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フェイクウィッチ  作者: 焼肉一番


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遅れて来た男

 何も映さなくなったルシェの瞳を見て、そうか、そうだったのかと、リアンの目から涙が溢れて止まらなかった。ルシェはいつだってハルを信じていた。ダナ教で鳥かごに閉じ込められているより、きっとハルは愛情深くルシェに接してくれたのだろうと思う。


「する……、するわよ……元から可愛いけど……もっともっと、うんと可愛くしてあげるから……」


 そう言うとリアンはルシェの手を握ったまま地面に突っ伏してしまう。


「ああっ、魔女ダナ……! 伝説の魔女ダナ!」


 やたらとニナの高揚した声が聞こえる。リアンは両足を折られ、ルシェも胸を貫かれた。もう終わりだ。ニナの見たかった完璧なデュナミスを使ったダナはもう終わったではないか。

 そう思って顔を上げると、貫かれたルシェの胸から血と一緒に出ていた光の粒がその胸の傷を癒している様だった。


「はっ……なに……??」


 気を失っているルシェの意志とは当然関係ない様だ。デュナミスが人の自我を奪うと言うのなら、これもデュナミスの力と言えるだろう。


「なんって素晴らしいのでしょう……。ねぇ……早く……早く見せて……清浄の雷を見せて……私を焼いて……」


 ミゼールの身体からまた、ルシェを貫いた光の槍が現れて飛んだ。

 全部の矛先がぐるりと一斉にルシェに向く。


「早く……」


 ミゼールが主の気持ちを汲み取って行動しているのなら、このニナの狂った願いと、ミゼールの行動は、相反するものなのか、はたまたこれで正しいのか。今光の槍はルシェを挑発する様にミゼールの周りを回っている。 


「くっ……!」


 リアンは少しでもルシェを守ろうとその小さな身体に覆い被さった。例えただの通過点に過ぎなくても、そうせずにはいられなかった。

 まるでミゼールの意志とは関係ないみたいに、何の合図も予兆もなく、突如猛スピードで槍が迫る。

 ギュッとその両腕に力を込め、せめてと黒い翼を広げる。その衝撃に備え奥歯を噛み締めたが、その光の槍は目の前で……、まさにリアンの顔ギリギリのところでぴたりと止まり、弾けて消えた。緑色の障壁に阻まれて。


「これは……!」


 ――ハルの結界だった。

 後方から、蹄の音が近付いてくる。見ると、ニナから借りた馬に跨るハルが勇ましく手綱を握っていた。乗馬の腕はリアンよりは上らしい。肩にはさっきまでリアンが使っていたのと同じようなカバンを下げている。中はきっと解毒薬だ。


「ごめん……! 遅くなったっ!」


「遅い……遅いわよ、ハル……!」


 まだ離れたところから叫ぶハルにリアンはそう呟き、少しだけ心強い気持ちになるが……、状況が一気に好転するとも思えない。どうにかして解毒薬をミゼールに飲ませたいが、なにせ両足が動かないのだ。


「ハロルド……!!」


 ニナがそう叫ぶのと同時に、ミゼールはハルに襲い掛からんと飛び出していた。これもミゼールの暴走なのか、自分を裏切ったハルに対するニナの怒りなのか分からない。両方かも知れなかった。


「……!!」


 ハルは咄嗟にカバンに手を突っ込む。リアンは折れた足を前に出そうとして転ぶ。ルシェはまだ胸から光の粒を出して目を閉じたまま……。

 何一つ、ミゼールのスピードに間に合わなかった。


「がはっ……!」


 ブレーキの壊れた力で思い切り突き出されたミゼールの腕。強化された、いかにも魔女らしい硬く鋭い爪はハルの脇腹を深く抉る。


「ハル?!」


 あまりに一瞬の事で、何が起きたのかリアンには分からない。

 そのままなす術もなく落馬したハルは、勢いの収まらないミゼールに馬乗りにされた。抉り取られた脇腹からどくどくと流れ出す血が二人を染めていく。


「がああう……!」


 まるで獣の様になったミゼールは、威嚇なのか、何かを訴えたいのか、口から涎を垂らしながら吠える。


「さぁ……ミゼール……」


 脇腹を抉られても、落馬しても決して離さなかった手中の解毒薬を、いつのまに蓋を外していたのか、ハルは素早くミゼールの口へ突っ込んだ。


「んぐっ……?!」


 思いがけずすっぽり瓶が口にハマったミゼールは面喰らってハルの身体に跨ったまま上体を起こす。


「飲んじゃダメよミゼール、あなたにはダナから清浄の雷を引き出してもらわなきゃ……」


 決してミゼールに届く声量ではなかったが、やはりそれにピクリと反応してしまうミゼール。ちらりとニナの方を見て口にハマった解毒薬の瓶を吐き出した。いくらかは減っているがほとんど零れただけだろう。


「はっ……! はっ……! はぁっ……!」


 血と共にハルの判断力が流れていく。

 それは本人も自覚していたが、ハルはすぐにまたカバンに手を伸ばした。その顔は脂汗にまみれている。


「……っ!」


 しかし、その手が瓶に触れる事はなかった。低空飛行のリアンがミゼールの下からずるりと、掻っ攫う様にハルを抱き抱え飛び去ったのだ。


「なっ……! リアン! 離してくれ! 僕はっ……、ミゼールにっ……ごふっ……!」


 ハルの訴えは自身の吐血で遮られる。


「あんた……それ……!」


 助けなければと突っ込んだリアンだったが、ハルの怪我の状況を目の当たりにしてギョッとした。果たして内臓は無事なのかと。


「大丈夫……大丈夫だよ、これくらい……それより、ミゼールに……」


「バカッ!! 大丈夫な訳ないでしょ! 引くくらい血ぃ出てるわよ血ぃ!」


 ハルはそう言われて自分の脇腹に視線を合わせ、思わずハハと乾いた笑いを漏らした。リアンからしてみれば全く笑い事ではない。

 ハルを攫われた形のミゼールは、無表情にハルを抱えるリアンの後ろ姿を見送ったが、すくと立ちあがった。そして口を真一文字に結んだままいつかの様にパチリパチリと青い雷を纏いだす。


「リアン……、ルシェの……近くへ……」


 何が始まるのかすぐ理解したハルは脇腹を抑えながらリアンに言った。


「分かってる! うわぁっ……!」


 飛ぶのにも、何かしらで足は使っていたのだなとリアンは思い知る。何とかバランスを保っていたがルシェのすぐ近くでとうとうハルを落として自分も胸を地面に打ち付けた。


「ごめん!」


 乱暴に落とされ、脇腹を押さえて蹲るハル。リアンは這いずってハルに近付き、すぐ自分の服の肩から先を引き裂いてハルの脇腹に巻き付けた。あっと言う間に赤く染まるがないよりはマシだろうと信じて。

 ハルの方はそうされながら障壁用の詠唱を始める。どうにかこれを防いでミゼールに解毒薬を飲ませたいのだ。

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