第16話 寝起きの魔獣には、とろける「筋肉」を捧げよ
「……うるさい」
その一言で、ダンジョンの空気は凍りついた。
洞窟の奥から、ゆらりと現れた銀髪の少年――大家。
彼の周囲の空間が、怒りのあまり陽炎のように歪んでいる。
「誰だァ……。ボクの安眠を妨げる、あの暑苦しい声を出したのはァ……」
グランの瞳孔は、爬虫類特有の鋭い縦線になり、背後には半透明のドラゴンの幻影が鎌首をもたげていた。
『やばい。ガチギレだ。寝起きのドラゴンは「国崩し」レベルの災害だよ!』
「ひぃぃぃっ! 私は悪くないですぅ! 叫んだのはあの筋肉ダルマですぅ!」
「自分、何も言えないッス! 筋肉は口ほどに物を言うッスから!」
部下たちがパニックになる中、私は冷静に(内心は冷や汗をかきながら)思考を巡らせた。
勇者はもう帰った。
今ここで「犯人は帰りました」と言えば、グランの怒りの矛先は、管理不行き届きの私に向く。
「……消えろ。みんなまとめて、ブレスで消し炭にしてやる」
グランが大きく息を吸い込んだ。
肺に圧縮される魔力が、赤黒い光となって口元に集まる。
万事休すか。
いいえ、まだ手はある。
「お待ちになって! グラン様!」
私は、彼の前に立ち塞がった。
「……あ? 退けよ、人間。お前も燃やすぞ」
「燃やすのは結構ですが、一つだけ。……お詫びの品をご用意いたしました」
「……スイーツ?」
グランの口元に溜まっていた光が、フッと消えた。
単純だ。やはり食欲には勝てない。
「どんなスイーツだ。……またあの『コカトリスの残り』じゃないだろうな?」
「まさか。騒音のお詫びですもの。今回は、当ダンジョンの最新作――『とろけるマッスル・スイートポテト・ブリュレ』をご提供いたします」
私は、背後に山積みになっている「マッスル・ポテト」を指差した。
血管が浮き出て、ドクンドクンと脈打つ、あの不気味なジャガイモだ。
「……おい。あれは、さっきの勇者が食ってた『筋肉』じゃないか。あんな土臭いもの、ボクの口に合うわけが――」
「調理法次第ですわ。さあ、スケさん! キッチン(ダンくんの上)へ!」
「サー・イエッサー!!」
【Beatrice's 3分クッキング】
「まずは、この活きのいいマッスル・ポテトの下処理です」
まな板の上で、ポテトが「ムキムキッ!」と抵抗し、包丁を弾き返そうとする。
「スケさん、粉砕なさい!」
「了解ッス! 筋肉には筋肉ッス! オラオラオラオラァッ!!」
スケさんの拳が残像と化し、ポテトを叩き潰す。
繊維(筋繊維?)が断ち切られ、ポテトは抵抗をやめて滑らかなペースト状になった。
「次に、甘みづけです。……メラン!」
「は、はいぃぃっ!」
「このペーストに向かって、愛の言葉を囁きなさい」
「えっ!? あ、愛……ですか!?」
「『甘くなれ、さもなくば呪うぞ』と!」
「ひぃっ! あ、甘くなってくださいぃぃ! お願いだから甘くなってぇぇぇ!!(絶叫)」
バンシーの悲鳴(高周波)が、ポテトのデンプン質を急速に分解し、糖度を極限まで高める。
魔科学的な裏技だ。
「そして仕上げ。……ダンくん、火力最大!」
『へいよ! マグマ・バーナー!!』
ダンくんの地面から噴き出す青白い炎で、表面の砂糖を一気に焦がす。
ジュワアァァァァッ……!!
香ばしいカラメルの香りと、濃厚な芋の甘い香りが、洞窟内に充満した。
「……完成ですわ」
私は、湯気を立てる皿をグランの前に差し出した。
見た目は、少し無骨な黄金色の塊。
表面はガラスのようにパリパリに焦げ、中はトロトロの半熟。
「召し上がれ。怒りを鎮める、甘美な魔力の塊です」
「……ふん。見た目は悪いな」
グランは疑わしげに鼻を鳴らし、フォークを突き刺した。
パリッ。
小気味よい音と共に、中から黄金色のクリームが溢れ出す。
彼はそれを口へと運んだ。
「…………ッ!!」
カッ! とグランの目が開かれた。
「……なんだこれ」
「お口に合いまして?」
「表面の苦味と、中の濃厚な甘み……。それに、噛むたびに溢れ出る、この『力』は……」
マッスル・ポテト特有のスタミナ増強成分が、スイーツの甘さと融合し、ドラゴンの胃袋を直接殴りつけるような満足感を生み出しているのだ。
「うまい……。うまいぞ、これッ!!」
グランの背後に、天使の羽が生えた(ような幻覚が見えた)。
彼はスプーンを振るう手を止めず、一気に皿を空にした。
「おかわり! 全部持ってこい!」
「お気に召して光栄ですわ。……ですが」
私は空の皿を下げながら、ニッコリと微笑んだ。
「このスイーツ、作るのに大変な『手間(私の労働)』がかかりますの。タダというわけにはいきませんわね?」
「……チッ。またかよ」
グランは忌々しげに舌打ちしたが、口元のクリームを舐め取りながら、観念したように言った。
「分かったよ。何だ? また掃除か? それとも畑の肥料か?」
「いいえ。今回のお支払いは――『熱源』です」
「熱源?」
私は、冷めかけていた温泉の方を指差した。
「最近、お客様が増えてお湯の温度が安定しないのです。貴方のその素晴らしい『ブレス』で、定期的に源泉を加熱(ボイラー役)していただきたいの」
「はぁ!? 最強のドラゴンのブレスを、湯沸かしに使えって!?」
「嫌なら、もう二度とこのポテトは作りませんけれど?」
グランは、残りのポテトの山と、私の顔を交互に見た。
そして、ガクリと項垂れた。
「……分かった。やればいいんだろ、やれば。……その代わり、毎日3食デザート付きだぞ」
「契約成立ですわね」
こうして、我がダンジョンの設備はさらに進化した。
・給湯システム:エンシェント・ドラゴン製(直火)
世界で一番贅沢な銭湯の完成だ。
寝起きの大家を餌付けし、さらにインフラとして組み込む。
私の手腕に死角はない。
「さあ、スケさん! 次のお客様が来る前に、お湯を沸かすわよ!」
「イエッサー! グラン様、着火お願いしますッス!」
「……覚えてろよ、人間共」
ブォォォォォォッ!!
不貞腐れたドラゴンの炎で、温泉はかつてないほどポカポカに温まったのだった。
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