第17話 魔王様(幼女)が視察に来て、ドン引きした件
【現在DP:35,000】
「ふふふ……。笑いが止まりませんわ」
私は、帳簿(スケさんが拾ってきた木の板)を見ながら、一人ごちた。
勇者が置いていった入会金。
エルフの研究者が定期購入する毒野菜の代金。
そして、森の動物たちが落としていく細かいDP。
かつて「死にかけ」だったこのダンジョンは今や、この地域で最もホットな「複合リゾート施設」へと変貌を遂げていた。
「おはよう、ダンくん。今日の予約状況は?」
『おはようベアトリス。今日はエルフの団体様と、例の研究者が「新作の毒キノコ」を受け取りに来る予定だよ』
「順調ね。……あら?」
ふと、モニターの端に奇妙な反応があった。
予約客ではない。
しかし、冒険者や勇者のような「敵意」もない。
ただ、圧倒的な――そう、地下の大家にも匹敵するような、底知れない「重圧」を放つ存在が、入り口に立っていた。
「……誰?」
そこにいたのは、黒いゴシックドレスに身を包んだ、小柄な少女だった。
艶やかな黒髪に、血のように赤い瞳。
頭には、小さな、しかし禍々しい「角」が二本生えている。
『うわぁ……。ベアトリス、あれヤバいよ』
「何よ、また迷子?」
『違う! あれ、魔力波長が「魔王城」のコアと同じだ! ……つまり、魔王本人だよ!!』
魔王。
人類の敵。恐怖の象徴。
それが、なぜこんな辺境のダンジョンに?
「……ガリラスの報告通りか。妙なダンジョンだ」
少女――魔王ヴァネスは、不機嫌そうに呟くと、コツコツとヒールを鳴らして入ってきた。
彼女の周りだけ、空気が重く淀んでいる。
スケさんがガタガタと震え、メランが泡を吹いて気絶した(二回目)。
「お出迎えしましょうか。……スケさん、レッドカーペット(ただの赤い布)を敷きなさい」
「サ、サー! 手が震えて敷けないッス!」
「情けないわね。私が行くわ」
私は、扇子(まだ買ってないので木の皮)を優雅に開き、魔王の前に進み出た。
「ようこそ、当ダンジョンへ。本日はどのようなご用件で?」
私が声をかけると、ヴァネスは足を止め、私を見上げ(身長差があるので)た。
「……貴様か。ここを仕切っている人間というのは」
「ええ、オーナーのベアトリスですわ」
「ふん。私は魔王ヴァネス。……貴様、私の『庭』で随分と好き勝手な商売をしているようだな?」
ヴァネスが赤い瞳を細めた。
殺気。
普通の人なら、これだけで心臓が止まるかもしれない。
けれど、残念。
私は毎日、地下で寝起きの悪いドラゴン(災害級)に餌付けをしている女だ。この程度のプレッシャー、貴族の夜会での「お局様」の視線と大差ない。
「あら、ご挨拶もなしに苦情ですか? 最近のお若い方は気が短くていけませんわね」
「なっ……!?」
「それに、魔王様。そのドレス、素敵ですけれど……裾が汚れてますわよ?」
「えっ?」
ヴァネスが慌てて足元を見た。
そこには、例の「スライム床(滑り止め加工済み)」の粘液が少し付着していた。
「ひぃっ!? な、なんだこのネバネバは!?」
「当店の『美容液』ですわ。お肌に潤いを与えますの。……まあ、お洋服にはシミになりますけれど」
「き、貴様ぁぁぁ!!」
ヴァネスが顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
可愛い。
威厳たっぷりに振る舞っているが、中身はただの生意気な子供ね。
「お戯れはその辺になさいませ。……それで? 今日は『視察』にいらしたのでしょう? せっかくですから、当店の自慢を見ていかれませんか?」
「ぐぬぬ……。いいだろう! その自信、へし折ってやる! 我が軍の精鋭を退けたからといって、調子に乗るなよ!」
私は魔王を連れて、ダンジョンの奥へと進んだ。
「ここが『魔界農園』です」
「……なんだあれは」
ヴァネスが指差したのは、暴れるマンドラゴラを、スケさんがプロレス技で収穫している光景だった。
「キェェェェェ!!」
「うるせぇぇぇ! バックドロップだァッ!!」
「……」
「元気な野菜でしょう? 貴女の部下のガリラスさんも、ここの土の味(物理)を堪能して帰られましたわ」
「……(ドン引き)」
さらに奥へ。
最深部、温泉エリア。
「そしてこちらが、当店のメインコンテンツ。『源泉かけ流し・地獄風呂』です」
「ほう……。湯加減は良さそうだが……」
ヴァネスが湯船に近づいた時、ゴゴゴゴ……と地面が揺れた。
湯船の横にある巨大な岩陰から、銀色の巨体がヌッと現れる。
「あ? ……なんだ、客か」
最強の大家、エンシェント・ドラゴンのグランだ。
彼は口からボォォォォッと炎を吐き、源泉パイプを加熱していた。
「……は?」
魔王の目が点になった。
「あ、あれは……『天災』グラン・バハムート!? なぜここに!?」
「お湯を沸かしていただいていますの」
「……はい?」
「ガス代わりですわ。火力調整が繊細で、とても優秀な『ボイラー』ですのよ」
ヴァネスは口をパクパクと開閉させた。
魔王ですら敬遠する伝説のドラゴンを、給湯器扱い。
その事実が、彼女のキャパシティを超えたらしい。
「き、貴様……。何者だ……? 人間……なのか?」
「ただの追放された公爵令嬢ですわ。……さあ、魔王様。せっかくですから、ひとっ風呂いかが?」
数十分後。
「あぁ〜……。生き返るぅ……」
湯船には、頭にタオルを乗せ、完全に骨抜きにされた魔王の姿があった。
ドラゴンの炎で温められたお湯は、魔族特有の凝り固まった魔力回路を優しくほぐしていく。
「いかがですか、魔王様?」
「……悪くない。いや、最高だ。魔王城の風呂なんて、ただ広いだけで寒いし……」
彼女は頬を紅潮させ、うっとりと呟いた。
「それに、この『プリン』……」
湯上がりに出された「とろけるマッスル・スイートポテト」を一口。
濃厚な甘みと、みなぎるパワー。
「美味い……! なんだこれは! 魔力が回復していくぞ!」
「お気に召して何よりですわ」
私は湯上がりの彼女に、冷えたフルーツ牛乳(ダンジョン産のミルク)を差し出した。
「……くっ。悔しいが、認めざるを得ない」
ヴァネスは牛乳を一気に飲み干し、ぷはーっと息を吐いた。
「貴様の勝ちだ、ベアトリス。このダンジョンは……『魔王軍公認・保養所』として認定してやる!」
「あら、光栄ですわ」
「その代わり! ……週に一回、いや、三日に一回は私が入りに来る! 専用のロッカーを用意しろ! 分かったな!」
「はいはい。会員証をお作りしておきますわね」
こうして。
魔王による「視察」は、事実上の「陥落」に終わった。
最強のドラゴンが住み、勇者が筋トレに通い、魔王がお忍びで通うダンジョン。
もはや、この世界に私を止められる存在などいないのかもしれない。
……そう、思っていた。
しかし、忘れてはいけない。
私がここに来た「そもそもの原因」を。
『――ベアトリス。聞こえるか?』
不意に、私の懐にある「通信魔道具(宝石)」が震えた。
それは、私が公爵家を出る時に持ち出した、唯一の家族との繋がり。
「……お父様?」
通信の向こうから聞こえてきたのは、かつて私を追放した張本人。
国王の側近であり、冷徹な公爵の声だった。
『勇者レオニダスから報告があった。「辺境に素晴らしい施設がある」とな。……まさか、お前が関わっているのか?』
……あ。
あの脳筋勇者、余計なことを報告しやがったわね?
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