第12話 「騒音トラブル」の解決法は、お茶菓子と脅迫で
「……それで? あなた、どこのお子様?」
私は、目の前に立つ銀髪の少年を見下ろして言った。
先ほどまでの魔王軍との激闘(一方的な虐殺)の熱気が残る洞窟内に、ピリリとした緊張が走る。
少年は、縦に割れた爬虫類のような瞳を細め、不敵に笑った。
その体から放たれるプレッシャーは、先ほどのミノタウロスなど比較にならない。本能が「逃げろ」と警鐘を鳴らしている。
だが、元公爵令嬢たるもの、舐められたら終わりだ。私は扇子代わりの手袋で口元を隠し、優雅に微笑み返した。
「ボク? ボクはここの『主』だよ」
少年は、あくびを噛み殺しながら言った。
「下(地下30階層)で寝てたんだけどさ。最近、上でドタバタうるさいし、変な匂い(温泉)はするし、挙句の果てには『お肌がプルプル』だの『筋肉は裏切らない』だの……。安眠妨害もいいところだよ」
『……あ、あわわわわ……』
頭の中で、ダンくんがガタガタと震え出した。
『ベ、ベアトリス……。俺、思い出した。この感覚……』
「なによ、怯えてないで説明なさい」
『こいつ……俺の「核」のすぐそばで寝てた、エンシェント・ドラゴンだよ! いわば、このダンジョンの「真の大家さん」だ!!』
ドラゴン。
最強の種族。一息で国を滅ぼし、その鱗はあらゆる魔法を弾く、生ける災害。
なるほど。どうりで魔力がおかしいわけだ。
「……ドラゴン、ですって?」
「そうだよ。人間風情がボクの寝床を勝手に改装してくれたみたいだけど……。まあ、立ち退き料として、君たちの魂をもらって――」
少年が指をパチンと鳴らそうとした、その時。
「待ちなさい」
私は片手を突き出し、彼の動作を制止した。
「……は?」
「貴方、ここが『誰の』所有物件だと思っていらして?」
「はぁ? だからボクの……」
「いいえ、違いますわ。現在は私、ベアトリスが管理・運営を行う『保養地』です」
私は一歩前に踏み出した。
相手がドラゴンだろうが関係ない。ここは私の城だ。
「貴方が地下で寝ていた? それは結構。ですが、家賃は払っていたのかしら?」
「……や、家賃?」
「ええ。長期間の無断占拠。しかも、共益費も払わず、掃除当番もサボり、挙句の果てに管理人にクレーム? ……随分と、常識のないトカゲさんですこと」
シン……と、場が静まり返った。
スケさんは「マスター、マジっすか……」と顎を落とし、メランは「ひぃっ! 死ぬぅ!」と泡を吹いて気絶した。
少年の顔から笑みが消えた。
「……人間。ボクを怒らせる意味、分かってる?」
「分かって言っているのよ。貴方、お腹が空いているのでしょう?」
私は、彼の視線がチラチラと、テーブルの上の「コカトリスの残り肉」に向いているのを見逃さなかった。
ドラゴンは強欲だが、食欲にも忠実だと聞く。
「……ふん。こんな薄汚い肉、ボクの口に合うわけが……」
「あら、残念。特製スパイスで焼き上げた、極上のローストチキン。皮はパリパリ、中はジューシー。一口噛めば、肉汁が口いっぱいに広がる……。これを捨ててしまうなんて」
私はわざとらしく、肉の皿を手に取った。
そして、ダンくん(コンロ機能)で軽く温め直す。
ジュウウ……という音と、香ばしい匂いが漂う。
グゥ〜……。
少年の腹の虫が、ドラゴンの咆哮のように鳴った。
「……」
「……」
少年は顔を真っ赤にした。
私はニッコリと笑い、フォークに肉を刺して差し出した。
「交渉(商談)といきましょうか、大家さん?」
数分後。
銀髪の少年――名を『グラン』というらしい――は、夢中でコカトリスにかぶりついていた。
「うまっ! なにこれ、うまっ! 生で食うより全然うまい!」
「当然ですわ。料理とは、素材への敬意と愛情(火力)ですもの」
私は優雅にお茶を啜りながら、ガツガツと食べる彼を観察した。
チョロい。
最強種族といっても、所詮は数百年の引きこもり。文明の味を知らない野生児だ。
「それで、グラン様。お話の続きですけれど」
「んぐっ、んぐっ……。あー、うん。美味しかったから、魂を取るのは待ってあげるよ」
グランは口の周りを脂でベタベタにしながら、偉そうに言った。
「その代わり、ボクはこのままここに住むからね。一番いい部屋を用意して。あと、この肉を毎日出すこと」
「お断りします」
「……あ?」
「タダ飯ぐらいは置けませんわ。ここに住むなら、相応の『対価』を支払っていただきます」
私はビシッと、彼を指差した。
「貴方には、当ダンジョンの『用心棒』兼『火力担当』として働いていただきます」
「はぁ!? ボクが!? 人間に使われるなんて――」
「嫌なら出て行ってくださる? でも、外の世界にこんなに美味しいお肉と、あんなに気持ちいい『温泉』があるかしらねぇ?」
「……温泉?」
グランの動きが止まった。
爬虫類の目が、ピクリと反応する。
「ええ。地下深くから汲み上げた、源泉かけ流し。冷えた鱗の隙間まで、じんわりと温める極上の湯……。ドラゴンのお肌にも、きっと良い効果がありますわよ?」
「……ぐぬぬ」
グランは葛藤していた。
ドラゴンのプライドか。
それとも、美食と温泉の快楽か。
勝負あったな。
「……わ、分かったよ。名前くらいは貸してあげる」
「あら、名前だけ? ……まあ、いいでしょう」
私は立ち上がり、彼に手を差し出した。
「契約成立ね。今日から貴方は、私の『ペット』兼『最終兵器』よ」
「ペットじゃない! 同居人だ!」
グランは不満そうに、しかし私の手を握り返した。
その瞬間、システムウィンドウが輝いた。
【システム通知:エンシェント・ドラゴン(幼体)と契約しました】
【ダンジョンランクが上昇しました:E → B】
【ボーナスDP獲得:+10,000】
「い、一万……!?」
私は目がくらみそうになった。
一万ポイント。これがあれば、城が建つ。軍隊が呼べる。
いや、もっと重要なことができる。
「スケさん!」
「ハッ! 待機中ッス! 新入り(トカゲ)の教育係は自分でいいんスか!?」
「それは後回しよ。ダンくん、カタログを開いて!」
『へいへい。何買うの? まさか……』
私は震える声で叫んだ。
「――『トイレ(水洗・ウォシュレット付き)』よ!!」
『そこ!?』
「当然でしょう! 私がどれだけ野外(茂み)で苦労してきたと思ってるの! 文明の象徴、水洗トイレこそが、国家の礎なのよ!!」
こうして、最強の大家を餌付けし、莫大な資金を手に入れた私は、ついに念願のトイレを手に入れた。
しかし、これが新たなトラブルの幕開けになるとは、まだ知る由もなかった――。
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