逆らう気か!? 恩赦を与えてやると言っているのだぞ!」
「恩赦? 必要ありませんわ。私は今、どこの国にも属さない『独立事業主』ですもの」
私は扇子(ついに買ったDP製の本物)をパチリと開いた。
「ここは私の城。私の国。……お客様としてお金を落としていくなら歓迎しますが、『経営権』を渡すつもりは毛頭ありません」
「……言わせておけば!」
父が激昂し、後ろに控えていた近衛騎士団に合図を送った。
「やれ! この愚か者を捕らえろ! ダンジョンの『核』を制圧するのだ!」
ザッ!
数十人の騎士たちが、剣を抜いて殺到する。
武装した精鋭たち。普通なら、私のような小娘一人、瞬きする間に制圧されるだろう。
――普通なら、ね。
「……スケさん、メラン。お客様をご案内して」
「了解ッス! 『特別コース』へご招待ッス!」
「か、帰ってくださいぃぃ!(最大音量)」
【防衛システム、起動】
騎士たちが洞窟の敷居を跨いだ、その瞬間だった。
「ぬおっ!?」
「な、なんだこの床は!?」
ツルルルルッ!!
床一面に展開された、高粘度スライム・ローション。
重装備の騎士たちは、その重さが仇となり、次々と足を滑らせて転倒した。
「ぐわぁぁぁッ!」
「止まらん! 奥へ滑っていくぅぅぅ!」
キィィィィィィィィィィン!!!!!
「耳がァァァァ!!」
「な、なんだこの悲鳴は!? 平衡感覚が……!」
転倒した騎士たちに、メランの超音波が追い打ちをかける。
彼らは団子状態になって、洞窟の奥――「地獄のジムエリア」へと滑り落ちていった。
そこでは今頃、自動マッサージ機と、スクワット強制マシーン(スケさんの指導)が彼らを待ち受けているはずだ。
「な、なんだと……!?」
「近衛騎士団が、一瞬で……!」
父と国王が絶句した。
残ったのは、彼ら二人だけ。
「さあ、お二人もどうぞ。今なら『スライム・エステ』が無料体験できますわよ?」
「く、来るな! 化け物め!」
父が腰の剣に手をかけた。
その時。
ズシン……ッ。
空気が、変わった。
洞窟の奥から、熱波と共に、「彼」が現れた。
「……騒がしいな。今日は『休館日』だって言っただろ」
銀髪の少年――グラン。
彼は不機嫌そうに首を鳴らしながら、私の隣に立った。
その背後には、実体化した巨大なドラゴンの幻影が、鎌首をもたげて二人を睨み下ろしている。
「ひっ……!?」
「ド、ドラゴン……!? しかも、この威圧感……『古龍』クラスか!?」
国王が腰を抜かしてへたり込んだ。
父も顔面蒼白になり、ガタガタと震えている。
「おい、ベアトリス。こいつら、誰だ?」
「招かれざる客ですわ、グラン様。このダンジョンを『取り潰す』とおっしゃっていますの」
「……へぇ」
グランが、爬虫類の瞳を細めた。
口元から、チラリと炎が漏れる。
「ボクの『寝床』兼『食堂』兼『風呂場』を……取り潰す? 人間風情が?」
ゴォォォォォォォォッ……!!
殺気だけで、国王の冠が吹き飛んだ。
父の剣が、熱で飴細工のように曲がる。
「ひぃぃぃっ! お助けぇぇぇ!!」
「ま、待て! 知らなかったのだ! まさか伝説の古龍がいるとは!」
二人は完全に戦意を喪失していた。
私は彼らの前に進み出て、屈み込んだ。
「……お分かりいただけましたか、お父様? 陛下?」
「わ、分かった! 帰る! すぐに帰る!」
「二度と手出しはせん! だからその化け物を鎮めてくれ!」
私はニッコリと微笑んだ。
ここでただ帰す手はない。
転んでもタダでは起きないのが、私流だ。
「お帰りになるのは構いませんが……。当然、『慰謝料』と『不可侵条約』を結んでいただきますわよ?」
私は懐から、あらかじめ用意していた羊皮紙を取り出した。
【条約案】
1.当ダンジョンへの課税免除(永年)。
2.王家からの干渉禁止。
3.迷惑料として、金貨10,000枚の支払い。
4.食材(主に高級肉)の定期便の送付。
「こ、ここにサインすればいいのだな!?」
「はい。……どうぞ、震える手でご署名を」
数分後。
国王と父は、命からがら馬車に飛び乗り、逃げるように去っていった。
滑り台で遊ばされた近衛騎士たちも、ヨロヨロと回収されていった。
「……ふぅ。一仕事終えたわね」
「おい、ベアトリス。今の『食材の定期便』って、ボクの分だよな?」
「ええ。最高級の和牛が届くはずですわ」
「よし。許す」
グランは満足げに奥へと戻っていった。
『すごいよベアトリス! 国を脅迫して独立国家になっちゃった!』
「人聞きが悪いわね。正当な『外交』よ」
私は契約書を弾いた。
これで、法的にも武力的にも、私の自由は保証された。
だが。
モニターの隅に、新たな通知が表示されていることに、私はまだ気づいていなかった。
【警告:過剰な魔力集中により、次元の裂け目が発生しています】
【異世界からの干渉を検知しました】
……そう。
ここはダンジョン。
国境を越えたとしても、世界の理を超えたトラブルは、まだ終わっていなかったのだ。
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