来た人は、私がお迎えする
十月の最後の木曜の夜、公爵家の玄関の広間には、燭台が端から端まで灯されていた。
白い布の掛かっていた長椅子も、飾り棚も、大きな時計も、今夜はみな磨かれて光っている。大広間からは、楽師たちの音合わせが聞こえていた。
私は、ヘートヴィヒ様と閣下と並んで、玄関の広間に立った。淡い青のドレスの裾を、ヘッダが最後にもう一度だけ直してくれた。
「緊張している?」
ヘートヴィヒ様が、扇の陰で聞いた。
「いいえ」
本当だった。来た人をお迎えするのは、私がいちばん長く続けてきたことだ。木曜の小客間が、少し広くなっただけだ。
「そう。わたくしは、少ししているわ」
ヘートヴィヒ様は笑った。閣下は何も言わずに、私の隣に立っていた。いつもより少しだけ、近かった。
扉の内側に立って、私は閉じた扉を見ていた。
ローゼンダール家の玄関で、私はいつも、この扉の内側から、出かけていく家族の背中を見送ってきた。帰ってくる家族の外套を、受け取ってきた。今夜は、同じ扉の内側で、外から来る方々をお迎えする。立つ場所は、少しも変わらない。
最初の馬車の音がした。
◇
「ドルン男爵様」
マウリッツが、扉の脇で名前を告げた。
「ようこそいらっしゃいました、男爵様。暖炉のそばにお席をご用意しております。今夜は、ボッケがお留守番ですね」
「いやいや、出がけに大騒ぎでしたぞ。置いていかれると分かっておるのですな」
男爵は上機嫌で、この家のお二人に頭を下げ、大広間へ入っていった。
「ファン・ホーフ子爵夫人」
「ようこそ、子爵夫人。柱の陰の、燭台の光の届かないお席です」
「まあ」
子爵夫人は、扇で口元を隠して、目だけで笑った。
馬車は、次々に着いた。
私は、お一人ずつ、お名前と一言でお迎えした。お膝の具合を伺い、お孫さんのお誕生を祝い、遠い領地からの道中をねぎらった。お名前を告げるマウリッツが、途中から私の顔を見て、私が先にお名前を言うのを待つようになった。
「南の、あの若いご夫人ね」
ヘートヴィヒ様が、そっと言った。
「同じ浜の殿方のご家族のお隣ですわ」
「覚えているわよ。わたくしも、少しは覚えたの」
その若いご夫人は、扉をくぐるなり、私の手を両手で包んだ。
「お招きいただいて。わたくし、王都の披露に呼ばれるなんて、思ってもみませんでした」
「木曜にいらしてくださいましたから」
「それだけで?」
「それだけで、十分でございます」
「近衛のヨーリス・ファン・ローン様」
ヨーリス様は、近衛の礼装で、背筋をまっすぐにして入っていらした。まず家の主のお二人に礼をして、それから私の前で、少しだけ声を落とした。
「あの……侯爵家のお嬢様は、今夜は」
「お席は、空けてございます」
ヨーリス様は、何か言いかけて、耳を赤くして、大広間へ入っていった。
◇
「ローゼンダール伯爵ご夫妻、マルグリートお嬢様」
家族が、着いた。
父は、玄関の広間の天井を見上げて、満足そうに息をついた。燭台の数を数えているような顔だった。
「閣下、母君様、このたびは、まことに――」
父がヘートヴィヒ様に深々と頭を下げているあいだ、母と姉は、外套を脱がないままでいた。外套の合わせ目から、姉の薔薇色のドレスがのぞいていた。侯爵家で竪琴を弾くための、いちばん上等な一着だ。
「リーケ」
母が、私の前に来た。
「おめでとう。それでは、わたくしたちは、ご挨拶だけで。侯爵家でマルグリートの出番があるから」
「はい、お母様」
私は、公爵家の玄関で、膝を折った。
「いってらっしゃいませ、お母様、お姉様」
玄関の広間にいたお客様方が、それを見ていた。母は、ほんの一瞬だけ、周りを見回した。何人もの目が、母と姉と、私を見ていた。
姉は、私の顔を見なかった。外套の襟を合わせて、母のあとについて、扉の外へ出ていった。
ヘートヴィヒ様が、扇を閉じた。
「……あなたの家の方たちは、いつも、ああなの?」
「はい。いつもでございます」
ヘートヴィヒ様からは、返事がなかった。閣下が、私の手袋の指先に、ほんの少しだけ触れた。
◇
侯爵家の夜会が始まる時刻が、近づいてきた。
それでも、公爵家の門には、馬車が着き続けた。
「先に、ご挨拶だけと思いまして」
そうおっしゃる方が、何人もいらした。侯爵夫人の後見を受けているお宅や、若いお嬢さんのいるお宅。扉の近くのお席の方々だ。
「ようこそいらっしゃいました。扉の近くに、お席をご用意しております。いつお立ちになっても、どなたも気になさらないように」
私がそう申し上げると、皆様、一瞬きょとんとなさって、すぐにお笑いになった。
大広間で、楽師たちが最初の曲を始めた。暖炉のそばで男爵の笑い声がして、柱の陰で子爵夫人の扇がゆっくり動いていた。扉の近くのお席の方々は、お茶を受け取り、お隣の方と話し始めた。
時計の針が、侯爵家の夜会の始まる時刻を過ぎた。
扉の近くのお席から、立ち上がる方は、まだ一人もいなかった。




