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4 寄宿舎の朝


 ――チョークが黒板を走る音。

 乾いた音が、冬の教室の冷たい空気に吸い込まれていく。

 煉瓦造りの壁の隙間から細い光が差し、埃の粒が金色に舞っていた。


 ストーブの火はまだ入らず、吐く息が白い。

 前列の席で、少年がノートに細い字を並べている。

 黒髪が額にかかり、指先がわずかに震えた。

 ――寄宿舎の朝が、また始まった。


 鐘が鳴り、授業が終わる。

 十二歳の少年エドガー・レイブンズは静かにノートを閉じ、机の上を整えはじめた。


「見ろよ、これ!」

 弾けるような声が教室に響く。

「やめてよ! 返して!」

「“妄想ノート”だってさ! なんだって? 初代国王の隠し遺産のありか? それがこの寄宿学校に隠されてる、だとよ!」


 背が高く体格の良い金髪の少年――シェイド・カーマインは、一冊のノートを高く掲げて笑っていた。

 その腕にしがみつき、必死に取り返そうと跳ねるのは、赤茶のくせ毛に真鍮の眼鏡の少年、トマス・リンデル。


「隠し遺産がある理由まで書いてあるぜ! んなもんあるわけねぇだろ!」

 教室のあちこちから、嘲るような笑い声が上がった。

「あるよ! 遺産は絶対にある! ノートを返せっ!」

 シェイドは仲間にノートを投げる。ノートは手から手へ渡り、トマスは泣きながらそれを追う。


 エドガーはその様子を横目に、小さく息を吐くと、次の授業の準備に取りかかった。

 寒さで少し赤くなった指先をそっとさすり、深緑のジャケットの袖を引いて手を覆う。気休めだが、それだけで少し暖かい気がした。


 窓の外には霧が立ちこめ、寄宿舎を囲む石壁の向こうに、木々の影が滲んで見える。

 群青の瞳に朝の光が差し、襟足ほどの黒髪が青く艶めいた。


◇◇◇


 昼食をさっさと済ませたエドガーは、本を脇に抱えて中庭を歩いていた。

 ほとんどの木は葉を落とし、枯れ芝の上を白い霧が漂っている。

 そんな中庭のベンチに、目を真っ赤にしたトマス・リンデルが座っていた。

 ノートを胸に抱え、赤と茶のチェックのマフラーに顔を埋めている。


 エドガーは静かに彼の隣に腰を下ろした。


「秀才のエドガー・レイブンズじゃないか。君も僕を笑いに来たの?」

 しゃくり上げる声に、エドガーは眉をひそめた。

「僕がそんなことに時間を使うと思っているの?」

 トマスの薄茶の瞳が見開かれる。

「……君って、もっと大人しいのかと思ってたけど、意外ときついね」

「そう? ねぇ、“妄想ノート”を僕にも見せてよ。面白そうだ」

「バカにしない?」

「しないよ。約束する」


 おずおずと、指先が赤くなった手でノートが差し出される。

 エドガーはそれを受け取り、頁をぱらぱらとめくった。

 文字はぎっしりと詰まり、ところどころに地図や絵が描きこまれている。


「ねぇ、トマス・リンデル。なぜ遺産がここにあると思ったの?

 彼が生きた千年前、このあたりはまだ森だったはずだよ」


「初代国王アーサー・ヴァレンタインは、国を平定したあとも旅を続けたんだ。

 その時に作った小さな礼拝堂や祭壇は地図に載ってない。

 だから、実際にどこを歩いたか記録がないんだ。

 この辺りは森だけど、湖もあって開けてる。

 旅の途中に立ち寄ったとしても、おかしくないだろ?」


 エドガーの群青の瞳が光を帯びた。

 青い炎のような輝きに、トマスは思わず息をのむ。


「いいね。理にかなってる。僕にも手伝わせてよ。遺産探し」

 黒髪の少年が身を乗り出すと、トマスは反射的に身を引いた。

「え? えっ……? えっ!」

「何回“えっ”て言うの。もうすぐ鐘が鳴る。教室に戻ろう」

 エドガーはノートを握らせ、本を抱え直して立ち上がる。

「本当に? 一緒にやってくれるの!?」

「早く行くよ」

「エドガー! 嬉しいよ! 僕――」

「僕もう行くからね」


 ベンチに座ったまま、トマスは体を丸めて「わぁ!」と声を上げた。

 エドガーは肩を竦めると、先に教室へ向かった。


 霧の中に鐘の音が鳴る。

 冷たい風が頬をかすめていった。

 もうすぐ冬が来る。




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