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厄日と思わざるえない。

更新遅くなりました。今後も不定期更新です。

 本日は快晴。気候も穏やかで過ごしやすく、まさにお出かけ日和である。


 賑わう市場。きれいに並び立つ商店。行きかう多くの人々。時折見られる高価な衣装で身を包む紳士・淑女。いかにも旅慣れしている風の行商人たち。はしゃぐ子供と手をつなぐ親。


「おいファイン、ボーっとしてんなよ。はぐれたらマジで怒るぞ」

「ごめん。ちゃんと気を付けるって」


 ついついこの前に行った小さな街と比べ、見入っているとレオンに注意される。笑顔で返したら睨まれた。朝からずっと機嫌が悪い。


 今いるのは魔族の領地で、『スターリ』という街だ。首都ほど大きくはないが、魔族領南部の交易の中心となる大きな街である。南部の品はこの街の商会を通して、魔王城のある首都へと流通される。勿論、商会によって良品と判断された商品のみだ。つまり南部の商人は後ろ盾でもない限り、首都で商売を始めたり王族の目に留まりたければ、まずはこの街で信用と実績を勝ち取らなければならない。その為この街には商人と、商人の自慢の品が集まってくる。


 この街にはスケイルの使う斧を買いに来た。どうせ買うなら長く使える良い物を買おうという事になり、この街となった。大きな街は色んなものであふれているからワクワクする。来れてよかった。来る前にさんざんレオン・アウル・ティグリの三人に反対されたが、スケイルとテスタが味方してくれたおかげで何とか参加が許された。その所為でレオンは不機嫌全開だが…。




 始めは三人で反対していたが、もともとファインに弱いアウルはファインのお願いに割とアッサリ屈した。頼りの兄貴分ティグリは、スケイルとテスタという目上の存在二人がファインの味方に付いたため、簡単に長いものに巻かれるしまつ。最後まで反対していたのはレオンのみである。レオンが不機嫌なのも無理はない。


 そもそもレオンは街に来るのが好きではない。ハッキリ言って嫌いだ。理由は純血が嫌いだから。今日だって、ファインがいなければ付いてきたりはしなかっただろう。言い方を変えれば、ファインの為に大嫌いな街まで一緒に来てくれたのだ。

 それが分かっているから、不機嫌な顔で睨まれてもファインの胸の奥は温かくなる。


 自分たちの立場を考えたらレオンの意見が正しいのだと思う。混血にとって街は危険がいっぱいで、大抵の純血は混血に優しくはない。現に今までに嫌な思いはたくさんしてきた。

 それでもファインは街に来るのが好きだ。勿論、村での生活に不満があるわけではない。外と村どちらが好きかと聞かれたら、即答で村と答える。それなのに村の外に行きたがるのは、大袈裟に言えば外の世界の事を知りたい、軽く言うとちょっとした冒険心である。




「ファイン、レオン。まずスケイルさんの斧見に行くぞ」

「はーい」

「おー…」

 ティグリに声をかけられ返事を返す。隣でレオンもダルそうに返事をしている。機嫌はまだ悪い。


 今日のパーティー編成は、村の大人組からガナフ・スケイル・ティグリの三人で、子供組からファインとレオンの二人の計五人だ。

 ガナフは村の大人の中で長老に次ぐ年長者で、外見年齢は人間で言うところの五十代から六十代の男性である。立場も長老に次ぐ村のNO.2で、長老の右腕のような存在だ。顔は厳めしく強面で、常に怒っているような顔つきをしている。額には魔眼があり、スケイルと同じく皮膚の一部が鱗で覆われ、言葉を発するたびに鋭い牙が光り、頭部には日本の角が生えているという魔族要素てんこ盛りの御人だ。しかも普段はしまっているが、蝙蝠のような翼も持っている。魔族の理想的強そうな外見を足しまくった容姿である。スケイルと同じく堅気には見えないが、子供達には優しい面倒見の良い存在だ。大人組には外見道理厳しいが…。


 ガナフを先頭に、スケイル・ティグリ、その後ろをファインとレオンが付いていく形で大通りを進んでいく。

 魔族は人間よりも種族特有の気配に敏感で、混血を見破る勘が鋭いものが多い。兵役についたりと鍛えてなくても混血と見破ってくる者はざらにいる。現に今もすれ違いざまに目を向けてくる者が何人かいる。だが声を掛けてきたり、混血だと騒ぐ者はいない。

 彼らはファインとレオンを奴隷だと思っているのだ。


 混血は奴隷として扱われている。気分のいい作戦ではないが、おかげで魔族の街では混血とバレても騒ぎになることはない。嫌な目を向けられる事もあるが、他人の奴隷に絡むのはマナー違反である。奴隷は主人の持ち物として扱われる為、他人の奴隷に手を出すという事は、他人の財産に手を出すという事になる。胸糞悪い話だ。

 ちなみに混血を奴隷にする風習は人間にもある。だが人間の街で同じ作戦をすることはできない。何故なら主人役をする純血の人間が、村にはいないからである。


 本人は嫌な顔をするが、ガナフはいかにも奴隷を所持していそうな上の存在といった雰囲気がある為、ファインとレオンが本当は奴隷ではないと疑う者は絶対にいない。それどころか強面のガナフとスケイルがそろって歩いている為、皆が道をあけていく。

 単体でも堅気に見えない二人がそろうと迫力も二倍どころか二乗だ。いかにも大物の風格があるガナフに、その後ろに付き従うスケイルはどう見ても裏の世界の存在である。村ではチビたちを膝に乗せて絵本を読んだり、畑を耕しているなんて誰も想像しないだろう。



 しばらく歩くと武器屋に到着する。扱う商品に似つかわしい人種が多いが、ここでもガナフとスケイルを見ると皆が道をあけてくれる。

 小さな街では鍛冶屋がそのまま販売も行っているが、大きな街だと製造する鍛冶屋と販売する武器屋で分かれている。交易の中心街にふさわしく、店内には腕利きの鍛冶師達が手掛けた商品がたくさん並んでいた。


「ファインとレオンは必要なもんはあるか?」

「んー。弓矢が欲しいけど、どうせならエルフ産のがいいかな」

「俺はダガーが欲しい」

 奴隷のふりをしている為あまりファイン達の方からなれなれしく話しかける事はできないので、ティグリが話を振ってくれる。

「弓矢はまたの機会として、ダガーか。斧と売り場が離れてるな。ガナフさん」

「どうした?」

「ちょっとダガーを見に行っていいですか?」

 ガナフはチラリとレオンに目を向け頷く。

「いいぞ行って来い。ワシらは斧の前にいる」

「はい。レオン行くぞ。ファインはどうする?」

「わたしはガナフ達といる…よお!?」

 斧売り場の方へ行こうとするファインの腕をレオンが掴んでそのまま連行する。どうやら今日一日、ファインから目を離すつもりはないらしい。これ以上レオンの機嫌を損ねたくないので、抵抗はしない。

 そんな二人を大人三人は、生暖かい目で見ていた。



 短剣が並んでいる売り場に着くと、レオンは周りに他の客や店員がいないのを確かめてから、目についたものを手に取る。手に馴染むか握ったり、両手の間でキャッチボールするように投げたりする。

 ティグリにアドバイスされながら物色しているレオンを横目に見ながら、ファインも目の前のナイフを手に持ってみる。派手な装飾がしてあって、あまり実用的ではなさそうだ。


「レオンって使うの短剣ばっかだよね。長剣とか大剣は使わないの?」

「ん?あー、俺はスピードと小回り重視だからな。軽いもんがいい。投げたりもできるしな」

「レオンは身軽だしな。わざわざ重いもん持って動きを遅くすんのは得策じゃねぇよ」

 ファインは五本の短剣をまとめて片手で抱えてみる。軽い。

「大剣の一本くらい持ったって普通に走れるじゃん。こんな軽いのじゃ威力も出なくない?」

「お前と一緒にすんな、馬鹿力」

「ファイン。普通は大剣装備して普段と変わらず動けねぇからな」

 レオンは呆れたように、ティグリは諭すようにファインに言う。

 重たい大剣を棒切れのように軽々振り回すファインと一緒にされたらたまったもんじゃない。


 レオンは幾つかの候補の中から軽さを重視したダガーを選んだ。投げて使うことも考えて、同じものを五本買う事にする。

「なんか…おもいっきり振りかざしたら、簡単にポッキリ折れそう」

「お前ならな」

「ファインは短剣向かねぇよな」

 三人はガナフ達と合流するために斧売り場に向かった。


 

 レオンとティグリは斧売り場に着いてすぐに、回れ右したくなった。ファインは目を輝かせている。

 斧売り場の前でスケイルが、一本の斧を満足そうに構えている。


 重量感たっぷりの巨大な刃に、その刃を支えるに見合った重量感たっぷりの持ち手部分。持ち手部分だけでレオンの身長近い長さがあった。巨体のスケイルが持つと大変絵になっているわけだが、ますます堅気に見えなくなっている。一振りで複数の敵を軽く薙ぎ払えそうなその容貌は、今すぐに戦場に行っても違和感なく混ざれるだろう。周りの客がそそくさと離れていく。そりゃそうだろう。スケイルをよく知るレオン達でも、見た瞬間はビビる迫力だ。


「そもそも伐採用の斧を買うのに武器屋ってのが、おかしいんだよな。なんでツッコマなかったんだよティグリ?」

「無茶言うなよレオン。俺がスケイルさん達に、どうこう言えると思ってんのかよ」

「だからってアレはどうなんだよ。どう見たってドラゴンでも退治に行くのかよ。って斧だろ」

「スケイルさんが振り回したら、森が一瞬で丸裸になりそうだな…。いや、しないだろうけど」

 レオンとティグリが遠い目をしながら、スケイルの斧にツッコむ。本人に聞こえるようには言わないが。


「おぉぉぉぉぉぉ!かっちょえぇぇぇ!いいなぁスケイル。わたしにも使わせてよ」

「うむ。いいぞ」

 目を輝かせるファインに、満足そうに肯くスケイル。ティグリとレオンは眩暈がした。

「ははは。あーやって俺の妹分は、どんどん逞しくなっていくんだな」

 ティグリは自分でも振り回せるか分からない斧を、無邪気に使いたがる妹分に乾いた笑いをあげる。

「あいつの…あーいうところ、もう手遅れなんかな…?」

 レオンが力なく呟くと、いつの間にか二人の後ろに回り込んでいたガナフが、二人の肩にポンと手を置いた。

「これ以上目立たんうちに会計すんぞい」

「「ヘイ」」

 不器用な苦笑を浮かべるガナフに即され、一同は会計に向かった。



 斧とダガーの会計を済ませて外に出た。

 ガナフが全員を見渡し、この後の予定について話す。

「あと買うもんはなんじゃい?ワシは酒を買いに行くが」

「俺はテスタに頼まれたものがあるので、道具屋に」

「俺もディアンさんにお使い頼まれてんで、本屋に行かないと」

 今回は普段の買い出しと違うので、各々買いたいものを買いに行ける。もっともスケイルとティグリは頼まれ物だが。

 大人三人はそれぞれが買いに行くものを確認してから、ファインとレオンに目を向ける。


 ダガーの入った袋を気まずそうな顔で抱えているファイン。そのファインの隣には、自身の身長を軽く超えている布に包まれた斧を、引き攣った顔で背負うレオンがいる。両足を必死に踏ん張り、全身が微かに震えていた。

「レオン、やっぱりわたしがそっち持つよ」

「ふっ…ざけんじゃねぇぞ…クソ馬鹿力。…そんなことしたら、傍から見たら…とんでもねぇ絵面になんだ…ろうが」

 レオンは歯を食いしばりながら、ファインの申し出を突っぱねる。

 ティグリは困った顔で頭を掻いた。


 レオンの代わりに持ってやりたいが、奴隷のふりをしている以上、ファインとレオンに荷物持ちをさせないわけにはいかない。かと言って二人の荷物を交換したら、レオンの言うとおりとんでもない絵面になってしまう。ファインのような少女が、身長を超えた荷物を背負って歩いていたら絶対に目立つ。しかも男のレオンが、あきらかに軽い荷物を持って隣を歩いていたら尚の事だ。


 普通に買い物をする際、斧のような重い上にかさ張るものは最後に買うべきなのだが、ファイン達の買い物は普通とは異なる。

 ファイン達の買い物は、重さや大きさは考慮せずに、必要なものを優先する。買い物の途中で何かあった時、すぐに街から逃げ出せるように真っ先に一番買いたい物を買っておくのだ。今回の買い出しはスケイルの斧が目的の為、一番に武器屋に行く形になった。


「仕方がないのう。ファインとレオンは先に騎獣たちのところに戻っとれい」

 ガナフが苦笑まじりに二人に言う。この状態のレオンを連れまわすのは、どう考えても鬼の所業である。

「うん。分かったよ」

「お…おう」

「二人だけで大丈夫か?俺も一緒に行くか?」

 ティグリは頷く妹分たちを心配し、同行を申し出る。

「いいよティグリ。二人で大丈夫だよ。それより早く買い物すませて帰んないと遅くなっちゃうよ」

 ファインはやんわり断った。

 今日は普段より遠出しているので、帰るのに時間がかかる。役割分担してさっさと終わらせないと、村に帰り着くのが遅くなってしまう。

「分かった。さっさと買って合流すっから待ってろ」

「気を付けるんじゃぞい」

「了解。おとなしく待ってるから」

 ファインはティグリたちに手を振り、レオンと歩き出す。


 ファインは、ふらふら歩くレオンに合わせてゆっくり歩く。すれ違う人は、いかにも大荷物で大変ですという様子の二人を、よけて歩いてくれる。黙って歩いていたが、重さに慣れてきたのか、レオンがファインに話しかけた。

「良かったのかよ?」

「ん?何が?」

「買い物付いていきたかったんじゃねぇの?」

「別にいいよ。何か買ってほしいものがあったわけじゃないしさ。街を見るのが好きなだけだし、わたし」

「ならいいけどよ」

 話しながら大通り西にを進んで行く。

 

 この街はぐるりと壁に囲まれており、東西南北にそれぞれ門がある。こういった大きな街は門の近くには空き地があり、そこに騎獣を待たせておく事が出来る。何の手続きもなく無料で使えるが、その為何の保障もない。自己責任だ。


 騎獣から目を放して盗まれないのかと思う事だろう。だがそういった場所に待たされている騎獣はよく躾けられたものだけで、主人以外のいうことを聞くことはない。へたに盗もうとしても騒がれ、暴れられてお縄になりかねない。その上うまい事盗めても、主人以外の言う事を聞かない騎獣など、乗ることもできないし、買い手も付かない。リスクだけで利益にならないのだ。

 言い方をかえると、もし盗まれてしまったとしたら、それは主人の躾けが足りなかったという証明となる。なので利用者は、騎獣との主従関係に自信のある者か、常に騎獣の傍に見張りを残す者である。

 そうでない者は、連れ歩くか宿屋など金のかかる場所に預けるかだ。

 もっとも金に余裕のある者は、躾とは関係なく安全の確保されている所に預ける。

 

 ファイン達は西門の近くに騎獣たちを待たせてある。村の騎獣たちは賢く、決して他人の言う事は聞かないので心配はない。

 買い出しの際、基本的に騎獣を宿などの施設に預ける事はしない。金銭的な理由もあるが、何より騎獣を預けてしまうと、いざという時に街から逃げ出すのが困難になってしまうからだ。



 他愛無い話をしながら大通りを進んでいると、二人の前を男が横切った。身なりからいって上流階級であろう、神経質そうな壮年の男だ。

 男は何も言ってくることはなかったが、あきらかにファイン達に侮蔑の目を向けて通りすぎた。

 ファインはその目を見た瞬間、レオンの腕を掴む。

 男は鼻を鳴らして視線を進行方向に戻し、そのまま大通りにある店へ足を進めた。


 レオンの直りかけていた機嫌が、また悪くなる。

「おいファイン。手離せ」

 レオンは、腕を掴んでいるファインの手を睨んだ。

「わざわざ止めなくても何もしねぇよ。あれくらいで騒ぎ起こすほど馬鹿じゃねーっての」

「ごめん、ついね」

 ファインはサッとレオンの腕を放すと、何気なく男を横目で見て固まった。

 レオンは固まったファインの視線を追って、顔を向ける。


 男が入ろうとしている店は飲食店なのだが、いかにも貧乏人お断り、ある一定以上の金を持つ者だけこの扉をくぐるがいい。といった雰囲気全開の高級レストランである。

 ファインは別に店の高級感に固まったわけでも、男を見て固まったわけでもない。ファインは店の前で男と待ち合わせていた青年を見て固まったのだ。


 その人物はとてつもなく美しい男だった。一度見たら忘れるのが難しいくらい美人で、とても目立っている。今も通りを歩く者で、足を止めて見とれているのはファインだけではない。

 肌は雪のように白く、瞳の色は深い青色で、顔のパーツ全てが作り物のように完璧に整っている。そしてなによりも目を引くのが、月のように輝く銀髪である。クセのないサラサラのストレートで、腰まで伸ばされている。

 男とも女とも見れる美しさで、男の服装でなかったら性別が分からなかっただろう。実は男装している女だと言われても納得できる。

 生きた芸術と言っても大袈裟ではない美人だが、ファインはどこか冷たく怖い印象を感じた。毒のある美しさというところか。

 目上であろう男が、その美しい青年に対して下手に接しており、青年がそれを当然のように受け入れている事が、余計にそう感じさせるのかもしれない。


「おい」

 ファインはレオンの声に、正気に戻り、青年から視線を逸らす。

「ご、ごめん」

「たくっ。なに見惚れてんだよ。さっさと行くぞ」

「あっ。待ってよ」

 レオンがさっさと歩いて行ってしまうのを、ファインは慌てて追いかける。ちらりと振り返ったが、青年はすでに店の中に消えていた。


「すっごい美人だったねー」

 ファインは溜息まじりに、青年の美しさの余韻に浸る。青年の銀髪と自分の銀髪の違いに、別のため息もつきたくなったが。

「美人ったって男じゃなー。興味もわかねーよ」

「わたしは女の美人でも見惚れちゃうかも」

「同性に見惚れるって感覚がよく分かんねーんだけど」 

「レオンだって、ティグリのことカッコいいって思うっしょ?」

「あー、それはまぁ…思うけどよ。何か違くねぇか?」

「そうかな?」



 二人は美人談義に花を咲かせながら、大通りを西に進み、騎獣たちの待つ空き地に辿り着いた。


「アム。お待たせー」

 ファインは黒い天馬に抱きつく。ファインの相棒のアム(♂)だ。

 アムは嬉しそうにファインにすり寄った。

「荷物乗せんぞ」

 レオンは一声かけてから、翼を持つ大きな狼の騎獣に、持っていた斧を括り付ける。こちらはレオンの相棒のヨン(♂)である。

 

「だぁー。やっと楽になったぜ」

 レオンが肩をほぐしながら、ヨンに寄りかかる。

「だからわたしが持とうかって…」

「黙れ馬鹿力」

 ファインの言葉を、レオンはギロリと睨みながら遮った。

「お前はもう少し男の矜持ってもんを理解しろよ」

 レオンは溜息まじりに文句を言い、脱力する。

「ンな事言われたってなぁ…。出来る事を出来る奴がやればいいじゃん」

 ファインは頭を掻きながら反論した。当分ファインが男心を理解する事は無さそうである。



「あ゛ぁ?お前ら混血かぁ??」

「「!!」」


 二人の会話に、低い男の声が割り込んだ。

 ファインとレオンは、それぞれアムとヨンの手綱を握り、素早く身構える。


「奴隷かぁ。こんな所で見るたぁ、珍しいなぁ」

 粗暴そうな男がニヤニヤと笑いながら近づいて来た。門に立っていた兵士達と同じ鎧を着ているから、駐屯兵だろう。手に酒瓶を持っていて、顔が赤らんでいる。どうやら昼間から酔っぱらっているようだ。


「酔っ払いかよ」

 レオンが忌々しそうに呟いた。


 他人の奴隷に絡むなんて、基本あり得ないことだ。だが相手はガラの悪そうな酔っ払い。暗黙のマナーなど頭から抜け落ちているのだろう。しかも今いるのは街の端っこの空き地だ。いるのは主人を待つ騎獣だけで、運悪く他に人目がない。男の暴走を止める者は存在しないのだ。


「なんだぁ?宿代もケチるような主人なのかよ?奴隷なんて飼ってるなら金もあるだろうによぉ」

 奴隷を所持しているのは上流階級の金持ちくらいだ。それなのに無料で使用できる空き地を使っていることを、男は馬鹿にしたように笑う。


(どうする?人のいる所まで逃げる?ここからなら西の門に逃げれば、門兵がいるけど)

(混血の俺達だけで行っても見て見ぬふりされっかもしんねぇぞ、それにこの男も兵士だろうが)

 ファインとレオンはアイコンタクトで、どうするか話し合う。その間にも男が傍に寄ってくる。


 男は迷わずファインの方に近づいて来た。

「女の奴隷たぁ羨ましいなぁ。御主人様に毎日可愛がってもらってんだろ?」

「!」

 男はファインの肩に馴れ馴れしく手を回す。

「俺の相手もしてくれよ。なぁに、ご主人様を待ってる間だけでいいからよぉ」

 男は下卑た笑みを浮かべて、ファインを舐めるように見下した。

 ファインは男の脂ぎった手と酒臭さ、何よりその下卑た視線に吐き気に襲われる。


「っざけんなっ!!!」

 

 レオンがファインと男の間に強引に割って入り、男を突き飛ばした。もとより酒の所為で足が覚束なかった男は、勢いよく地面に尻餅をつく。

 レオンはそのままファインを背中に庇うようにし、男を睨みつけた。

「大丈夫か?ファイン」

「う、うん」


「なにしやがる!?」

 男は酒で赤くなっていた顔を、怒りでさらに赤く染めて立ち上がった。


「混血の分際で純血様に逆らうってのかぁ?あ゛っ!?」

「!!!」


 男の言葉に、レオンの瞳が怒りに染まる。

「レオン、待った」

 ファインはレオンの腕を掴んだ。このままではレオンが、服の中に仕込んでいるナイフを取り出しかねない。

「なんだぁ?その目は!?ハンパもんの混血がやろうってのか!」

「待ってください!!」

 男の更なる言葉にレオンが反応する前に、ファインがレオンの前に出て男を止める。


「私達の主人達はすぐに戻ってきます。このまま続けるのならば、主人達とモメルことになるますよ」

 ファインは穏便に済ませようと、男に続けることのリスクを示した。

 だが、シラフだったら効果があっただろう言葉も、酔っ払いには意味をなさない。


「ゴチャゴチャ言ってねえで、オメェがさっさとこっちくりゃいいんだろーが!!」

「わっ!!」

「混血は純血の玩具になってりゃいいんだよ!それ以外の価値なんざねぇんだからな!!」

 男はファインの腕を掴み、自分の方に強引に引き寄せた。

「---っ!!!」

 怒りに染まっていたレオンの瞳に、別の色が浮かぶ。殺意だ。

「レオン!!」

 ファインは体制を崩しながら、レオンの殺気に青ざめる。

(やばい!このままじゃ刃傷沙汰になる!!)


 そこからの展開は、一瞬の事だった。


 男が次の下卑た言葉を発するよりも速く、


 レオンが服に仕込んだナイフに手を掛けるよりも速く、


 ファインが刃傷沙汰になるくらいなら、自分が素手でぶっ飛ばそうと拳を握るよりも速く、


 男が地面に叩きつけられ、無残に転がった。



 ファインとレオンは呆然とする。勿論二人がやったのではない。ファインは拳を握ってさえいないし、レオンはナイフに手を掛ける寸前の体勢で固まっている。

 ファインの足元には、意識を失い無残に転がる件の男。そして目の前には、一瞬で現れた見知らぬ青年がいた。


 ファインとレオンは文字通り固まっていた。呼吸も忘れ硬直している。

 村で鍛えられ、ある程度の自信を持っていた二人だが、青年の出現に全く気付けなかった。いきなり男が地面に叩きつけられたように勢いよく転がったと思ったら、青年がいきなり目の前に現れたとしか感じることが出来なかった。

 青年が目の前に現れるまでの動きも、男を叩き伏せる攻撃の瞬間も、二人は全く視認できなかったのだ。


(この人、格が違う)

 ファインは青年の実力に身構える。正体不明の相手にうかつに動けず、背後のレオンとアイコンタクトさえとれない。ただ、背中に感じる気配で、レオンも自分と同じ心境なのは理解できた。


 青年は冷たい目で転がっている男を見下ろしていたが、スッとファインに視線を移す。ファインと青年の目が合う。

(……この人…!)


「おい」

「なっ!?」

 ファインがある事に気付いた瞬間、青年がファインの腕を掴んだ。

「おい!!なにすんだ!?」

「ちょっと待って!!あんたは一体…!?」

「移動する」

「はぁ!?ちょっ!何して…!!?」

 青年はレオンとファインの言葉を完全に無視し、ファインが抵抗する間もなくファインを横抱きにして、アムの手綱に手を掛ける。


「ファインを放せ!!」

 レオンが青年に掴みかかろうとしたが、それより速く青年はファインを抱えたままアムに乗ってしまう。

「お前もついて来い」

「え…!?」

「なっ!!?」

 

 青年が軽く手綱を引いたのを合図に、アムが飛び上がった。ファインは抵抗するのも忘れて呆然としてしまう。

 レオンも目の前の光景に呆然としてしまったが、すぐに我に返ってヨンに飛び乗り、青年とファインを乗せたアムの後を追った。

「待てよ!ふざけんな!!」


 青年はアムを屋根より低い高さで飛行させ、人目を避けるように裏路地を進む。どんどんと人気のない街の外れに向かっているようだ。


「アム!止まって!!」

 ファインの言葉に反応はするが、アムは動きを止める事はない。

(アムが他人の言う事を聞いてる!?なんで??)

 アムはファインが幼い頃から組んでいる相棒だ。村の者以外、絶対に言う事を聞かない賢い騎獣のはずである。そのアムが主人であるファインの言葉を無視して、見知らぬ青年の命令を聞いている。


「あんた!アムに何をしたんだ!?」

「…騒ぐな。一度下に降りる」

 ファインの叫びを目も向けずにあしらい、青年は後ろから追いかけてくるレオンに「ついて来い」とジェスチャーを送って、アムを古い建物に囲まれた場所に着地させた。


 降りた場所は、街外れの今は使われていない廃墟である。ファインは完全に人気のない場所に連れて来られ身構えるが、地面に降りて青年が最初にやった事は、ファインの解放だった。

「??」

 ファインは青年の腕から降ろさせた瞬間に距離を取る。あっさり解放した青年の意図が読めない。

「ファイン!」

 すぐにレオンも追いつき、ヨンから飛び降りてファインに駆け寄った。


「大丈夫か!?何もされてないな!?」

「う、うん。大丈夫」

 レオンはファインの肩を掴んで無事を確認すると、すぐに青年に目を向ける。

 青年は黙って二人を見ていた。アムは青年の横にいる。

「アム!」

 ファインが少し強めにアムを呼ぶと、アムはあっさりと青年の横からファインの方に寄ってきた。


「アム…」

 ファインは寄ってきたアムの頭を抱きしめる。

(良かった。いつものアムだ)

 どうやら、ファインの事が分からなくなったわけでもなければ、主従関係が解消されたわけでもない様子に、ファインは心から安堵した。


「いい騎獣だ」


 青年の言葉に、ファインはアムから青年に視線を戻す。隣に立つレオンも警戒心を隠さず、青年を睨みつけていた。

 ファインは改めて青年を観察する。


 青年の外見年齢は、ティグリと同じくらいで人間でいう二十代くらいだ。髪は鉄さび色のような赤で、無造作に伸ばされている。左側だけ伸ばされた前髪に隠れるように、左目に黒い眼帯をしていた。隠されていない右目は金色で、鋭い光を宿している。頭部には二本の短い角が目立たず生えており、顔立ちは整っているが、抜身のナイフのような近寄りがたい雰囲気を放っている。

 一見ひょろりとしているように見えるが、ファインとレオンには分かっていた。服の下は無駄のない鍛えられた身体をしていると。腰に装備している剣も高価な品には見えないが、使い込まれていている。

 決して上等とは言えない旅装飾から、兵士ではないと思われるが、間違いなく戦う事に慣れている人種だ。ファインとレオンが二人がかりでも敵わないだろう。


「あんた一体なんなんだ!?」

「レオン、この人…」

 ファインがレオンの手を引いた。ファインはアムに乗せられる前、この青年の正体で一つ分かった事がある。

「!…あんた」

 ファインが言葉の続きを言う前に、レオンも気が付きた。


「……混血か!?」


 青年は混血だ。それもファインとレオンと同じ、人間と魔族の混血である。

 だがますます分からない。何故混血が二人を連れ去るのか。


「ああ。そうだ」

 青年は呆然としている二人を見つめ、淡々と答えた。

「俺達に何の用が…」

「お前達を解放する」

「「!!?」」


 青年はレオンの言葉を遮る。その言葉の内容は二人を驚かせるものだっだ。


「俺はアルガルフ。お前達を奴隷から解放する。一緒に来い」


 青年、アルガルフは二人にハッキリ言い放つ。その瞳には一切の迷いも不安も存在しない。あるのは、強い意志と、深い憎しみの光だ。

 二人はアルガルフの言葉に困惑する。


「いや、ちょっとそういうわけには……」

 ファインは言葉を濁しながら、拒否の姿勢を示した。それはそうだ。二人は実際奴隷ではないのだから。

「?…純血共に追われるのが怖いか?問題ない。追ってくる者は全員俺が殺す」

 アルガルフは拒否された事に眉を寄せて不思議そうな反応をし、すぐに思い当たる理由の解決案を提示した。その内容は大変血生臭い。


「俺達の事はほっといてくれ!」

 レオンが慌てて言い返す。この場合の追ってくる者とは、当然ティグリ達の事だ。

 ファインは目の前のアルガルフとティグリ達が争うところを想像して、ゾッとした。

「…人質でもいるのか?」

 アルガルフはレオンの反応に眉を寄せて、二人に近づいて来る。

「他に奴隷にされてる奴がいるなら場所を教えろ。俺が必ず解放する」

 レオンの前で立ち止まり、鋭い目で二人を見据えた。


「いや、俺達は……」

 レオンが言いよどむ。ファインも旨い言葉が見つからない。いっそ本当の事を言うか、二人の間でアイコンタクトを交わす。

 そんな二人の様子に、アルガルフは焦れたようにレオンの肩を掴み、その暗い光を宿す瞳で覗き込んだ。


「純血共を恐れてるのか?」

「なっ!?違う!!」

 レオンは弾かれたように反論する。

「なら抗え。今の生活を受け入れるな。俺達は純血共の奴隷じゃない」

 アルガルフの紡ぐ言葉に、レオンは言葉を詰まらせた。

「俺達が冷遇される理由なんてない。俺と一緒に来い。復讐の場をお前達に用意してやる」

「!!」

 アルガルフの言葉は、過激性を増していく。ファインの頭の中で警報が鳴り響いた。

(ダメだ。これ以上聞いたら……。レオン!!!)

 叫びたくてもアルガルフの気配に気おされて、ファインは声も出せない。


 そんなファインの目の前で、アルガルフはファインが恐れていた言葉を発する。


「これまで純血共に、どれだけのものを奪われた?」

「---っ!!!」


 レオンの瞳が、アルガルフの宿すものと同じ光に飲み込まれた。

 その様を見て、アルガルフはレオンの肩に乗せた手に力を込める。その瞬間、ファインの硬直が解けた。


「レオン!!!」

「「!!」」

 ファインはアルガルフの手から逃れるように、レオンの身体に勢いよく抱きついた。

 突然のファインの行動に、アルガルフもレオンから手を放す。


「ファイン?」

 レオンは戸惑った顔でファインを見た。その表情に、ファインはレオンを抱きしめる力を強くする。

(ダメだよ。その思いに飲み込まれたら平和な村では生きていけない。純血の皆と一緒に居られなくなる。レオンが遠くに行っちゃう!!)

 ファインは必死な想いでレオンを抱きしめた。そんなファイン想いに、レオンの瞳に常の光が戻ってくる。

「……ファイン」

 レオンは片手でファインを抱きしめ返した。レオンの手の暖かさに、ファインはホッとする。


「お前は…」

 アルガルフがポツリと呟く。

「……!」

 レオンはファインを片手で抱きしめたまま、アルガルフに視線を戻す。何かあった時、すぐ対処できるよう利き腕はあけておく。ティグリに常の心構えとして教え込まれているのだ。


 アルガルフはジッとファインを見つめていた。その眼は疑問に満ちている。

「お前は純血への憎しみを……」

 アルガルフがファインを見つめながら言葉を紡ぐが、最後までその言葉が紡がれる事はなかった。


「!!!」

「「!!!??」」


 突然アルガルフが後方に飛び退いた。その行動でファインとレオンの二人も気付き、一瞬遅れて後方に飛び退く。


 二人が飛び退いた直後、三人が立っていた場所が大きく切り裂かれた。その威力は地面だけではなく、直線状の建物まで巻き込んだ。


 ファインは飛び退きながらレオンから手を放して身構え、レオンも着地する時には、手にナイフを構えていた。アムとヨンも無事に逃げ切れたようだ。二匹は二人より後方で様子を覗っていた。

 二人は切り裂かれえぐられた地面を見てゾッとする。アルガルフが飛び退くのにつられて察知しなければ、避け切る事は出来なかっただろう。


 アルガルフは静かに攻撃がきた方向を見つめていた。二人もその視線を追って目を向ける。


 切り裂かれえぐられた地面の先には、剣を振り下ろした男が一人立っていた。


「マジかよ?あの距離から斬撃が届いたってのか?」

 レオンが目を見開いて呟く。男とは二十メートル以上距離がある。ファインも愕然とした。

 何か魔法や技の類を使っていたなら、さすがにもっと早く察知できていたはずなのだ。つまりあの男は、ただ単純に剣を振り下ろしただけという事になる。

(それでこの威力って…)

 ファインは斬撃によって破壊された地面と建物を見て青ざめる。


「よう、指名手配犯。こんな所で奇遇だな?」

 男は抜身の剣を肩に担いで近づいて来る。アルガルフは腰の剣に手を掛け、目を細めた。

「指名手配犯!?」

 ファインは普通に日常生活を送る上で、まず聞きなれる事はないだろう物騒な単語にギョッとする。


「なんだ?知らなかったのか?お前ら混血だろう。一緒にいるからこいつの仲間かと思ったんだが…」

 男はファインの反応に意外そうな顔をした。

「悪かったな。一緒に攻撃しちまって」

 男はファイン達に謝罪の言葉を掛けるが、その眼がアルガルフから逸らされる事はない。


「将軍自ら足を運んでくるとは、ご苦労なことだ」

 アルガルフが軽い調子で言う。もっとも軽いのは言葉だけで、纏う気配は鋭さを増していく。

「俺を知ってるとは、光栄だな」

 男も軽い調子で返した。こちらも纏う気配は重々しい。

「南方第一将軍、レントゥスだろ。若くして将軍についた優秀な男と有名だからな」

 アルガルフは男を誉めながらも、その瞳は嫌悪の色を映している。


「レオン…今あの人、将軍って言った?」

「…言ったな」

 ファインとレオンは血の気の失せた顔でたたずんでいた。

 ファインの記憶が正しければ、将軍とは魔王軍の中で、たった十六人にしか与えられない称号のはずである。

 ファインは猛者ぞろいの魔王軍でたった十六の席しかない称号を得た男と、その将軍自らが動くほどの指名手配犯が目の前で睨み合っているという現実に眩暈がした。

 

 レントゥスと呼ばれた男は、目の前のアルガルフと同じ外見年齢二十代の青年である。少し長めの黒髪で、無造作なクセッ毛のワイルドな髪型をしている。鋭い目に程よく日に焼けた肌は男らしく、野性味のある男前だ。右目の横から顎にかけてある傷も、彼の魅力にたいへん合っている。身体を覆う鎧は黒で統一されていて、いかにも魔族の猛者と言った貫禄がある。

 体格も良く、身長はレオンより頭一つ分デカそうだ。全身が鍛えられ、無駄な筋肉が無く引き締まっている。手に持っている剣はレオンではとても振り回せ無さそうな大剣で、その役職に相応しいワザモノといった雰囲気がある。


「西方の街で随分やらかしたそうだな?」

 レントゥスが話しながら近づいて来る。アルガルフを見据える目は、一部の隙もない。

「当然の事をしただけだ」

 アルガルフも感情のない声で答える。無表情だが、瞳には強い憎しみの光が灯っている。こちらも隙がない。

 ファイン達は正直関係ないから逃げでしたいのだが、格上二人の気配に下手に動けずにいた。


「貴族や商人の屋敷を襲撃する事がか?」

「あぁ、そうだ!」

「「!!」」

 アルガルフは答えるのと同時にレントゥスに斬りかかった。レントゥスはそれを平然と大剣で受け止める。剣同士がぶつかった甲高い音と、衝撃波がファイン達を襲った。


「くそっ!なんなんだよ!?」

「レオン!」

 ファインとレオンは二人の剣圧に体制を崩すが、なんとかその場で踏ん張る。ファイン達はアルガルフが鞘から剣を抜く動作を視認できなかった。空き地で男がぶっ飛ばされたのに続いて、またもである。

 そんなファイン達を無視して、目の前の二人は剣を振り合っている。二人の剣がぶつかり合うたび、強い衝撃波がファイン達まで届いた。

「魔法も何も使ってない、純粋な剣技だけでここまで…」

 レオンは目の前の戦いを、苦虫を噛み潰したような顔で見つめる。自分との次元の違いに、心が打ちのめされた。

「レオン…」


 アルガルフとレントゥスの斬り合いは続く。力はレントゥスの方が上のようだが、レントゥスの剣をアルガルフは上手くいなす。逆にスピードはアルガルフの方に分があるようだが、レントゥスはアルガルフの剣筋を完全によんで受け止めていた。互いに繰り出す攻撃は決まらず、決着がつかずにいる。


「ねぇレオン。なんでどっちも魔法を使わないんだろう?」

「はあ!?なんだよ?こんな時に」

 ファインはふと疑問に思ったことを口にした。

「いや、指名手配犯の方は知んないけど、将軍にまでなってる人が魔法も大技も使えないって事はありえないじゃん」

「それはそうだよな…」

「……もしかして二人とも…」

 ファインは理由に思い至る。その時、二人の戦闘にも変化があった。


 レントゥスがずっと大剣で受け止めていたアルガルフの攻撃を避け、そのまま後方に跳び距離を取った。アルガルフは追う事はせずに、剣を構えたままその場に留まる。


「西方でやった事を南方(ここ)でもやるつもりか?」

 レントゥスは構えていた大剣を下してアルガルフに言葉を投げかけた。

「……」

 アルガルフは答えず、レントゥスを睨む。

「また貴族や商人を襲って、奴隷を逃がすのか?」

「当然だ」

 再度の質問にアルガルフは一言答えた。その眼には強い意志がある。


「あいつ!?」

「奴隷の解放!?」

 レオンとファインは目の前の会話に驚いた。

(アルガルフの指名手配理由は混血(どうほう)の解放!?だから私達も…!!)

「あいつ…、純血共と真っ向から戦ってんのか」

「レオン」

 何かに憑かれたような目でレオンはアルガルフを見つめている。その様子に、ファインは不安を感じてレオンの腕を掴んだ。


「当然…か。襲撃した屋敷のもんを皆殺しにする事もか?」

「「--っ!!??」」

 レントゥスの言葉にファインとレオンは凍りついた。

「当然だ」

 アルガルフは一切の迷いを含まず答える。レントゥスは苦々しい顔で会話を続けた。

「戦えない女・子供も殺すこともか?」

「当然だ」

 アルガルフは淡々と答える。レントゥスの顔は険しさを増していった。

「純血と戦争する気か?」

「………」

 アルガルフはこれには答えなかったが、その眼に宿る狂気が言葉以上に物語っている。

「……本気か?」


 ファイン達は二人の会話に呆然とする。話の展開について行けない。

 ファインは純血と戦争するなんて正気とは思えなかった。純血と混血では数が違いすぎる。


「逆に聞くが、貴様ら純血は話し合いで俺達混血を解放してくれるのか?」

 アルガルフは忌々しそうに言葉を吐き出す。レントゥスはその言葉に、歯を食いしばって言葉を詰まらせた。痛いところを突かれたという様子だ。

「俺は俺の同胞を救い守る為に、当然の事をしているだけだ」

 アルガルフは言葉を続けた。その眼は狂気じみている。ファインは無意識にレオンの腕を掴む力を強めた。

「……で、次に救う同胞がこのガキ共ってわけか」

 レントゥスの目が、ファイン達の方に向けられる。突然、話に組み込まれたファインの肩が跳ねる。

「同胞は全て救う」

「こいつらの主人もやったのか?」

「これからだ」

(いやいやいや!!!勘弁してください!)

 アルガルフの言葉に、ファインは心の中で首を振りまくった。

 

「…見逃す気は?」

 アルガルフはレントゥスを睨みながら、剣を握る手に力を込める。

「ない。俺の担当地域(なわばり)で、好きにさせる訳にはいかないんでな」  

 レントゥスも、下げていた大剣をアルガルフに向けて構えた。今にも戦闘を再開しそうな空気だ。


「正直、奴隷の解放だけならガタガタ言う気も………」

 レントゥスはチラリとまたファイン達に視線を向けると、不自然に言葉を止めて目を見開いた。

「!?」

 アルガルフはレントゥスの反応に疑問を持ち、つられてファイン達に目を向ける。


「おいガキ共。お前ら奴隷だよな?」

 レントゥスは訝しげな顔をファイン達に向けている。

「え!?は、はい!!」

 ファインは反射で返事をした。心臓がひどく音をたてている。隣に立つレオンの表情も固い。

(なんでいきなり!?バレた!!??)

「貴様、何を言っている?」

 アルガルフは眉を寄せてレントゥスを「何を分かり切った事を…」と疑わしげな顔で睨んだ。それを無視してレントゥスはある一点を見続ける。


「なんでそんなもん持ってんだ?」

 レントゥスが凝視している一点に、ファイン達も目を向ける。その瞬間、ファインとレオンの心臓の鼓動がピークに達した。

「「ーーーっ!!!」」

 レントゥスの視線はレオンの手…いや、レオンが握っているナイフに注がれていた。


 アルガルフも目を見開いてファイン達を見る。

「こいつの相手してて気づくのが遅れたが、随分変わった主人のようだな?奴隷に武器を持たせておくなんて」

 レントゥスが鋭い目をファイン達に向け、ゆっくり近づいてくる。


 無理やり使役している奴隷に、武器を持たせる者などそうはいない。わざわざ反逆のチャンスを与えるようなものだ。


(どうしよ?どうしよ?どうしよ?)

 ファインは気を動転させながら、隣のレオンに視線を送る。レオンも同じく言い返せないでいるが、相手から目を放さないようにしていた。レオンのナイフを握る手に力が入る。

(レオン!?)

「いざとなったら俺が囮になる」

「なっ!!?」

 レオンが小声でファインに囁いた。その眼は覚悟を決めている。ファインはレオンの言葉に心臓が凍りついた。

 実力差はハッキリしている。レオンの覚悟は犠牲になる覚悟だ。


 もし本当は奴隷ではないと知られたら大変なことになる。純血に見つかった混血の末路など、捕まって奴隷にされるか殺されるかのどちらかしかない。それだけ純血たちにとって、混血の命は軽い。

 

「お前たちの主人は何処にいる?何処の街のもんだ?」

 レントゥスが鋭い目を向けながら、ゆっくり近づいてくる。幸いなのは、その眼に殺気がない事だ。

 だからと言って、捕まるわけにもいかない。勿論レオンを囮にする気もない。

 ファインはいっそアルガルフが助けてくれないかと期待したが、アルガルフも疑問に満ちた眼でファイン達を見ている。まだ状況の整理が出来ていないようだ。


 どんどんと近づいて来るレントゥスに、今にも飛び掛かりそうなレオン。

 ファインは自身のうるさくなっている心臓の音を聴きながら、どうするか考える。その時、師匠であるスケイルの言葉を思い出した。


『ファイン。いざとなったらお前の全力の一撃を何かに打ち込め。そうすれば逃げる隙くらい作れるだろう。いいか、全力だぞ』

 言われた時も今も、意味は分かっていないが、そんなこと言ってる場合ではない。


(もうなんだっていいから、やるしかない!)


 目の前に迫るレントゥスに、レオンが飛び掛かろうと足に力を入れた瞬間、ファインは叫んだ。


「ヨ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ン!!!!!!」


「「「!!?」」」

 突然のファインの叫びに、その場の全員がギョッとする。

 何故相棒のアムではなく、ヨンを呼ぶのか分からないが、ヨンがすばやくファインの傍に移動した。


 ファインは全員が驚いているうちに、ヨンに括り付けられていた巨大な斧を手にする。


 不釣り合いな斧を持ち上げるファインを、呆然と見つめている全員の前で、ファインは巨大な斧を軽々と振りかぶり、そのまま自身の横に建つ廃墟の壁に向かってフルスイングした。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」

 

 レオンの叫びと轟音が響き渡った。簡潔に言うと、廃墟が木端微塵に吹き飛んだ。


「「!!!?」」

 アルガルフとレントゥスも驚愕している。まさかファインのような少女に、こんな力があるとは想像もしていなかったのだろう。無理もない。ファイン本人でさえ驚いているのだから…。


 後にファインはレオン語った。

「あんな吹き飛ぶと思わなかった」と。


「レオン!アム!!」

「!おう。ヨン!来い!!」

 あたりに崩れた廃墟によって砂埃が舞う。その隙にファインとレオンは騎獣に乗って逃亡を試みる。

「ちっ!」

 レントゥスは近づいていた分、砂埃に巻き込まれてしまい視界を失った。


「急いでティグリ達と合流しよう!」

「ヨン!急げ!!」

 ファインとレオンは砂埃に紛れて、裏路地に全速力で逃げむ。

 街外れとはいえ、建物が吹き飛ぶほどの騒ぎを起こせば人が集まってくる。二人はそのまま人目を避けて裏路地を進んだ。


「追ってこないか!?」

 レオンが背後を気にする。

「レオン。振り返る暇があったら速く皆の所に行こう」

 ファインは前を向いたまま、レオンを注意した。

「ンな事言って、後ろから攻撃されたらどうすんだよ!?」

 レオンは焦りながらファインに言い返す。

「たぶんだけど、少なくともあの将軍の方は追ってこないと思う…」

「…なんでそう思うんだよ?」

 ファインの言葉に、レオンは憮然とした顔で聞き返した。ファインは少し考える素振りをして、口を開く。


「たぶんあの人、積極的に混血を奴隷にしたり殺したりする人じゃないよ」

 ファインは頭の中で思い返しながら、言葉を紡ぐ。

「なんでどっちも魔法や技を使わないのかな?って不思議だったじゃん?」

「あぁ。ンな事言ってたな」

「わたし達が傍にいたからだと思うんだ。わたし達を巻き込まない為に二人とも全力を出さなかったんだよ」

 剣技だけであの衝撃だ。魔力を使ったら、あたり一面瓦礫の山になっていただろう。勿論ファインとレオンを巻き込んでだ。


 もっとも、最終的にはファインが瓦礫の山を作ったわけだが。


「同じ混血の指名手配野郎はともかく。純血魔族の将軍が、俺達混血を庇うわけねぇだろ」

 レオンは苛立ちを露わにして、吐き捨てる。

「でも、レオン……」

 ファインは反論しようとしたが、レオンを苛立たせるだけだと分かっているので、言葉を飲み込んだ。

「…レオン。もうすぐ合流場所の空き地だから降りよう。騎獣に乗ったままじゃ目立っちゃうし」

「……おう」

 ファイン達は騎獣を減速させて、地面に降りる。そのまま騎獣の手綱を引きながら、空き地に向かって歩いた。

 ファインはレオンの背中を見つめながら、飲み込んだ言葉を心の中で呟く。


(でも、レオン。あの人は最初から最後まで私達を侮蔑の眼で見てこなかったし、最後の逃げる瞬間でさえ殺気を向けてこなかったんだよ…)

 ファインは伝えてもレオンは受け入れないだろうと思い、レオンの背中から目を逸らした。

(そう言えば、あの指名手配犯…アルガルフだっけ?どうしたかな?)


「ファイン!レオン!」

 裏路地にティグリの声が響く。

「「ティグリ!」」

 ティグリが騎獣に乗って前からやって来た。そのまま二人の前に着地する。

「お前らが空き地に居なくてビビったぜ。しかも大きな音がするしよ」

 どうやらファインが廃墟を破壊した音を頼りに、様子を見にきたらしい。

「やっぱ、あの音に関わってたか。とにかく無事で良かった」

 ティグリはホッと胸を撫で下ろす。関わっていたというか、音の張本人である。


「色々あったんだよ。やばい奴らに絡まれてさ」

 ずっと緊張状態だった二人は、ティグリに会えてやっと力を抜くことができた。ティグリにすがるように、自分達の身に起きた事を吐き出す。

「指名手配犯と将軍のやり合いに巻き込まれちまったんだ」

「将軍!?マジかよ!!?」

「うん、えっと…レントゥス?だったけ?」

「あぁ、確かそんな名前だったな」

「!!?レントゥス…?」

 ティグリが目を見開く。その表情はどこか焦っているように見える。


「ティグリ?」

「いやなんでもねぇ。急いでガナフさん達と合流して街を出るぞ。細かい話はその後だ」

 ティグリはすぐにいつもの表情に戻り、さっさと歩きだしてしまう。

 ファインとレオンは顔を見合わせて、急いでティグリの後を追いかけた。








 少し時間をさかのぼる。街外れの廃墟では、舞っていた砂埃がやっと落ち着きつつあった。


 瓦礫の上にただ一人、レントゥスだけが立っている。

「……この機に乗じて逃げたか」

 レントゥスはアルガルフが立っていた場所を睨みながら、舌打ちをした。そしてファイン達が逃げた方向に視線を向ける。

「…あのガキ共、ティグリって言ったよな」

 誰に言うでもなく、ポツリともらした。

(はなから無理に捕まえる気もなかったが、確かに「ティグリ達と合流…」っつってたよな…)

 レントゥスは自分しかいない空間で、考え込む。

 いや、正確には自分しかいなかった。である。


「何の用だ?」

 レントゥスは面倒臭そうに言った。

「おや、さすがに将軍殿ですね。気づいてましたか」

 廃墟の影から愉快そうに笑いながら、男が一人出てくる。


「首都に居るはずのお前が何でここにいるんだ?」

「レントゥス。あなたに会いに来たのですよ」

 出てきたのは銀髪の美しい青年、ファイン達が街で見かけたあの青年だった。

「気持ち悪い事を言うな。首都の政で出世するんだろ?こんな所で油を売ってていいのか?」

 レントゥスは眉を寄せて言い捨てる。そんなレントゥスの反応にも青年は機嫌よく微笑んでいる。

「?ずいぶん機嫌がいいな?」

 レントゥスは青年の反応に疑問を浮かべた。

「ふふふ。ええ、今の私の機嫌は最高ですよ。実は出世に繋がる大役をまかされましてね。レントゥス、あなたにも手伝っていただきたいのです」

 青年は美しい顔を微笑みに染めて、声を弾ませている。その美しい微笑みに大抵の者は虜にされそうだが、レントゥスには全く効果はないようだ。

「お前の頼み事は面倒なのが多い…」

「古い付き合いじゃないですか。同期の頼みくらい快く受けてくださいよ」

「腐れ縁だろ」

 レントゥスは溜息をついた。


「そんな事言っても、あなたは断れませんよ。城からの正式なお役目ですから」

 青年の言葉にレントゥスは、頭を痛そうにする。

「どうせお前が巻き込んだんだろ」

「勿論。私が推薦しました。これが今回の私達二人のお役目です」

 青年は心の底から愉快そうに、レントゥスに書簡を差し出す。

「………」

 レントゥスは青筋をたてながら、書簡を受け取り開く。

「内容を見れば、あなただって納得するはずですよ」

 レントゥスは青年の言葉を聞き流しながら書簡に目を通した。

「!!!!」

 その内容に驚愕する。


「お前…これは!?」

「事実ですよ」

 レントゥスの驚きに、青年は悪戯が成功したような微笑みで返す。

「読み終わったら燃やしてくださいね。分かっていると思いますが、他言無用の極秘事項ですから」

「………」

 青年の言葉に、レントゥスは無言で手の中の書簡を魔法で燃やした。


 燃え落ちる書簡を眺めながら、青年はウットリとした顔で笑う。

「一歩間違えれば国が傾く一大事ですからね。ふふふ。これ程の出世のチャンスはそうそうありませんよ」


 廃墟の真ん中で、美しい青年の弾んだ声が静かに響いた。

 






 




 

 




 

シリアスきました。正直バトルシーンをどう書いていいのか分かりません。

拙い文章ですが、暖かい目で見守っていただけると嬉しいです。

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