第15話 勇者がダンジョンを「最先端ジム」と勘違いした件
ズドォォォォォン!!
もうもうと立ち込める砂煙。
私のダンジョンの玄関に、隕石でも落ちたかのようなクレーターが穿たれていた。
その中心に、白銀の鎧を纏った金髪の青年が、キメ顔で立っている。
「――見つけたぞ! この地から漂う、邪悪なる魔力の気配!」
青年が叫んだ。無駄に良い声だ。
そして、歯がキラーンと光った(物理的に発光した)。
「我が名は勇者レオニダス! 世界の平和を乱す魔王よ、覚悟するがいい! ……ん?」
レオニダスと名乗った勇者は、剣を抜こうとして、ピタリと動きを止めた。
彼の視線の先には、私たち防衛メンバーが整列していた。
1.私(優雅に扇子を仰いでいる)
2.メラン(白目を剥いて気絶している)
3.スケさん(超高速でスクワットをしている)
「……なんだ、あの動きは」
勇者の目が、スケさんに釘付けになった。
「ふん! ふん! 筋肉は裏切らないッス! 骨だけど!」
シュババババ! と残像が見えるほどのスクワット。
それを見た勇者の碧眼が、驚愕に見開かれる。
「……美しい。なんて完璧なフォームだ。大腿四頭筋への負荷を極限まで高めつつ、膝への負担をゼロにする『無重力スクワット』だと!?」
勇者はゴクリと唾を飲んだ。
そして、周囲を見渡した。
・スライムの床(体幹トレーニング用?)
・飛び交う矢のトラップ(動体視力強化用?)
・マッスル・ポテトの山(天然プロテイン?)
「……まさか。ここは魔王の城ではないのか?」
勇者は剣を収め、震える声で呟いた。
「ここは……伝説の『シークレット・会員制ジム』……!?」
『……は?』
「……え?」
私とダンくんの声が重なった。
「なるほど! 道理で邪悪な気配(魔力)がするわけだ! 高負荷トレーニングのために重力を歪めているんだな!」
レオニダスは一人で納得し、感極まったように何度も頷いている。
バカだ。こいつ、純正のバカだ。
「そうか……。俺は『魔王討伐』という名の有酸素運動を続けてきたが、最近、筋肉の成長が停滞していたんだ。神が俺に与えた試練か……!」
彼はキラキラした目で私を見た。
「おい、そこの受付嬢!」
「……誰が受付嬢ですって?」
「入会したい! この『地獄の特訓コース』、いくらだ!?」
私は扇子で口元を隠し、一瞬で計算機を弾いた。
勇者。国からの支援金を持っているはず。そして、この知能指数。
……搾り取れる。
「……オホホ。お客様、お目が高いですわね」
私は営業スマイル全開で、瓦礫の上に降り立った。
「いかにも。ここは選ばれし戦士のみが入会を許される、『ロイヤル・ダンジョン・フィットネス』ですわ」
「おおっ! やはりか!」
「ただし、当ジムは非常に高額かつ、命の保証はありません。それでもよろしいかしら?」
「望むところだ! 筋肉痛を超えなければ、最強の肉体は手に入らん!」
レオニダスは懐から革袋を取り出し、ズシリと重いそれを放り投げた。
中身を確認するまでもない。金貨の輝きが見えた。
「よろしいでしょう。スケさん! 新しい会員様をご案内して!」
「サー・イエッサー! 新入り、まずは『スライム・サーフィン(体幹)』から行くッスよ!」
「望むところだ、師匠!」
それからの光景は、地獄というよりカオスだった。
「うおおおおぉぉぉ!! 滑る! 足が滑るぅぅ!!」
「まだまだッス! 重心が高いッス! コアを意識するッス!」
ヌルヌルの床で転倒し続ける勇者。
しかし彼は、それを「バランス感覚の特訓」だと信じて疑わない。
「次は『音響耐性トレーニング』ッス! メランちゃん、お願いするッス!」
「ひぃぃっ! き、来ないでぇぇぇッ!!」
キィィィィィィィィィィィン!!!!!
「ぐあぁぁぁぁっ!! 耳が、三半規管がァァァ!!」
「耐えるッス! 精神を鍛えるッス!」
「これが……音の壁か……! 効く……脳筋に響くぞぉぉぉ!!」
勇者は七孔から血を流しながらも、恍惚の笑みを浮かべている。
最後は、例の野菜だ。
「仕上げのプロテイン(マッスル・ポテト)ッス!」
「食う! 皮ごと食う!」
ガリッ、ボリッ、ムシャァ!
「……ッ!! なんだこれは!? 全身の血管が沸騰するようだ! パワーが……パワーが溢れてくるぅぅぅ!!」
勇者の鎧が、膨張した筋肉によってパージ(強制解除)された。
半裸のマッチョが、ダンジョンの中心でポージングを決める。
「サイド・チェストォォォ!!」
『……ねえベアトリス』
「何よ。金貨100枚、儲かったわ」
『あいつ、本当に勇者? 魔王よりタチ悪いよ。暑苦しいよ』
「いいじゃない。最高の『実験台』よ」
私は、ボロボロになりながらも「ありがとう! 最高のジムだ!」と感謝して帰っていく勇者の背中を見送った。
「また来るぞ! 次は『ドラゴン・コース』に挑戦させてくれ!」
「ええ、お待ちしておりますわ(別料金で)」
勇者レオニダス。
彼は魔王を倒すことより、ベンチプレスの記録を更新することに命を懸ける男だった。
こうして、我がダンジョンは――
1.温泉
2.農園(マッドサイエンティストの定期購入)
3.ジム(脳筋勇者の会費)
という、盤石すぎる3つの収益源を確立したのである。
「……ふふっ。世界征服も、案外簡単かもしれないわね」
私が高笑いしようとした、その時。
地下から、ドスン……という重い振動が伝わってきた。
『あ』
「……なに?」
『大家さん(グラン)が起きた。……なんか、今の勇者の「サイド・チェスト」の叫び声で目が覚めたみたい』
「……あ」
まずい。
食後の昼寝を邪魔されたドラゴンは、勇者よりも機嫌が悪い。
「誰だァ……。ボクの安眠を妨げる、暑苦しい声を出したのはァ……」
地獄の底から響くような声と共に、洞窟内の気温が一気に下がった。
これは、クレーム対応(物理)の時間だ。
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