人でなし
「あうっ……!」
足を取られて尻もちを付く。
「今です!! カバンを!!!」
「ダメ……!!」
出来損ないの集団をこんなにも有効活用出来るフロディは、間違いなく仕事の出来る男だろう。まさか魔女たちとカバンの奪い合いになるなんて思ってもみなかった。
このカバンを奪われたら……リアンはこの可哀想な魔女たちを殺すしかなくなる。
「返して……! 絶対にダメよ……!」
リアンはカバンを抱えて抵抗し、魔女は肩に掛ける紐部分をグイグイ引っ張る。ミシミシと嫌な音がしてとうとう紐の部分が切り裂かれてしまった。
「ああっ……!」
大事なカバンを手放すわけにはいかない。肩に掛けられないので両手が塞がってしまった状態だ。たったあれだけの……肩に掛けるだけの紐がとてつもなく重要だったと思い知る。
何とか片手でカバンを抱え、片手で小瓶を取り出したが、どうにも今までの様には行かなくなった。
「ああん、もぉ~~!」
イラつきながら乱暴にカバンに手を突っ込むと、小瓶とは違う物を掴んだ。
「……?」
取り出してみるとそれは、ハルから薬を受け取った時一緒に渡されたものであった。ろくに説明も受けずに飛び出して来てしまったが、先端のカバーを外してみると、どうやらそれは極太針の付いた注射器だ。
「うわぁ、こんなの刺したら痛そう~」
同情する様な言葉だが、リアンはニヤリと笑っていた。
カバンに入ったままの小瓶のコルクにそれを突き刺し、中身を抽出する。そして襲って来た魔女をひらりとかわし、その背中に思い切り注射器を突き入れた。
「あがあああああ!」
すぐに効果は現れた。口から飲ませるよりも覿面だ。しかも口を閉じていようが関係ない。背後からも狙える。
「何よこれ! こんな良い物があったわけ?!」
どうやら勝手に難易度を上げていた様だと気付いたリアンは途端に元気になった。
「ほらっ! 正気に戻って! あなたも……! あなたもよ!」
魔女になってパワーアップした持ち前の運動神経で、一人、また一人、注射器を突き刺しては着実に人に戻していく。
「怯まず戦いなさいダナの子らよ!!! 我々には大勢の仲間が居ます!! 何故なら正義は我らだからです!! アールヤ!!!!」
フロディの言葉通り、怯まず襲い来る魔女たち。
普通なら躊躇するところで足を振り切る。腕をぶん回す。自分の身体を壊しても加減と言うものを知らないのだ。
その調子で襲って来られても数は減ったが……、残ったのはフロディの命令をそこそこ聞ける者たちだ。
「チィッ……! 良い子達だこと!」
見た目もかなり……化け物よりは魔女寄りだ。
それに、問題はまだ残っている。どうも魔女の数に対して解毒薬が足りない……。
「はぁっ……はぁっ……」
状況がどんどん最悪になって行くと、さすがのリアンも疲弊した。そしてリアンの息が上がったのを、フロディは当然見逃さない。
「全員で掛かりなさい!!!」
フロディの号令で魔女たちがリアンに飛び掛かる。
リアンは何とかその中の一人に注射器を突き刺したものの……、全員に飲ませるには至らず、カバンを落とし、両手足を地面に押さえ付けられてしまった。
「う……ぐ……離……せ……!!」
大勢の魔女に力任せに押さえ付けられ、頭を振って抵抗してみるが、その頭もガシリと地面に叩き付けられた。注射器も手から零れ落ちてしまう。同じ目線には、肩紐部分が千切れて、もはや肩掛けカバンとは言えなくなった物が落ちていた。
ああ、よく見るとこれは手作りだ。きっとルシェが縫ったんだろう。そこに、ハルが一晩中掛けて打開策の薬を作って入れてくれたのに……。
「これをミゼールに……死んでも飲ませるって約束……したのに……う……ぐ……」
諦めてなるものかと身体に力を込めるが、ブレーキの壊れた魔女の力に抗えない。視線はずっと解毒薬の入ったカバンだ。
と、そのカバンの横にずんとフロディの足が現れる。リアンを完全に拘束したと見て馬から降りた様だ。そして、カバンに手を伸ばす。
「くっ……! 触るなクソッ! クソッ……!」
カバンから小瓶を取り出したフロディに、這いつくばりながらそう言うリアン。それをフロディは虫けらを見る様な目で見下した。
「あなたは本当に下世話で野蛮な人種の様だ」
やれやれとしゃがみ込んでリアンに近付くと、頭を押さえ付けていた魔女に退けと命じる。首が動くようになったリアンは精一杯頭を持ち上げてキッとフロディを睨み付けた。
「下世話で野蛮で結構よ! 人でなしよりはね!!」
「……人でなし??」
さも心外そうな、不思議そうな顔をしてフロディが首を傾げる。
「人でないのはお前だろうリアン・アミット。背中からそんなものを生やして……伝説の魔女に憧れたか? 偽物の、哀れな魔女めが」
「偽物なのはあんたでしょ! ダナ教は全部偽物よ! そこの司祭だなんて言って威張ってるのは偽物中の偽物よ! うがぁっ……!」
感情に任せて声をあげるリアンの鼻をギュッと摘まんで、フロディが力任せにリアンの頭を持ち上げた。
「いだだだ……!!」
「鳴くな哀れな偽魔女よ……今、楽にしてやる……」
「……っ!!」
片手でリアンの鼻を摘まみながら、もう一方の手でさっき拾い上げた解毒薬の蓋を親指だけで器用に開ける。
「さぁ、化けの皮を剥がすぞ」
哀れっぽくリアンを見ていたフロディの顔が、ニッタリと嫌らしい笑みでいっぱいになった。無理矢理リアンの口を瓶でこじ開けて中身を流し込む。瓶の縁が前歯に当たってカチカチ音が鳴った。
「んぶっ……んくっ……!」
「ククク……ただの小娘に戻ったところを、俺がなぶり殺しにしてやる……!」
嗜虐的な興奮がフロディを満たす。




