扉が開いた日【コルネリス視点】
あなた、何年ぶりかしら。この家に、こんなに人の声がするのは。
客が皆帰って、マウリッツが最後のカップを下げていったあと、母はそう言った。長椅子に座ったまま、まだ扇を閉じずにいた。
私は答えなかった。数えれば答えられたが、数えたくなかった。
父が亡くなった年、この屋敷には人が大勢来た。弔問の客だった。そしてその多くが、娘を連れていた。黒い服の娘たちが、母親に背中を押されて、私の前に並んだ。
それから私は、客を迎えるのをやめた。在宅日の欄を空けたまま、名簿を出した。客間と広間の家具に布を掛けさせた。母は海辺へ移り、この屋敷は、私と使用人だけの家になった。
今日、その布が全部外された。
◇
窓際の椅子から、私はずっと客間を見ていた。
客は、次々に来た。誰も、私に娘を紹介しなかった。
紹介しようとした者はいた。少なくとも三人。娘の背を押しかけた母親が、二人。姪を連れてきた叔父が、一人。そのたびに、彼女が先に声をかけていた。刺繍の話、領地の秋の取り入れの話、先月生まれた甥御さんの話。声をかけられた者は、嬉しそうにそちらへ話を向け、娘の背を押す手は、いつの間にか下ろされていた。
彼女は、一度も私に目配せしなかった。助けてやった、という顔もしなかった。木曜の小客間でしていたことを、この客間でもしていた。来た人を、迎えていた。
四時の鐘が鳴ったときのことも、私は覚えている。
皆様、お帰りの時刻でございます、と彼女は言った。木曜の小客間で、私が十二回聞いた言葉だ。客たちは笑って立ち上がり、一人ずつ彼女に挨拶をして帰っていった。
私だけが、窓際の椅子に座ったままでいた。
ここは私の家だった。帰りの時刻を告げられて、帰らなくていいのは、初めてだった。帰らなくていいと気づいたとき、なぜか、少しだけ惜しいような気がした。あの言葉を言われて、次の木曜を待つのが、私の木曜だったからだ。
侯爵夫人が娘を押し出したときだけは、彼女も間に合わなかった。いや、間に合わせなかったのかもしれない。あの娘が、私ではなく部屋の反対側の士官を見ていたことに、彼女は気づいていた。私が一礼して窓へ戻ったとき、彼女の唇の端がかすかに持ち上がったのを、私は見ていた。
「あの子、木曜の客を、一人残らず覚えているのね」
母が、ようやく扇を閉じた。
「お茶の好みも、座る椅子も、誰と誰が同じ浜の生まれかも。わたくし、王都に何年もいたけれど、あんなことはできなかったわ」
母の声は、少しだけ低かった。
「あの子は、ずっとあの家の木曜に一人で座って、全部覚えたのね。誰にも頼まれずに」
「頼まれてはいた」
私は言った。
「留守番を」
母は、しばらく私の顔を眺めていた。やがて、ふっと笑った。
「あなた、言葉を文字どおりにしか受け取らないところ、お父様にそっくりね」
母は立ち上がり、扇で軽く私の肩を叩いた。
「それで、婚礼はいつにするの」
「まだ聞いていない」
「誰に」
「彼女に」
母は、今度は声を立てて笑った。笑いながら、客間を出ていった。廊下で、マウリッツに明日の暖炉の薪の話をしている声が聞こえた。
◇
夜、ヤンが書斎に来た。
「旦那様。クローネンベルフ侯爵家の夜会の招待状が、もう王都の主だった家に配られ始めております。日取りは、こちらの披露と同じ夜。異国の歌い手を、一座ごと呼ぶとか」
「そうか」
「披露の夜に、客は来ると思うか」
私は聞いた。ヤンは、少し考えてから答えた。
「旦那様のお客様でしたら、侯爵家へ参りましょう。旦那様は、王都に、お客様と呼べる方をほとんどお持ちではございませんので」
「そうだな」
「ですが、お嬢様のお客様でしたら、こちらへ参ります。今日のお客様は、皆、お嬢様のお客様でございました」
ヤンは、こういうことを、遠慮なく言う。
「旦那様のところにも、侯爵家の招待状が届いております」
ヤンが銀の盆に載せて差し出した封筒には、侯爵家の紋が深く型押ししてあった。開くと、型どおりの招きの文句の最後に、侯爵夫人の手で一行添えてあった。
閣下も、いつでもお越しくださいませ。
私は、その一行を読み返した。
「いつでも、と書いてある」
「……はい」
「では、披露の夜でなくてもいいわけだ。別の日に行けばいい」
ヤンの目が、天井のほうへさまよった。
「……左様で」
ヤンは盆を下げかけて、思い出したように付け加えた。
「それから、旦那様。ローゼンダール伯爵家にも、侯爵家の招待状が届いたそうでございます。マルグリートお嬢様に、ぜひ竪琴を、と添え書きがあったと」




