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「あなたは留守番ね、お姉様の邪魔だから」と母が言うので、留守番中に公爵閣下を十二回おもてなししました【連載版】  作者: みれいぬ


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9/11

数えていたか

 十二度目の木曜は、五月の最後の木曜だった。


 家族の行き先は、川向こうの侯爵家で開かれる午後の音楽会だった。今日の音楽会には閣下がお見えになるらしい、と、侯爵夫人ご自身が先週の夜会で話して回っていたそうだ。


「侯爵夫人がおっしゃるのだから、間違いないわ」


 母は玄関の広間で、姉の首飾りの留め金を何度も確かめた。


「あそこのお嬢様も、閣下をお待ちしているのよ。負けてはだめ。今日こそ、マルグリートが先にお目にかかるの」


「はい、お母様」


 姉は胸を張り、父はそのあとから、少し疲れた顔で帽子をかぶった。ここのところ、父は毎週のように、閣下を探して馬車に揺られている。


「いってらっしゃいませ」


 私はいつもどおり膝を折った。


(閣下は、たぶん今日も、侯爵家ではなくてこちらなのだけれど)


 呼び鈴も、いつもどおりの時刻に鳴った。


◇


 その日の閣下は、手ぶらだった。


 ここしばらく、閣下は来るたびに、上着の隠しか脇に何か一つ持っていらした。旅行記の下巻、巻貝、季節の果物、閣下の領地で作るという塩の小さな壺。それが今日は、何もなかった。


「今日は、お手土産がないのですね」


 言ってから、なんて卑しいことを口にしたのだろうと思った。けれど閣下は、責めるでもなく頷いた。


「ない」


 ネルがお茶を運んできて、レモンを添えた。閣下は、カップに手をつけなかった。焼き菓子にも。ネルが心配そうに一度振り返ってから下がっていった。


 閣下は、膝の上で両手を組んでいた。窓の外も見ていなかった。私のほうを、まっすぐ見ていた。


「数えていたか」


 何を、とは聞かなかった。


「十二回目です」


「次に伯爵が家にいる日に、君に結婚を申し込みに来る」


 部屋の隅で、ヘッダの針が止まった。


 私は、すぐには息ができなかった。暖炉の上の時計が、耳のすぐそばで刻んでいるように聞こえた。


「その前に、君の返事を聞いておきたい。伯爵の答えより先に」


 閣下の声は、いつもと同じ調子だった。お茶の好みを聞かれるときと、同じ。けれど、組んだ手の指先が白くなっていた。


 私も、膝の上で指を組み合わせた。


 十二回分の木曜が、一つずつ順に浮かんできた。雨の日の泥だらけの裾。耳の奥で寄せては返した音。父の手紙を読んで、声を出さずに肩を揺らしていた閣下。木曜まであと何日かを数えている、と言った閣下。そして、誰も、誰のことも紹介しなかった、この小客間。


 留守番を頼まれたら、来た人は私がお迎えする。


 閣下は、来てくださった。十二回も。


「はい」


 閣下の肩から、すうっと力が抜けた。そして、はっきり声に出して笑った。


 この方の笑い声を、私はそのとき初めて聞いた。肩だけで笑う方だと思っていたのに、思いがけないほど若い声だった。


「……どうして、私なのですか」


 笑いがおさまるのを待って、私は聞いた。聞いておかなければ、あとで夢だったと思ってしまいそうだった。


「君は、一度も私を誰かに引き合わせようとしなかった」


 閣下は指を折るように言った。


「家族の行き先を、聞けば全部答えた。四時になると、帰れと言った。帰れと言われて、次の木曜にまた来たくなる家は、王都でここだけだった」


 それは、私が留守番として当たり前にしてきたことばかりだった。当たり前のことを、一つずつ数えていてくださった方がいた。


 ヘッダの針が、また動き出した。今度は、少し速く。


 四時の鐘が鳴るまでに、閣下は冷めたお茶を飲み干しておかわりをなさり、焼き菓子の皿をすっかり空にした。


◇


 家族が戻ったのは、夕方だった。


「侯爵夫人ったら、あんなに言っておいて、閣下はいらっしゃらなかったじゃないの」


 母は外套を脱ぎながら、侯爵夫人への不満を並べ続けた。姉は不機嫌に黙ったまま、手袋を投げるように私に渡した。


 その夜、私は居間の母のところへ行った。


「お母様。公爵閣下が、次にお父様がご在宅の日に、私に結婚を申し込みにいらっしゃいます」


 母は目を丸くした。それから、ころころと笑い出した。


「まあ、リーケ。留守番が長すぎて、夢でも見たのね。閣下はマルグリートによ」


「留守番の娘に求婚する公爵が、どこにいるの」


 姉は鏡台の前で、耳飾りの留め具を外しているところだった。鏡の中の姉は、私のほうを見もしなかった。


「でも、ちょうどいいわ」


 母が手を打った。


「マルグリートの誕生日の夜会に、閣下をお招きしましょう。来週の木曜よ。その晩なら、お父様も家にいらっしゃるもの」


「うむ。木曜なら、私も家におる。閣下にも、そうお返事したのだからな」


 父は新聞をめくりながら、どこか得意げに言った。


(その晩なら、たしかに、お父様は家にいらっしゃるわね)


 私はそれ以上何も言わずに、居間を出た。


 招待状は、翌朝、母の手で書かれて公爵家へ届けられた。


 閣下からの返事は、その日のうちに来た。


 木曜なら、伺う。

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