従妹の賭け【コルネリス視点】
明日、来て。
従妹の手紙は、それだけだった。来訪の日の夜遅く、王宮の使いが持ってきた。時刻も用件も書いていない。
書いていない以上、朝でも夕方でもいいということだ。私は、昼前に行った。
◇
王女の居間は、王宮の東の棟の上のほうにある。暖炉の火が強すぎて、窓が曇っていた。
「本当に来たのね」
従妹は長椅子に足を上げたまま、私を迎えた。立たなかった。王宮で、王家の者は客のために立たない。
「来て、と書いてあった」
「ええ、書いたわ。あなたはそういう人よ」
従妹は、昨日のことをまだ面白がっていた。ハウトマンが帰りの馬車で、ずっと黙りこくっていたこと。蜂蜜を少し、と言われたこと。犬の顎が靴に乗ったこと。何度でも同じところで笑った。
「四時の鐘で、殿下も、ですって。わたくし、生まれてこのかた、帰る時刻を自分で決めなかったことがないのよ」
「決めなかったのか」
「決めさせてもらえなかったの。初めてよ。気持ちのいいものね、追い出されるのって」
追い出してはいない。帰りの時刻を告げただけだ。そう言いかけて、やめた。言えば、従妹はそれも面白がる。
◇
お茶が運ばれてきて、侍女が下がった。従妹は、カップを両手で包んで、しばらく何も言わなかった。
「ねえ、コルネリス。教えてほしいことがあるの」
「何だ」
「五月の最初の木曜。わたくしの茶会に、ローゼンダール伯爵が、上のお嬢様の付き添いで来ていたわ。急に招いたのに、お二人とも、とても嬉しそうだった」
従妹は、私の顔を見た。
「あの日、あなたはどこにいたの」
私は、カップを置いた。
「伯爵家の小客間だ」
「それは知っているわ。夜会の後に、噂で聞いたもの。わたくしの茶会の日に、あなたはあちらにいたって。……そうじゃなくて。どうして、あの日だったの」
「伯爵と、会う約束をしていた。前の週に頼んで、伯爵は、その木曜は家にいると言った」
従妹の手の中で、カップが小さく鳴った。
「伯爵は来なかった。茶会に招かれた、と朝に知らせがあったそうだ。小客間には、留守番の彼女がいた。あの日も、家にいた」
私の話は、そこで終わりだった。ほかに言うことはなかった。
従妹は、カップを卓に戻した。それから、膝の上で扇を閉じた。
「……わたくしの茶会のせいで、あなたは、約束を破られたのね」
「君は、知らなかった」
「ええ、知らなかったわ。知らないで、人を呼んだの。いつもそうよ。わたくしが呼ぶと、皆、ほかの約束を全部やめて来るの。それが当たり前だと思っていたわ」
◇
従妹は、窓の曇りを指でなぞった。
「あなたの家の玄関、昨日、開いていたわね。表の大きな門まで」
「彼女が開けた」
「伯父様が亡くなった年のこと、覚えているわ。わたくし、まだ社交にも出ていない年だった。母上と一緒に、お悔やみに伺ったの」
私は、何も言わなかった。従妹は、そのまま続けた。
「玄関から通りまで、列ができていたわ。皆、黒い服で。伯父様の棺の前で、皆、お悔やみを、と言ったわ。それから、娘の名前を言った」
それは、私も覚えている。
あの何日かのあいだ、私は玄関の広間に立って、来る客を一人ずつ迎えた。迎えるのが、跡を継いだ者の務めだった。
父の話をしに来た客は、ほとんどいなかった。父が何を好んだか、どんな冗談を言ったか、聞いてくれる者はいなかった。皆、棺の前で頭を下げ、それから娘の背を押した。
最後の客を送り出して、玄関の扉を閉めたのは、私だった。
それから、あの扉を、客のためには開けなかった。
「あの夜、あなたが自分で扉を閉めたのを、わたくし、馬車の窓から見ていたのよ」
従妹は、窓から指を離した。
「昨日は、あの子が扉を開けて、わたくしを迎えたわ。椅子はどれがいいか、って。お茶に何を入れるか、って」
「彼女は、来た人に、そう聞く」
「ええ。王女にも、ね」
◇
従妹は、急に長椅子から足を下ろした。こういうとき、従妹は何かを思いついている。
「あの子の父親は、あなたとの約束より、わたくしの茶会を選んだわ」
「そうだ」
「あの子は、どうするかしら」
私は、従妹の顔を見た。
「木曜の午後に、わたくしが茶会を開いて、あの子を招いたら。王女の茶会よ。断る家なんて、王都に一軒もないわ」
「木曜を選ぶ」
私は、考えずに答えた。考える必要がなかった。
従妹は、目を細めた。
「賭けましょう」
「何を賭ける」
「負けたほうが、勝ったほうの頼みを一つ聞くの。何でも」
「何でも、と言ったな」
「言ったわ。……あなたに言うと、怖いわね、その言葉」
従妹は笑って、呼び鈴の紐を引いた。
◇
控えの間では、ヤンが待っていた。
私の顔を見るなり、ヤンは胃のあたりに手を当てた。扉越しに、話の終わりのほうが聞こえていたらしい。
「旦那様。王女殿下と、賭けを」
「勝つ賭けだ」
「左様で。……旦那様が、勝つ賭けしかなさらないのは、存じております」
ヤンは、それ以上は言わなかった。ただ、胃に当てた手を下ろさなかった。
背中の扉の向こうで、従妹が侍従に招待状を書かせる声がしていた。
「宛名は、リーケ・ローゼンダール嬢。……そうね。ご家族も、ご一緒に、と書いておいて」




