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「あなたは留守番ね、お姉様の邪魔だから」と母が言うので、留守番中に公爵閣下を十二回おもてなししました【連載版】  作者: みれいぬ


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招待状は、毎朝届くものだった【マルグリート視点】

 招待状は、毎朝、銀の盆に載って届くものだった。


 朝食の前に、ベルトラムが盆を運んでくる。わたくしは紅茶を飲みながら、封筒の厚さで中身を当てる。厚いのは晩餐、薄いのは茶会、紋の型押しが深いのは、格の高いお宅。何度目かの社交の季節ともなれば、開けなくても分かる。多い朝には、盆からこぼれそうなほどあった。


 誕生日の夜会の次の朝、盆の上の封筒は、ひと握りしかなかった。


 昨夜のお礼状が二通と、仕立て屋の請求書だった。


「ベルトラム、これで全部?」


「左様でございます、マルグリートお嬢様」


 ベルトラムはいつもの顔で一礼して、それからもう一つの盆を、テーブルの向こう端へ運んでいった。リーケの席だ。


 あの子の盆には、封筒が山になっていた。お祝いの手紙だった。その脇に、白い薔薇の小さな花束まで載っていた。


 わたくしは紅茶のカップを置いた。少し、音が大きかったかもしれない。


(たまたまよ。昨夜の今朝ですもの)


 次の朝も、その次の朝も、わたくしの盆は軽かった。


◇


 週の終わりに、ひとつだけ残っていた茶会へ出かけた。昔からのお友達のお宅で、ずっと前からお約束していたものだった。


 客間に入ると、話し声がすっと低くなった。いつものことだと思った。わたくしが入っていくと、皆さんはいつも、わたくしを見るために話をやめるのだ。


「マルグリート様、ようこそ」


 お友達は笑顔で迎えてくれた。わたくしの隣に座ったお嬢様が、扇の陰から身を乗り出した。


「ねえ、伺ってもよろしい? 妹さんって、木曜の小客間で、閣下と何のお話をなさっていたの?」


 わたくしは、扇を持つ指に力を入れた。


「さあ。あの子は、留守番ですもの」


「まあ、そうでしたわね」


 お嬢様はくすりと笑った。悪気のない笑い方だった。それが、かえって癪に障った。


 窓際のほうから、年配のご婦人方の話し声が聞こえてきた。


「ローゼンダール家を訪ねるなら木曜に、ですってよ。下のお嬢さんがいるから」


「あら、上手いこと言うわね。どなたが言い出したの」


「さあ。でも、毎週のように当家に、の続きとしては、ぴったりでしょう?」


「そういえば、王女殿下もこのお話をお聞きになって、ずいぶんお笑いになったそうよ。わたくしの茶会の日に、閣下はそちらにいらしたのね、って」


 笑い声が上がった。わたくしのほうを、誰も見なかった。


 見ていない、と分かってしまうのは、見られていると分かるより、ずっと居心地が悪かった。


◇


 帰ってから、居間の机で予定表を開いた。


 お母様が付けてくださった印が、春からずらりと並んでいる。閣下がお見えになりそうな催しの印。そのほとんどが、木曜の欄にあった。


 ファン・ホーフ子爵夫人の茶会の木曜。わたくしはあの日、閣下が先週いらしたのよ、と言った。王宮の園遊会の木曜。閣下を探して、庭園の端から端まで歩いた。王女殿下の茶会の木曜。閣下の目の色に合うという灰青のドレスを着ていった。


 その同じ午後に、閣下は、うちの小客間にいらしたのだ。


(だって、お母様が、そうおっしゃったのだもの)


 閣下はあなたに会いにいらしている、と。外でお会いするのよ、と。わたくしは、お母様の言うとおりにしただけだ。


(わたくしは、何も悪くないでしょう?)


 予定表を閉じた。閉じても、木曜の印は目の奥に残っていた。


 気を取り直そうと、大広間へ行って竪琴の覆いを外した。夜会の晩に弾いた曲を、もう一度はじめから弾いた。


 弾き終えても、拍手はなかった。当たり前だ。誰もいないのだから。けれど、廊下を通る女中たちも、足を止めなかった。いつもなら、扉の陰で耳を澄ます子が一人や二人はいるのに。


 わたくしの音を聞いていないのは誰か、数えようとして、やめた。家じゅうの全員だった。


◇


 夕方、書斎の前を通りかかると、扉の向こうで、お父様がお母様に話していた。


「閣下のお屋敷には、約束よりずいぶん早く着いてしまってな。玄関で待たせていただいた」


「まあ、あなたったら」


「婚約の書面には、すぐに署名した。披露は秋に、閣下の王都のお屋敷でとのことだ」


 お父様の声は、弾んでいた。


 わたくしは、扉の前で立ち止まった。


 お父様が約束の時刻より早く着いたことなど、わたくしの演奏会では一度もなかった。いつも、最初の曲が終わるころに、客席の後ろの扉からそっと入っていらした。


(リーケの婚約のためなら、早く着くのね)


 そう思ってから、その考えを急いで振り払った。リーケの婚約のためではない。公爵閣下のためよ。お父様は、格の高いお相手には、いつも腰が低い方だもの。


 それなのに、どうしてか、胸のあたりが冷たかった。


 居間へ戻ると、お母様が、届いた手紙の束を前にため息をついていた。お母様の盆も、ここのところ軽いらしい。


「閣下が、夏にはリーケを海辺の館へお連れになりたいのですって。閣下の母君の、夏の館へ。署名のときに、お父様にそうおっしゃったそうよ」


 お母様は、手紙の束から顔を上げずに言った。


「夏のあいだ、あの子はいないのね。……木曜に、誰がお客様をお迎えするのかしら」

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