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栗原様を釈放せよ  作者: ユタカ
栗原様を釈放せよ

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6/14

虚像の再燃と悪魔の論理

「俺を釈放してくれ」

 栗原の低く嗄れた声が、取調室の淀んだ空気に響いた。

「現場に行けば、奴らを止められるかもしれない。これ以上、関係のない人間を死なせるわけにはいかないんだ」

 だが、関川は即座に首を横に振った。その顔には、かつての上司としての情ではなく、組織の指揮官としての冷徹な怒りが張り付いていた。

「ふざけるな。お前を今出せば、警察はテロリストの要求に屈したことになる。それは法治国家の敗北だ。……俺たちはあくまで、法の下で奴らを捕らえる。お前の独断は許さない」

 関川の正論に、栗原は奥歯を噛み締め、パイプ椅子に深く沈み込んだ。

 壁に掛けられた小型テレビからは、絶望的なニュースが垂れ流されていた。

 大丸銀行の立てこもり犯からの要求はただ一つ、『教祖・栗原剛の即時釈放』。

 その一報は、一度は沈静化しかけていた世論にガソリンをぶちまけた。メディアは手のひらを返し、「やはりゲームサークルは隠れ蓑で、栗原教は実在した」「警察内部にも信奉者がいるのではないか」と、事実無根の陰謀論を狂ったように報じ始めている。画面の中のコメンテーターが栗原を糾弾し、日本中が異常な熱狂と恐怖に包まれていた。

「……見てろ。これが現代の魔女狩りってやつだ」

 栗原が乾いた笑いを漏らし、関川が苛立ち紛れに舌打ちをした、まさにその時だった。

 壁のテレビから、信じ難いニュース速報が飛び込んできた。メディアの中継映像に、刑事たちは釘付けになる。

『――現場が動きました! 利用客の方々が、続々と解放されていきます! 先ほどの警察からの報告によりますと、渋谷本店、横浜支店ともに、犯人側が利用客の解放を認めたとのことです!』

 画面の中では、怯えた様子の客たちが次々と銀行のエントランスから流れ出してくる。リポーターは群がって、解放されたばかりの客にマイクを向けた。中継は、渋谷と横浜のカメラ映像を慌ただしく入れ替えていく。

『犯人グループは何人でしたか!? 今の心境は!』

 渋谷本店から出てきたばかりの若い男性客が、マイクの前で震える声で答える。

「グループ……? いや、犯人は独りだよ……」

 咄嗟に、関川がリモコンを奪い取り、別の報道チャンネルへと切り替える。

 そこには、横浜支店の利用客にマイクを向ける別のリポーターが映っていた。

『――犯人は、何人だったのでしょうか!』

「犯人は、1人……」

 横浜の客もまた、同様に答えた。そして、刑事たちの耳を疑うような想像を超えた言葉を口にする。

「あの……犯人も、僕らと一緒に外に出たと思います……」

「なっ……!」

 関川が絶句し、リモコンを握る手をワナワナと震わせた。

「各銀行に立てこもり犯は1人ずつ……?」

 栗原が画面を食い入るように見つめ、状況を確認するように低く呟く。

 直後、現場の指揮本部から関川のスマートフォンに悲鳴のような報告が入る。

「……警部! 逃走されました! 解放された客に紛れて包囲網を抜けられた模様です! ですが、行内にはまだ『行員たち』が人質として残されています。さらに、解放された客の一人が、犯人から託されたという『手紙』を現場の部隊に渡してきました!」

 包囲網を易々と突破し、逃走した犯人。彼らが残したその手紙には、それぞれの行内に爆弾と起爆装置が残されている事実と、悪魔のようなゲームルールが記されていた。

『爆弾には時限装置がセットされている。タイムリミットは一時間』

『警察が一人でも行内に侵入すれば、その時点で即座に起爆する』

『だが、手元のボタンを押せば、相手の銀行が爆発し、自分たちのタイマーは止まる』

 その報告を聞き、関川は顔面を蒼白にした。

「一時間後に爆発……。客を逃がして警察を出し抜き、突入すら封じた上で、極限状態に置かれた行員たちにタイムリミット付きの殺し合いをさせるだと……!」

 関川は頭を掻きむしり、栗原も眉間を揉み解しながら、どうやって行員たちを落ち着かせ、爆弾を解除するかを必死に思考する。

 その時だった。

 これまで黙ってノートPCのキーボードを叩いていた鈴原が、ふと手を止め、新調した眼鏡を中指で押し上げた。その表情は、ひどく落ち着いており、どこか困ったような顔をしていた。

「……関川警部、栗原さん。一ついいですか」

 鈴原の静かな声に、二人が顔を向ける。

「あの銀行って、セキュリティ上、外部からの電波を遮断する構造を取ってるのがほとんどで……。今、本店の図面を確認しましたが、やはり強固な防波処理が施されています。電波が通じない以上、横浜から渋谷間において、起爆装置の電波を飛ばして相互爆破させるなんて、余程の天才でも無理だと思いますよ」

「……なんだと?」

 関川が目を見開く。

「つまり、犯人側のハッタリってことか? なら、あの起爆装置は一体なんのためにあるんだ!」

 声を荒らげ、頭を掻きむしる関川に対し、鈴原はどこまでも冷静に答えた。

「多分……自爆させたいんじゃないですかね?」

「……ッ!」

 栗原と関川は、同時にハッと息を呑んだ。

「外部へ信号が飛ばない以上、あの装置の配線は、足元の爆弾に直結していると考えるのが自然です。……他人の命を犠牲にしてでも生き残ろうと、一時間という焦りの中でボタンを押した瞬間、自分たちの銀行が吹き飛ぶ。人間のエゴイズムを利用した自爆トラップです」

 背筋が凍るような真実に、取調室は水を打ったように静まり返った。

「すぐに現場の特殊部隊に至急連絡しろ! 渋谷の警視庁SITにも、横浜の神奈川県警SISにもだ! 起爆装置を押せば、恐らく銀行は自爆するとな!」

 関川が血相を変えて無線に飛びつく。

「いや、警察の突入を禁じられている以上、外から呼びかけるしかないが……パニックを起こしてる連中に、現場の部隊の言葉なんて届かない」

 栗原が、パイプ椅子を蹴るようにして立ち上がった。その瞳には、世間の罵倒にも決して折れない、刑事としての確かな光が宿っていた。

「俺が話をつける。鈴原の言う通り電波が通じないなら、銀行の有線設備を乗っ取るしかない」

 栗原は真っ直ぐに関川を見た。

「現場の部隊に指示して、まずは渋谷本店の館内放送に有線で直接回線を繋げ。俺が直接問いかける。……横浜支店には、俺が渋谷に話した内容を録音して、同じように有線で流してくれ」

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