陽動と緑の死神
鼓膜を破るような轟音の余韻が、耳の奥でひどい耳鳴りとなってこびりついている。
取調室から一階のエントランスへと駆けつけた関川と鈴原が目にしたのは、文字通りの地獄だった。ロビーは爆風によって完全に吹き飛び、黒焦げた瓦礫の山と化している。当直窓口の近くには、持ち主を失い、丸焦げになった柳瀬の警察手帳だけが無残に転がっていた。
「誰が、こんな真似を……ッ」
関川が奥歯を噛み締めたその時、瓦礫の陰から若い署員・吉田が這い出してきた。足首を骨折している吉田は、苦痛に顔を歪めながらも、関川たちに信じられない報告をした。
「田中と鈴木が……さっきあの自爆した少年を連れてきた、男二人に事情聴取するとかで、二階の別室に行きました……。あの二人、階段を上がるときにコートを脱いだんです。そしたら……『緑色のフードを被ったパーカー』を着ていて……」
その言葉を聞いた瞬間、関川の頭の中で最悪の線が繋がった。
自爆したあの少年はただの陽動。署の入り口を吹き飛ばして警察の意識を一階に釘付けにさせ、緑のフードの男たちは二階から悠々とこの署を制圧する気だ。
「俺が二階の別室に向かう! 鈴原、お前は奥の取調室に戻って栗原の警護に当たれ! いいか、扉に鍵をかけて絶対に開けるな!」
関川は拳銃を引き抜き、崩れかけた階段を駆け上がった。
二階の廊下は不気味なほど静まり返っていた。一番奥の『第二事情聴取室』。半開きになったドアを蹴り開けた関川が見たものは、血だまりの中に沈む、二人の女性警官――田中と鈴木の姿だった。
「……ッ! 田中! 鈴木!」
関川は即座に銃を構えたまま部屋に踏み込み、二人の首筋に二本指を当てる。
……脈はない。息もしていなかった。二人とも、正面から左胸を正確に撃ち抜かれていた。揉み合った形跡も、逃げ出そうとした形跡すらない。一階での巨大な爆発音が鳴り響いたまさにその瞬間、音に驚く二人の隙を突いて男たちが隠し持っていた銃を抜き、正面から処刑したのだ。
「……だが、傷口がおかしい」
関川は血に濡れた床に落ちていた、歪な金属の薬莢を拾い上げた。
遺体の胸に開いた銃創は、プロの暗殺兵器のものではなかった。弾道がブレ、肉が乱雑にえぐれ、服が焦げている。
「鉄パイプとバネで作られた……『手製の銃』か。発砲音は一階の爆発音で掻き消したってわけか」
金で雇われた殺し屋などではない。この泥臭く、しかし確実な殺傷力を持った武器は、何か途方もない「私怨」と「執念」によって作り上げられた狂気の産物だ。関川は血に濡れた手で銃のグリップを握り直し、無言で廊下へと飛び出した。
同じ頃、一階の奥にある取調室。
エントランスでの凄まじい爆発を目の当たりにして駆け戻ってきた鈴原は、分厚い鉄扉をバンッと勢いよく閉め、息を切らした。
「……爆発したんだってな」
パイプ椅子に座ったままの栗原が、静かに問う。
「はい。入り口のロビーが吹き飛びました。十八歳くらいの少年が、体に巻き付けられた爆弾で自爆したらしいんです」
「……十八歳の、少年……?」
その単語を聞いた瞬間、栗原の表情から一切の感情が抜け落ちた。
「おい、鈴原。……さっきの銀行の爆弾のタイムリミット、俺たちが止めなかったらどうなってた?」
「は? ええと……タイマーの進行が倍速になったので、本来の時刻より二十年……いや、およそ『二十一分』早く爆発していた計算になりますが……」
十八歳。
二十一。
すべてのピースが、栗原の脳内で不吉な一つの像を結び始めた。栗原は両手で顔を覆い、何かひどく恐ろしい記憶を辿るように目を見開く。
「……まさか。そんなはずは……」
「栗原さん?」
突然顔面を蒼白にして絶句した栗原。その異常な様子を覗き込むように、鈴原は数歩進んでパイプ椅子に歩み寄った。その時、鈴原は入り口の重厚な鉄扉に、完全に背を向ける形になっていた。
(極限のパニックの中、鈴原は刑事として致命的なミスを犯していた。関川から「鍵をかけて絶対に開けるな」と厳命されていたにも関わらず、扉を閉めただけで、肝心の『サムターン(内鍵)』を回し忘れていたのだ)
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、コツ、コツ、と静まり返った廊下から確かな足音が取調室に向かってくるのが聞こえた。
「……関川さん、ですか?」
鈴原が怪訝に思い、背後を振り返ろうとした、まさにその瞬間。
ガチャリ、と鍵のかかっていない鉄扉が開き、音もなく室内に滑り込んできた「何者」かの太い腕が、背後から鈴原の首を万力のように締め上げた。
「ぐっ……!?」
鈴原が声を上げるよりも早く、その後頭部に、歪で冷たい金属の筒――手製の銃の銃口が、ピタリと押し当てられた。




