↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「あなたは留守番ね、お姉様の邪魔だから」と母が言うので、留守番中に公爵閣下を十二回おもてなししました【連載版】  作者: みれいぬ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/34

来た人は、私がお迎えする

 十月の最後の木曜の夜、公爵家の玄関の広間には、燭台が端から端まで灯されていた。


 白い布の掛かっていた長椅子も、飾り棚も、大きな時計も、今夜はみな磨かれて光っている。大広間からは、楽師たちの音合わせが聞こえていた。


 私は、ヘートヴィヒ様と閣下と並んで、玄関の広間に立った。淡い青のドレスの裾を、ヘッダが最後にもう一度だけ直してくれた。


「緊張している?」


 ヘートヴィヒ様が、扇の陰で聞いた。


「いいえ」


 本当だった。来た人をお迎えするのは、私がいちばん長く続けてきたことだ。木曜の小客間が、少し広くなっただけだ。


「そう。わたくしは、少ししているわ」


 ヘートヴィヒ様は笑った。閣下は何も言わずに、私の隣に立っていた。いつもより少しだけ、近かった。


 扉の内側に立って、私は閉じた扉を見ていた。


 ローゼンダール家の玄関で、私はいつも、この扉の内側から、出かけていく家族の背中を見送ってきた。帰ってくる家族の外套を、受け取ってきた。今夜は、同じ扉の内側で、外から来る方々をお迎えする。立つ場所は、少しも変わらない。


 最初の馬車の音がした。


◇


「ドルン男爵様」


 マウリッツが、扉の脇で名前を告げた。


「ようこそいらっしゃいました、男爵様。暖炉のそばにお席をご用意しております。今夜は、ボッケがお留守番ですね」


「いやいや、出がけに大騒ぎでしたぞ。置いていかれると分かっておるのですな」


 男爵は上機嫌で、この家のお二人に頭を下げ、大広間へ入っていった。


「ファン・ホーフ子爵夫人」


「ようこそ、子爵夫人。柱の陰の、燭台の光の届かないお席です」


「まあ」


 子爵夫人は、扇で口元を隠して、目だけで笑った。


 馬車は、次々に着いた。


 私は、お一人ずつ、お名前と一言でお迎えした。お膝の具合を伺い、お孫さんのお誕生を祝い、遠い領地からの道中をねぎらった。お名前を告げるマウリッツが、途中から私の顔を見て、私が先にお名前を言うのを待つようになった。


「南の、あの若いご夫人ね」


 ヘートヴィヒ様が、そっと言った。


「同じ浜の殿方のご家族のお隣ですわ」


「覚えているわよ。わたくしも、少しは覚えたの」


 その若いご夫人は、扉をくぐるなり、私の手を両手で包んだ。


「お招きいただいて。わたくし、王都の披露に呼ばれるなんて、思ってもみませんでした」


「木曜にいらしてくださいましたから」


「それだけで?」


「それだけで、十分でございます」


「近衛のヨーリス・ファン・ローン様」


 ヨーリス様は、近衛の礼装で、背筋をまっすぐにして入っていらした。まず家の主のお二人に礼をして、それから私の前で、少しだけ声を落とした。


「あの……侯爵家のお嬢様は、今夜は」


「お席は、空けてございます」


 ヨーリス様は、何か言いかけて、耳を赤くして、大広間へ入っていった。


◇


「ローゼンダール伯爵ご夫妻、マルグリートお嬢様」


 家族が、着いた。


 父は、玄関の広間の天井を見上げて、満足そうに息をついた。燭台の数を数えているような顔だった。


「閣下、母君様、このたびは、まことに――」


 父がヘートヴィヒ様に深々と頭を下げているあいだ、母と姉は、外套を脱がないままでいた。外套の合わせ目から、姉の薔薇色のドレスがのぞいていた。侯爵家で竪琴を弾くための、いちばん上等な一着だ。


「リーケ」


 母が、私の前に来た。


「おめでとう。それでは、わたくしたちは、ご挨拶だけで。侯爵家でマルグリートの出番があるから」


「はい、お母様」


 私は、公爵家の玄関で、膝を折った。


「いってらっしゃいませ、お母様、お姉様」


 玄関の広間にいたお客様方が、それを見ていた。母は、ほんの一瞬だけ、周りを見回した。何人もの目が、母と姉と、私を見ていた。


 姉は、私の顔を見なかった。外套の襟を合わせて、母のあとについて、扉の外へ出ていった。


 ヘートヴィヒ様が、扇を閉じた。


「……あなたの家の方たちは、いつも、ああなの?」


「はい。いつもでございます」


 ヘートヴィヒ様からは、返事がなかった。閣下が、私の手袋の指先に、ほんの少しだけ触れた。


◇


 侯爵家の夜会が始まる時刻が、近づいてきた。


 それでも、公爵家の門には、馬車が着き続けた。


「先に、ご挨拶だけと思いまして」


 そうおっしゃる方が、何人もいらした。侯爵夫人の後見を受けているお宅や、若いお嬢さんのいるお宅。扉の近くのお席の方々だ。


「ようこそいらっしゃいました。扉の近くに、お席をご用意しております。いつお立ちになっても、どなたも気になさらないように」


 私がそう申し上げると、皆様、一瞬きょとんとなさって、すぐにお笑いになった。


 大広間で、楽師たちが最初の曲を始めた。暖炉のそばで男爵の笑い声がして、柱の陰で子爵夫人の扇がゆっくり動いていた。扉の近くのお席の方々は、お茶を受け取り、お隣の方と話し始めた。


 時計の針が、侯爵家の夜会の始まる時刻を過ぎた。


 扉の近くのお席から、立ち上がる方は、まだ一人もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
お姉さん。才能があるからかえって高位令嬢の方々には 楽士扱いされて、タダ働きさせられてる現実がわかってるのかな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。