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没落令嬢、ダンジョンと結婚(契約)してしまった件~死に場所を探して入った穴が、意外と感度のいい旦那様でした~  作者: beens
第2章 大家(ドラゴン)が地下からクレームに来た件

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第13話 家庭菜園が魔境化(バイオハザード)した件

 ジャーーーーーッ……。

 清らかな水流の音が、白磁のボウルの中を渦を巻いて吸い込まれていく。

 私は、その光景をうっとりと眺め、震える手でレバーを戻した。

「……文明だわ」

 個室から出た私は、洗面台(スケさんが掘った岩盤の手洗い場)で手を洗いながら、深く息を吐いた。

 水洗トイレ。

 それは、ただの排泄設備ではない。人間の尊厳を守る最後の砦だ。

 昨日まで茂みの中で虫に怯えながら用を足していた自分が、まるで遠い過去のよう。

「おはよう、ダンくん。今日の水圧も最高だったわよ」

『あーうん、よかったね。……俺、自分の腸内洗浄されてる気分なんだけど』

「気の持ちようよ。さあ、優雅な朝食にしましょう」

 私は足取り軽く、ダイニング(岩の上にテーブルクロスを敷いただけの場所)へと向かった。

 そこでは、既にスケさんが朝の収穫を終え、食材を並べているはずだ。

「おはようスケさん。今日の収穫は?」

「オッス! おはようございますッス、マスター!」

 スケさんは、いつも以上に元気よく敬礼した。

 だが、彼の足元にあるカゴの中身を見て、私の笑顔が固まった。

「……ねえ。それは何?」

「ヘイ! 朝採れ新鮮野菜ッス! ……たぶん」

 スケさんが掲げたのは、赤く熟したトマト――のようなもの。

 ただし、直径が50センチほどあり、表面には血管のような筋が浮き出て、ドクンドクンと脈打っている。

「……トマト?」

「トマトだと思われるッス! 収穫しようとしたら噛み付いてきたので、ラリアットで気絶させたッス!」

「気絶する野菜があるもんですか!」

 私は恐る恐る、カゴの中を覗き込んだ。

 そこには地獄絵図が広がっていた。

 ・叫ぶマンドラゴラ(大根):「引き抜くなァァァ!」と野太い声で抗議している。

 ・マッスル・ポテト:表面がゴツゴツしており、まるでボディビルダーの筋肉のようなジャガイモ。

 ・爆裂キュウリ:不用意に触るとトゲを散弾銃のように発射する。

「……どうなってるのよ、これ」

『あー、原因ならあそこで寝てるよ』

 ダンくんが示した先。

 洞窟の奥、一番いい場所に敷かれた高級布団の上で、銀髪の少年・グランが「むにゃ……肉ぅ……」と寝言を言いながら爆睡していた。

『あいつ、寝てるだけで魔力を垂れ流してるんだよ。ドラゴンの魔力って、植物にとっては超強力な栄養剤(劇薬)だからさ。一晩で森の生態系が変わっちゃったんだ』

「……つまり、この野菜たちは魔力汚染された変異種ということ?」

『そうなるね。普通なら毒だけど、魔物にとってはご馳走かも』

 私は、脈打つトマトを見つめた。

 普通なら、ここで悲鳴を上げて捨てるところだ。

 しかし、私の「経営者脳」が、チカリと信号を発した。

「……待って」

 私はマッスル・ポテトを手に取った。ずしりと重い。

 魔力を帯びた食材。

 それは、市場では「超高級品」として取引されることがある。

 スタミナ増強、魔力回復、滋養強壮。

「スケさん、これ、食べてみて」

「自分ッスか!? 骨に栄養はいかないッスけど……」

「いいから。毒見よ」

 スケさんは「マスターの命令なら!」と、生のままポテトを齧った。

 ガリッ、ボリッ。

「……お? おお!? なんだこれはッス!」

「どうしたの?」

「骨が……骨密度が上がってる気がするッス! あと、なんか無性に走りたくなるッス! うおおおお! スクワット一万回いけるッス!!」

 スケさんは突然、超高速で屈伸運動を始めた。

 残像が見えるほどのスピードだ。

「……効果は本物ね」

 私はニヤリと笑った。

 これは売れる。

 冒険者相手に「ポーションよりも効くスタミナ野菜」として売れば、ボロ儲け間違いなしだ。

 しかも原価はゼロ(勝手に生えてくる)。

「商機だわ……! トイレ代を取り戻すチャンスよ!」

 私は扇子(まだ買ってないので木の皮)を開き、高らかに宣言した。

「スケさん! 畑を拡張なさい! この変異野菜を量産するのよ!」

「サー・イエッサー! 農耕(パンチで耕す)もトレーニングの一環ッス!」

「ダンくん! グランの寝床の下に『魔力集積ダクト』を通しなさい! 彼の垂れ流す魔力を余さず畑に送るの!」

『えぇ……大家さんを肥料扱いするの? 起きたら怒るよ?』

「家賃代わりよ。文句は言わせないわ」

 さらに私は、カゴの隅で震えているメラン(バンシー)にも目を向けた。

「メラン!」

「は、はいぃぃっ! 私は食べないでくださいぃぃ!」

「貴女は『声掛け』係よ。植物に悲鳴(超音波)を聞かせると、ストレスで甘くなるっていうじゃない?」

「そ、そんな農業法聞いたことないですぅ……!」

「いいから叫びなさい! 『美味しくなれ、さもなくば呪うぞ』って!」

 こうして、我がダンジョンの新たな事業「魔界農園」がスタートした。

 最強のドラゴンを肥料にし、スケルトンが耕し、バンシーが叫んで育てる。

 出来上がった野菜が、どれほど凶悪で、どれほど美味なものになるか。

 それはまだ、誰も知らない。

「ふふふ……。この『ダンジョン印の野菜』で、王都の市場を独占してやるわ!」

 私の野望は、ドラゴンの魔力を吸って、野菜よりも大きく膨れ上がっていくのだった。

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