その者に天罰を
リアンの瞳よりも禍々しいその赤はまるで血の様で、背中から生え出た黒い翼はどこかいびつだ。しかし、満月よりも明るく光る銀髪は相変わらず美しく儚げで、それがミゼールだと証明している。
「どうして……!! ミゼールどうして!!」
ハルは取り乱し、リアンの腕をよじ登ってミゼールに近付こうとした。
「ちょっ……暴れないでハル!」
「あー?」
壊れたおもちゃの様に、カクンとミゼールの首が曲がって、そこにぶら下がっているハルを見る。
「ミゼール……! あ……ああ……、なんて事……」
その目がちゃんとハルを映しているのか、定かではない。
けれどミゼールはまるで確かめる様に、ふわりとハルのところまで身体を下ろすと、さっきリアンにした様にギリギリまで近付いてハルを見詰めた。
「……」
手が伸びてハルの頬に触れる。ハルはその手を取ってもっと自分に押し付けた。
「ほら、僕だよミゼール……、もう……分からないかい? ミゼール……!」
まるで縋る様にミゼールにそう声を掛け続けるハルだが、リアンは今にもこの場から全力で逃げ去りたいくらい恐ろしかった。これはミゼールだけれどミゼールではない。可哀そうな、自我を失った魔女である。何をしてくるか予想は出来ないが、とても味方だとは思えない。こうして傍に居るだけで震えてくる。
「ダナよ!!」
突然の大音声に前方を見ると、鐘塔のバルコニーにダナ教司祭、フロディ・スラが立っていた。その後方には赤い髪の女性が見える。ニナだ。
そしてフロディは馬鹿みたいに必死な形相で唾を撒き散らしながら叫ぶのだ。
「ダナよ!! 望み叶えし我がダナよ!!」
「う……」
その声が届いたミゼールは身体をこちらに向けたまま首だけぐるりと真後ろに向けて声の主を確認した。
「いっ?! 首が……」
「ミゼール……! ミゼール……!」
ハルは頬に触れたままのミゼールの手を両手で握って必死に名前を呼んだ。ミゼールにデュナミスが投薬されたのは明らかだ。そして与えたのはフロディだろう。だとしたら……。
「その者に!! 天っっ罰を下したまえぇぇぇーーー!!」
まるでフロディ自身も何かの薬を使っているみたいに、箍が外れた大声でそう言った。
その声は嫌でもミゼールの耳に入る。
「あうー」
フロディの声に対する返事だったのか、ミゼールは赤子の様な声を出した。そしてまたぐるりと首を回転させると……、骨がずれたせいで首を傾げたままパチリと全身に雷を纏った。
「えっ……」
バリッ……!!
瞬間、辺りを青い光が覆ってリアンとハルは弾き飛ばされる。
「きゃっ……!」
「うわぁっ……!」
リアンは翼を広げて空中で踏み止まり、手を離れてしまったハルを探すと、ハルはもう地面に叩き付けられる寸前だった。
「ハル……!!」
ハルの落下速度より素早く飛んで回り込み、ギリギリのところでキャッチ……と行きたかったが、さすがに上空から落ちて来る成人男性を支え切れるほどのパワーはなかった。ハルの真下に両手を伸ばしたが結局ハルと地面の間に身体を潜り込ませただけだ。それでも衝撃は吸収され、幸い大きな怪我には至らなかった。
「うっ……ぐぐぐ……大丈夫……?」
「リアン! 君こそ……! なんて無茶を」
ハルの体重と、レンガで舗装された地面に潰されたリアンの腕は擦り剥け程度で済んでいた。代わりにレンガの方が粉々だ。やはりリアンの頑丈さはかなりデュナミスで強化されている。
「平気、それより見て」
腕に付いたレンガの欠片をパラパラと払いながら、リアンが顎を上げる。リアンの視線の先には不思議そうにこちらを見下ろしているミゼールが浮かんでいた。そしてその後方には興奮した様子のフロディがバルコニーから身体を乗り出しているのが見える。
「おおおおお!!! ダナよ! 天罰を! 天っっ罰をー!!!」
「~~~~うっさいなぁあいつ! ねぇ! あいつがミゼールを動かしてんのよねぇ?!」
「ああ、おそらく……」
ハルの返事は最初から待っていなかったらしい。リアンは飛び上がると、こちらを見下ろしていたミゼールを通り過ぎ、一直線にバルコニーで吠えるフロディに向かって行った。
「あいつがミゼールに……ハルを待っていたミゼールに無理矢理デュナミスを飲ませたんだ……! 許せないっ!」
フロディに、ダナの子と呼ばれて浮かれていた自分が情けない。あんな奴の為に自分はハルから奪ったデュナミスのレシピを渡してしまった。あの時の満足そうなフロディの顔が思い出されて胸がムカムカする。それ以上に自分にムカムカする。一発顔に入れてやらないと気が済まない!
「うおあああああー!!」
リアンは気付かなかったが、バルコニーに向かって飛んで行くリアンに向かって、ダナ教の兵士達は弓矢や魔術でフロディ司祭の元へ行かせまいと攻撃を加えていた。しかし、そのスピードは普通の人間には捕らえられず、止めるどころか掠りもしなかった。
ぐんぐんフロディの憎たらしい顔がこちらに迫って来る。思い切り利き腕を引き絞って、真っ直ぐ突き出せばもうフロディの間抜け面に届くだろう。その後は勢い余ってバルコニーに突っ込みそうだが、もう止まれない……!




