5 図書室の夜
5 図書室の夜
夕食後の自由時間、図書室には紙と蝋燭の匂いが満ちていた。
並んだ書架の隙間から灯りがこぼれ、金文字の背表紙が淡く浮かび上がっている。
ぽつぽつと座る生徒たちの紙をめくる音。
奥の窓から覗く白い月だけが、楽しげに瞬いて見えた。
最奥の棚の間で、二人の少年が並んでノートを覗き込んでいた。
「目星はつけてるの?」
「まだない」
エドガーは眉をひそめる。
滲んだ月明かりが黒髪を青く照らし、トマスの柔らかな赤茶の髪もほのかに赤く揺れた。
「どこまでつかんでるの?」
「……何も?」
「えぇ……」
少年エドガーは窓を見上げる。
枯れ木の枝が風に揺れ、一つだけ浮かぶ月は二人を静かに見守っていた。
もう一度、トマスのノートに視線を落とすと、エドガーは腕を組んだ。
「僕は昔の地図を探して読み直す。
トマスは初代国王の伝承を調べて。やみくもに探すより、情報はあったほうがいい。――それから、寄宿舎の構造も調べよう」
トマスは鉛筆を握り直し、ノートに“やることリスト”を書きつけていく。
「君、鉛筆の持ち方が変じゃないか?」
「方針決めだけじゃなくて、鉛筆の持ち方まで教えてくれるの? エドガー、君は頼りになるね」
「なにそれ、嫌味?」
トマスは顔を上げて笑った。
「ここは図書室です。静かになさい!」
「すみません!」とエドガー。
「ごめんなさーい」とトマス。
司書の叱責に、二人して舌を出す。
それからまた、声を潜めて作戦を練った。
トマスのノートはすぐに文字でいっぱいになり、手をこすりつけて書く癖のせいで袖口まで黒く染まっている。
エドガーはそれを見て、小さく笑う。
「君はシャツがいくらあっても足りないね」
「僕のシャツはどれも汚い。休暇のたびに母さんに怒られるんだ。シャツが汚れるのが鉛筆の持ち方のせいだとは思ってなかった。エドガー、君は僕のヒーローかも知れない」
エドガーは思わず声を上げそうになり、慌てて口を押さえた。
二人は肩を震わせ、声を殺して笑う。
ランプの灯り。
窓枠に風が触れ、小さくカタリ――と鳴った。
その夜に吹いた風は、きっといつもより温かかった。
自習時間や自由時間には課題をできるだけ早く終わらせ、二人は地図と伝承を読みあさった。
「本当にこの辺りは、昔は森と湖しかなかったんだね。しかも、湖は二つ並んでた」
エドガーが人の少ない図書室の机に古地図を広げ、その上に新しい地図を重ねる。
千年前の地図は見つからなかったが、古地図と現代の地図を突き合わせることで、少しずつ形が見えてくる。
「今もある大きな湖と、昔にはもう一つ小さな湖があったんだね」
トマスの人差し指が、かつての湖をぐるりと囲んだ。
「千年前はこの二つに分かれてしまった湖が一つになっていて、もっと広かったかも知れない。これほどの湖なら、初代国王が立ち寄っても不思議じゃない」
「エドガーもそう思う?」
「うん。遺産がなかったとしても、彼がここを訪れたと思うとワクワクする」
「遺産はあるよ!」
二人は顔を上げて、目を合わせる。
「……そうだった、ごめん」
エドガーが眉を下げて謝ると、トマスは首を振り、赤茶の髪がふわりと浮いた。
「君は半信半疑なんだね」
「……まあね」
「でも一緒に探してくれるんだ」
「こんなに面白いこと、そうそうないから」
群青の瞳と薄茶の瞳が交わり、二人は声を出さずに笑い合う。
ある日は階段を一段ずつ調べた。
自分たちより前に遺産の存在に気づいた卒業生が、何かの印を残しているかもしれない。
そんな根拠のない話でも、二人は真剣だった。
またある日は、天井の傷を暗号と考え、写し取って解読に挑んだ。
また別の日には、裏庭の茂みを少し掘ってみたりもした。
エドガーにとって遺産などどうでもよかったが、二人で探し回るその日々が、純粋に楽しかった。
ある日も――
自習時間を抜け出し、二人は裏庭の木を登った。
大きな、夕陽が見える。
古地図に描かれていた湖は、今はもうない。
寄宿舎を囲う石の塀の向こうには、草原と、もっと向こうには森が広がっている。
それでも、確かにここにあったのだと二人には信じられた。
心の中の水面に、霧に滲んだ赤い陽が弾け、その光が少年たちの横顔を照らす。
茜に染まる空は、二人の頭上にどこまでも広がっていた。
冬の森に夕陽が触れ、それはやがてのまれていく。
「……きれいだね」
「うん」
二人は太い枝に並んで腰かけ、陽が沈みきるまで、黙ってその景色を見つめていた。




