第14話 その客は、野菜(毒)を愛しすぎている
【現在DP:12,500】
「……壮観ね」
私は、ダンジョンの裏手(未開拓エリア)に新設した「第1農園」を見下ろしていた。
そこは、かつてただの岩場だった場所だ。
しかし今、そこには極彩色の植物が生い茂り、異様な生命の息吹――というより、殺気――に満ちていた。
「キェェェェェッ!! 引っこ抜くなァァァ!!」
「オラオラァ! 肥料(ドラゴン糞)が足りねぇぞオラァ!」
「(無言で爆発するキュウリ)」
野菜たちが喋り、暴れ、互いに養分を奪い合っている。
地下で眠る大家の強大な魔力が、植物の進化を数万年分早めてしまった結果だ。
「おはようございます、マスター! 今日の収穫率は50%ッス!」
「半分しか採れてないの?」
「残りの半分は、逆に野菜に食われたッス! 肥料になったッス!」
「……たくましいこと」
スケさんが泥だらけ(というか緑の体液まみれ)で報告してくる。
この「殺人野菜」、威力は抜群だが、どうやって捌けばいいのか。
市場に出せば、間違いなく騎士団が出動するレベルのバイオハザードだ。
『ねえベアトリス。侵入者だよ』
ダンくんの声に、私は現実に引き戻された。
「また魔王軍?」
『ううん、違う。……なんか、すごく挙動不審なのが一人。畑の方に直行してる』
私はモニターを切り替えた。
そこには、緑のローブをボロボロに汚した、瓶底メガネの男が映っていた。
尖った耳。エルフだ。
しかし、以前来たエルザのような凛とした雰囲気は微塵もない。
彼は地面に這いつくばり、ハァハァと荒い息を吐きながら、土の匂いを嗅いでいた。
「……変態?」
『変態だね』
男は、私の自慢の(?)殺人トマトの前に立ち止まった。
トマトが「シャーッ!」と威嚇し、触手を伸ばす。
普通なら悲鳴を上げて逃げるところだ。
だが、男は頬を紅潮させ、震える手で眼鏡の位置を直した。
「……素晴らしい。この禍々しい紫色の斑点……血管のように脈打つ果肉……。未知の、未知の毒素を感じるぅぅ……!」
男は恍惚の表情で、トマトの触手に頬ずりをした。
トマトの方がドン引きして、触手を引っ込めている。
「……行きましょう。あのアレを放置しておくと、野菜の品質(教育)に悪影響だわ」
「おい、そこの不審者」
私が声をかけると、男はビクリと肩を震わせ、ゆっくりと振り返った。
ボサボサの緑髪に、クマの酷い目。
典型的な「研究室に引きこもって数年経ちました」という風貌だ。
「ひぃっ!? す、すいません! 泥棒じゃないんです! ただ、この素晴らしい『植生』に感動して……!」
「ここは私有地よ。勝手に立ち入らないでいただける?」
「あ、あの! 私は『ゼル』と申します! 王立魔法薬学研究所の、しがない研究員でして……」
ゼルと名乗ったエルフは、早口でまくし立てた。
「森で薬草を採取していたら、風に乗ってとてつもなく芳醇な『魔素』の香りが漂ってきまして! 匂いを辿ってきたら、この楽園が!!」
「楽園?」
「ええ! 見てください、あの大根! 足が3本ありますよ!? しかも走ってる! 未発見の新種です!」
ゼルは、スケさんから逃げ回るマンドラゴラを指差して目を輝かせた。
……なるほど。
変態かと思ったが、どうやら「マニア」の類のようだ。
私の商魂センサーが反応した。
マニアとは、言い換えれば「金に糸目をつけないカモ」のことである。
「……ホォ。貴方、お目が高いですわね」
私は扇子(木の皮)を開き、営業モードの笑みを浮かべた。
「ここは私が経営する『ベアトリス実験農場』。世界中の希少な植物を品種改良している、秘密のサンクチュアリですわ」
「やっぱり! 普通の環境でこんな『即死級ポテト』が育つわけがないと思っていました!」
「ええ、特別な『肥料(ドラゴンの垂れ流し魔力)』を使っておりますので」
「素晴らしい……! 研究者として、魂が震えます!」
ゼルはポケットから財布を取り出し、私の前に突き出した。
「売ってください! この畑の野菜、全種類! 言い値で買います!」
「全種類?」
「はい! 特にあの『爆裂キュウリ』! あれの爆発成分を抽出すれば、飲むだけで魔力が暴走して一時的に身体能力が3倍になる(ただし寿命が縮む)最強の興奮剤が作れます!」
「……(何に使う気なのよ)」
危険な薬を作ろうとしているようだが、知ったことではない。
在庫処分ができるなら好都合だ。
「よろしいでしょう。ただし、安くはありませんわよ?」
「構いません! 学会の研究費を全額横領してでも払います!」
「……(倫理観も終わってるわね)」
商談成立だ。
私はスケさんに命じ、収穫したばかりの「選りすぐりの危険野菜」をカゴに詰めさせた。
「どうぞ。お代は金貨50枚になります」
「や、安い! こんな希少素材がその値段で!?」
ゼルは涙を流して感謝し、即座に金貨の袋を差し出した。
チョロい。エルザの時よりさらにチョロい。
「あ、そうだ。もう一つお願いが」
「何かしら?」
「この農場……定期購入契約は可能でしょうか?」
「サブスク?」
「はい! この刺激的な野菜がないと、私の研究はもう進まない気がして……。毎月、採れたての『毒』を送っていただきたいのです!」
私は笑いを噛み殺すのに必死だった。
ただの厄介なゴミ野菜が、定期収入源に変わった瞬間だ。
「ええ、喜んで。なんなら『プレミアムプラン』に入会すれば、大家の寝床の土……いえ、『特製培養土』もお付けしますわよ?」
「なんと! あの神々しい魔力を帯びた土を!? 入ります! 入会しますぅぅ!!」
ゼルは私の手を両手で握りしめ、ブンブンと振った。
その目は、恋する乙女のように輝いている(対象は土と毒草だが)。
『……ねえベアトリス』
「何よ。大口顧客ゲットよ」
『あいつ、絶対やばい薬作って国を追われるタイプだよ。関わって大丈夫?』
「問題ないわ。彼が捕まっても、『素材提供者』までは足がつかないように契約書を偽装しておけばいいのよ」
『悪徳商人だ……。元令嬢の皮を被った悪魔がいる……』
こうして、我がダンジョンは「温泉(観光業)」に続き、「魔界農園(素材販売)」という第二の収益の柱を手に入れた。
潤沢な資金。
最強の防衛力。
そして快適な住環境。
もはや、このダンジョンに死角はない。
……そう思っていた。
だが、世の中そう甘くはない。
急激な発展は、必ず「招かれざる客」を引き寄せるものなのだ。
ズドォォォォォン!!
突然、洞窟の外で何かが爆発したような音が響いた。
モニターが真っ赤に点滅する。
『け、警報! 警報!!』
「なによ、今度は何!?」
『空から! 空から何か落ちてきた!!』
ゼルが帰った直後の入り口に、砂煙を上げて「それ」は着弾していた。
煙の中から現れたのは、白銀の鎧に身を包んだ、金髪碧眼の美青年。
背中には聖剣。
顔には、正義感に満ち溢れた(うっとうしい)笑顔。
「……あ」
『うわぁ……。一番来てほしくないのが来た』
それは、魔王軍よりもタチの悪い存在。
この世界の主人公(笑)こと、「勇者」の到着だった。
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