悪魔の再臨と皮肉な星回り
鈍く、重い音が取調室に響き渡った。
「がはッ……!」
栗原の渾身の右ストレートが、山村たかしの頬を容赦なく打ち抜いた。
衝撃で吹き飛び、床に崩れ落ちるたかしの胸ぐらを、栗原は鬼の形相で乱暴に掴み上げる。
「お前らの無罪を主張するために……裏で這いずり回った俺の努力を、無駄にしやがってッ!!」
血を吐き出すような栗原の怒声。それは、自分を狙ったことへの怒りではなかった。二十一年という途方もない時間をかけて、ようやく掴みかけた彼らの「未来」を、彼ら自身の手で最悪の形にねじ曲げてしまったことへの、やり場のない慟哭だった。
「やめろ栗原! もう終わったんだ!」
関川が背後から栗原の両腕を掴み、力ずくで引き剥がした。
たかしは口から血を流しながら、虚ろな目でただ天井を見つめていた。復讐の果てに知った真実は、あまりにも残酷で救いがなかった。
その直後だった。
鼓膜を震わせるような、爆音のローター音が空から降り注いできた。窓の外を見れば、数機もの警察ヘリがサーチライトで大原警察署を照らし出し、地上からはおびただしい数のパトカーのサイレンが包囲網を敷くように鳴り響いている。
「……本庁のお出ましだ」
関川が忌々しそうに舌打ちをした。
「突入!」
怒声と共に、完全武装のSAT(特殊急襲部隊)が盾を構え、閃光弾の光と共に雪崩れ込んでくる。赤いレーザーサイトが無数に室内を飛び交う中、関川と鈴原は静かに両手を挙げた。
「撃つな。全員拘束済みだ。連れてけ」
関川の低い声に、SAT隊員たちが無言で山村兄弟を取り押さえ、手錠をかける。
部隊の最後尾から現れたSAT隊長の有働が、無言のまま関川に歩み寄り、通信中の無線機を差し出した。
『――関川くん、ご苦労だったね』
スピーカーから聞こえてきたのは、現場の血と汗の匂いなど微塵も知らない、猿川警視総監のひどく滑らかな声だった。
『あとは我々本庁に任せたまえ。心労もあるだろうし、栗原くんには三週間ほど休みをあげたらどうだね。……まあ、今日はゆっくり休みたまえ』
すべてが片付いた後で現れ、果実だけを掠め取っていく権力者の傲慢な労い。
通信が一方的に切れると、関川は無線機を有働の胸に押し返し、低くぼやいた。
「……ふざけやがって」
有働は何も言わず、ただ同じ現場を生きる人間としての共感を示すように、関川の肩をそっと叩いた。
同日の深夜。各局の報道番組は、予定されていた深夜枠の放送を急遽休止し、一斉に特別番組を組んで速報を垂れ流していた。
『――ニュース速報です! 先ほど、大原警察署を襲撃したテロリスト、山村たかし容疑者と、その弟・たかひろ容疑者が現行犯逮捕されました!』
『警察の発表によりますと、主犯のたかし容疑者は二十一年前、この大原署近くで発生した「女子高生殺人全裸死体遺棄事件」で実刑判決を受けた人物です! 釈放されたばかりの兄と、それを支えた弟……。さらに驚くべきことに、日本中を震撼させた今回の一連の凶行は、当時の事件を担当した「一人の署員」に狙いを澄ました、あまりにも個人的で凄惨な復讐劇だったとのことです!』
『日暮テレビでは、当時の女子高生殺害事件の異常な全裸遺棄の状況を改めて解説します! なぜ彼らは再び「悪魔」へと変貌したのか……。一方、彼らの指示でコンビニ強盗や通り魔を引き起こした二人の実行犯については、現在も依然として黙秘を続けているとのことです!』
深夜の暗いリビングに、かつて彼らを陥れた事件の資料映像と、おどろおどろしい赤字のテロップが青白く光る。現場の刑事たちが守り抜こうとした「真実」や、栗原の隠された尽力など、そこには一文字も記されていなかった。
狂騒の夜が明け、翌日の朝。
澄み切った青空の下、栗原は焦げた匂いの残る商店街の一角に立っていた。
完全に焼け落ち、瓦礫の山と化した『マツダ商店』の跡地。栗原はそこに一本のエビスビールを供え、静かに線香に火を灯した。
ゆらゆらと立ち上る白い煙を見つめながら、ぽつりと呟く。
「……そのうち、美味しい塩辛見つけたら持ってくるよ」
栗原は深く頭を下げ、背を向けて立ち去ろうとした。
その時、彼の視線が足元の瓦礫に落ちていた、一枚の焦げた紙切れに止まった。焼け残った週刊誌のページには、『来週の星座占い』のコーナーが印字されている。
(俺の星座の、おとめ座は……っと)
栗原はふと足を止め、文字を目で追った。
『おとめ座:人間関係のトラブルに注意。アンラッキーアイテムは……イカの塩辛』
栗原は数秒間その文字を見つめた後、乾いた笑いを一つこぼした。
「……だいぶ、皮肉ってんな」
秋風が吹き抜け、焦げた紙片が宙を舞った。
――その後、二年が経過した。
山村兄弟の指示のもと、「栗原の教え」と偽りながらコンビニ強盗や通り魔事件を引き起こした二人の実行犯には、五年の実刑判決が下された。彼らは刑務所の中でもなお、あの日なぜあのような狂行に及んだのか、その真意を語ることはなかった。
そして、日本中を震撼させたテロ事件の首謀者である兄弟の結末は、ある日の昼下がり、無機質なテレビのニュース音声によって世間に伝えられた。
『――続いてのニュースです。大原警察署襲撃など一連の連続爆破テロ事件を首謀し、一審で死刑判決を受けていた山村たかし、たかひろ両被告について、本日午前、控訴期限が満了し、死刑が確定しました』
『両被告は法廷で一切の弁明を行わず、控訴もせずに静かに判決を受け入れたとのことです。次のニュースです――』
二十一年の長きにわたる怨念と、すれ違った悲劇の連鎖は、冷酷に切り替わるテレビのノイズと司法の結末をもって、完全にその幕を下ろしたのだった。
他作品も公開中であります。
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