清浄の雷
「……神域に在りし……うっ……! がっはっ……!」
「ハル!!」
口の中に血がこみ上げて来てまともに詠唱も出来ない。なくても出来るがより強固な魔法で挑まなければ、もどきとは言え、ミゼールの清浄の雷を防げない。
「ねぇハロルド、久しぶりじゃない……。どうして私達を裏切って出て行ったのか、会えたら散々罵ってあげるつもりだったのよ、私……」
そう言うニナがニナだと気付くのに、ハルは時間が掛かった。その赤毛は間違いなくニナであったが、記憶の中のニナとはあまりにも人相が違ったからだ。
「ニナ……、どうしてこんな……」
「でもあなたが研究を続けていたんだって分かって全部どうでも良くなったわ! 私、今は嬉しいの!」
きっとそれは、ニナの心からの言葉だった。
「さぁ早く……抵抗してみせてよダナ、それともハロルドが主だから愛しのミゼールの雷に焼かれたいの? そんな筈ないわよね、あなただって見たいでしょうハロルド? 見たくてたまらないでしょう……?」
相変わらず落ち着いた口調だが興奮が隠せないニナ。鼻息も荒い。
するとミゼールの身体から、あの時よりも一層太く輝く閃光が上空へ放たれた。ビリビリと空気を震わせながらまだ放たれ続けているではないか。それを満足そうに眺めてニナは目を細める。
「どうしようハル……あの時見たのよりずっとヤバそう……。こっちは……このままじゃ中途半端な結界しか出来ないんじゃない?!」
そう言って見たハルはただ苦しげに胸を上下させているだけで、こんな状態のハルにまるで責めるような口調になってしまった事をリアンは悔やむ。
「ああもう良いわよ分かったわ! あたしにとりあえずの結界だけ施して! ミゼールに近付けるだけの結界で良い! そしたらあたしミゼールにナックルアローパンチをぶっ込んでみるから、ハルはミゼールが転んだところを……」
ぜぇぜぇと荒い息を吐くハルに、リアンが現実味のない作戦を懸命に説明する。もちろんリアンはいつだって本気だ。
「……ってのはどう?! 聞いてたハル?! ハ……!」
おかしなところでリアンの言葉はぷっつり途切れた。
「ルシェ……!」
「あ……」
ハルはただ吐息を漏らし、ルシェがむくりと起き上がったのを見詰める。
そう、まだ胸から光の粒が出ているが、おもむろにルシェは立ち上がり、上空で今にも落ちんとする巨大な魔力の雷に視線を投げたのだった。
パチリ……パチリ……。
そしてミゼールと同じ様に、青い雷を纏うとその数を増やしていく。
「まさかルシェ……あなたも清浄の雷を……」
「ああ……ああ、ダメだルシェ、傷付いた身体でそんな事しちゃダメだ……」
胸から溢れていた光の粒は、ルシェが雷を纏うとさらに勢い良く、まるで血の様に撒き散らされている。それを見たハルがそう言ってルシェを止める言葉を掛けるが、ルシェは纏った青い雷を目の前に凝縮させた。ミゼールが空へ放った一筋の閃光、それをそのまま自分の身体に維持している様な格好だ。止める気は無い様らしい。
視線はずっと、ミゼールが放った上空の巨大な魔力の渦だ。細い顎を上げて見続けている。
「まさか……空に向かって撃つと言うの……」
ルシェが起き上がったのを見て、そうよそうよと顔を紅潮させて喜びを露わにしたニナだったが、ルシェの視線の先と、空へ放たれる筈の魔力がルシェに留まっているのを見て目を血走らせて絶望した。
「そんなバカな、無理よいくらなんでも……!」
魔女ダナの代名詞である雷の魔法だが、そもそも、それは大気に散らばる魔力を掻き集めて放つものなのだ。だからミゼールは空高く魔力を放出し、上空で巨大な雷を精製して落とす。
ルシェにその動きが見られないと言う事は大気の魔力を利用しないと言う事だ。
「よく見ればまだ傷もふさがっていない……。嘘よこんなの、あんまりじゃない……。せっかくここまで来たのに……ようやくダナの雷が見られると思ったのに……出来損ないのミゼールの雷で死ぬ……なんて……え……嘘よ、あり得ない……あ……ああ……ダナ……!」
何だかんだと言い続けているのは、もうニナだけだ。
そして最初の弱気な言葉、それはだんだんと希望に変わっていった。ルシェの、大気の魔力に頼らないルシェ自身の魔力で精製された雷が、ニナの想像の範囲を軽く超えていたからである。
リアンもハルももう見守るしか出来ない。ルシェが止まらない事を悟ったから。
「超えて来るのねダナ! 私なんかの想像を……あはっ……! あはははは! 超えちゃうんだぁ! 超えてっちゃうんだぁ~! あはははは……!」
「……はっ」
「伏せてリアン!」
美しい金属音。真っ白になる視界。一瞬の静寂。あの時と同じだ。
ただあの時は、ミゼールの雷とハルの障壁がぶつかって、それから凄まじい衝撃音が鳴り続けていた。ハルの障壁が耐えられなくなるまでずっと。
今回は違った。
ミゼールの雷が落ちた瞬間に、タイミングを合わせてルシェがその小さな身体から直接雷を上空へ放った。
ルシェを中心に放射線状に衝撃波が広がり、近くに居たリアンとハルは首がもげそうなくらいだ。
そして……、二つの雷が空中でぶつかり合うと、音もなくミゼールの雷が消えた。音もなく、だ。それでもなお、ルシェから放たれ続けている雷は止まらず空へと注がれ続け、そのせいかゴゴと大地の揺れる音はする。
「な……あ……」
ミゼールとルシェに圧倒的な差があるのは明白だった。
「ああ……ああ……あはははっ……あはっ! はははははは!」
ルシェの身体から放出され続けていた雷は収束し、大地の震えも収まった頃、ニナは壊れた様に笑い続けた。
「すごい……! すごぉい……! すごいよぉおおお! ハロルド知ってたのぉ?! 本物のダナがこんなにすごいってさぁぁ! ねぇ! もう一回! もう一回やってよ! だって私! これが見たかったのよぉ!!」
ニナが、らしくない大声を撒き散らしている。
「早く! ミゼール!」
面白かったからもう一回、まるで子供の様な思考回路で、もう一度ミゼールに雷を纏わせるニナ。
それを見たルシェもまた、まるで条件反射の様に同じ事をする。穴の開いた胸から出ていた光の粒はなくなっていた。だが胸がふさがったのではない。傷に回していた魔力を使おうと言う事だ。




