木曜の午後なら、当家は在宅しております【コルネリス視点】
いつでもお越しください。木曜の午後なら、当家は在宅しております。
伯爵からの返事には、そう書いてあった。
九度目の木曜の翌日、私は伯爵に手紙を書いた。先日はお会いできず残念だった、お話ししたいことがあるので、ご都合のよい日と時刻を知らせてほしい、と。在宅日でなくてもいい、どこへでも伺う、とも書き添えた。
返事はすぐに来た。封を切ったのはヤンで、文面を先に読んだのもヤンだった。
「旦那様」
「何だ」
「……いえ。お読みください」
読んだ。冒頭に先日の不在の詫びが丁寧に数行あり、娘マルグリートが王女殿下の茶会でいかにお褒めにあずかったかが、その倍ほど続き、終わりに、先の一文があった。
木曜の午後なら、当家は在宅しております。
「伯爵は、木曜の午後なら在宅していると書いている」
「はい」
「では、木曜に行く」
ヤンは手紙を畳んで、何も言わずに私の外套にブラシをかけ始めた。言わないことにした、という背中だった。
◇
十度目の木曜、伯爵はいなかった。
戸口で私を迎えた彼女は、膝を折る前に、珍しく言葉に詰まった。
「申し訳ございません。家族は、今夜の夜会の支度で、仕立て屋へ」
「伯爵から、手紙の返事をもらった」
小客間の椅子に座ってから、私は上着の隠しから手紙を出して、彼女に渡した。彼女は丁寧に開いて、最後の一文のところで目を止めた。
「父の字ですね」
「そうだろうな」
「父は、木曜の午後に在宅したことがございません」
それから彼女は手紙をもう一度眺めて、申し訳なさそうに言い足した。
「父は、お手紙の終わりには、たいていこう書くのです。仕立て屋への支払いの手紙にも、領地の差配人への手紙にも。いつでもお越しください、と」
「仕立て屋は、来るのか」
「参ります。木曜に。それで、私がお支払いの話を伺っております」
彼女はとても真面目な顔で言った。少なくとも自分の覚えている限りでは一度も、と付け加えた。家族の予定を誰よりも知っている人の言葉なので、本当に一度もないのだろう。
私は笑った。声は出さなかったが、肩が止まらなかった。
ヘッダが隅で咳払いをした。繕い物の手は止まっていなかった。
「お詫びを、申し上げなければ」
「いらない」
手紙を返してもらいながら、私は決めた。伯爵の「いつでも」も、「在宅しております」も、伯爵にとってはただの挨拶なのだ。伯爵が必ず家にいるのは、家で何かがある日だけだ。それが来るまで、待てばいい。
待つあいだも、木曜は来る。
◇
その週、海辺の母から手紙が届いた。
母は王の姉にあたる。父が亡くなってからは、一年の大半を海辺の夏の館で過ごし、王都の噂話とは縁を切ったような暮らしをしている。その母のいる夏の館にまで、王都の噂が届いているらしかった。あなたがローゼンダール伯爵家の上の令嬢のところへ毎週通っていると聞きました、王都一の才媛だそうですね、と母は書いていた。それ以上は何も聞いてこなかった。何も聞かずに、私が何か書くのを待っている書き方だった。
返事には一行だけ書いた。
姉君とは、王宮で一度挨拶をしただけです。通っているのは、留守番をしている妹のほうです。
母の返事は、思っていたよりずっと早く届いた。今度は母のほうが一行だった。
では、その方のお話を、夏に聞かせてちょうだい。
夏に、と母は書いていた。夏の館で、という意味だ。母は、言いたいことの半分を書かずに済ませる人だった。
◇
十一度目の木曜、家族は演奏会だった。
「留守番でない日には、何をしたい」
お茶を一杯飲み終えてから、私は聞いた。彼女は、少し困った顔をした。留守番でない日のことを、考えたことがないという顔だった。
「……海を、見に行きたいです」
巻貝を渡した日と、同じ答えだった。考えて出てくるものが、それしかないのだ。
「覚えている」
すると彼女は、カップを手の中に収めたまま、逆に私に聞いた。
「閣下は、木曜でない日には、何をしていらっしゃるのですか」
嘘をつく理由はなかった。
「領地の書類を読む。王宮の用を片付ける。それから、木曜まであと何日かを数えている」
彼女は黙ってカップを置いた。受け皿に当たって、小さな音がした。ヘッダの針が、また止まった。
四時の鐘は、いつもより早く鳴ったような気がした。
◇
「旦那様」
帰りの馬車で、ヤンが言った。
「求婚というものは、まずお父上に申し入れるもので」
「知っている」
「では」
「伯爵は家にいない」
私は窓の外を見た。伯爵家の門が遠ざかっていった。
「いない人には聞けない。いる人に、先に聞く」
ヤンはしばらく口を開かなかった。やがて、手帳に何か書きつけて閉じた。
「……左様で」
次の木曜が、十二度目になる。
十二度目の木曜、私は何も持たずに屋敷を出た。持っていくものは、何も思いつかなかった。持って帰りたい返事なら、一つあった。




