沈黙の火種
静寂を切り裂いたのは、重なり合う二つの銃声だった。
ドムッ、という鈍い破裂音と、乾いた官用拳銃の放火音。
山村たかしが放った手製の弾丸は、引き金を引く直前のわずかな躊躇いか、あるいは背後からの乱入による動揺か、栗原の頭上を大きく逸れた。弾丸は背後の窓ガラスを派手にぶち抜き、夜の冷気が一気に室内に流れ込む。
同時、関川の放った正確な一撃が、床で鈴原を押さえつけていた弟・たかひろの右足を貫いた。
「がはっ……ぁあッ!」
たかひろが悲鳴を上げて転倒する。その隙を逃さず、鈴原は即座に体勢を立て直し、負傷したたかひろの腕をひねり上げて床に押さえつけ、その背中に膝を叩き込んだ。
正面の栗原もまた、背後からの銃声に一瞬怯んだたかしの隙を見逃さなかった。突きつけられていた銃口を払い除け、鮮やかな体捌きでたかしを机に叩き伏せる。
「離せッ! 殺してやる、栗原……! お前だけは絶対にッ!」
取り押さえられた山村兄弟が、獣のような咆哮を上げて暴れる。その憎悪に満ちた声を余所に、関川がゆっくりと銃を下ろし、取調室の中へと歩み寄った。
「落ち着け、山村たかし。……それから、弟のたかひろ君」
関川は、床に転がった手製の銃を足で退けると、冷徹だがどこか悲しげな視線を兄弟に向けた。
「さっきのあんたらの話、廊下で全部聞いていたよ。……DNA鑑定、それには科捜研の協力が必要だってことぐらい、あんたらも分かってるはずだ。民間の弁護士が動いたところで、警察の厚い壁を突破して再鑑定まで漕ぎ着けるのは並大抵のことじゃない」
たかしが、顔を机に押し付けられたまま、血走った目で関川を睨みつける。関川は淡々と続けた。
「その再鑑定への『橋渡し役』を、裏でずっと務めていたのが誰か……教えようか。そこにいる栗原だ」
その言葉が落ちた瞬間、取調室の空気が凍りついた。暴れていたたかしの体が、嘘のように硬直する。
「……何だと?」
「お前が無実を訴え続けていることを知って、あいつはずっと上層部に掛け合っていたんだ。組織のミスを認めたがらない連中を相手にな。……だからこそ、あいつはこの歳になっても『警部補』止まりなわけだ。自分のキャリアをドブに捨ててまで、お前のために動いていたんだよ」
衝撃に、たかしは言葉を失った。栗原は何も言わず、ただ顔を背けて、押さえつけたいたかしの手首を強く握り締めているだけだった。
あまりに重い沈黙。
その静寂を破るように、カチッ、という小さな音が響いた。
鈴原が、おもむろにポケットからタバコを取り出し、ジッポーの火を点けたのだ。紫煙がゆらりと立ち上り、硝煙の臭いと混じり合う。
「おい。……鈴原、署内は禁煙だぞ」
関川が呆れたように、眉をひそめて注意する。
鈴原は、吸い込んだ煙を長く吐き出すと、割れた窓の外を指差して不敵に笑った。
「いいじゃないですか。窓を見てくださいよ、派手に割れちゃって。……さっきの爆発の影響もあるし、こうなったら外も中も変わりませんよ」
鈴原のその言葉に、関川は小さく息を吐き、それ以上は何も言わなかった。
割れた窓から吹き込む夜風が、二十一年の時を越えて辿り着いた、あまりにも歪で悲しい真実を洗い流そうとしていた。




