3 霧の遺産
裁定院近くに建つ“ミルフォード・ティールーム”。
エドガーは給仕に軽く会釈して、いつもの席に腰を下ろした。窓の外では乾いた風が霧を晴らし、澄んだ青い空がよく見える。
金に染まる木々から葉が落ち、行き交う人々や馬車を彩どるようだった。
すぐにささやかなドアベルの音が鳴る。赤茶の柔らかい髪を揺らしながら、店内を見回す真鍮の眼鏡をかけた男。
エドガーは彼に小さく手を上げた。
こちらに気付いたトマスは、子どものように無邪気な笑顔を作ると、エドガーの前に腰を下ろす。
「もうすぐ祭りでもあるのかい?」
「収穫祭があるんだ」
「そうか。このあたりを散歩していたんだが、楽しそうな喧騒があちこちからしてきた」
トマスは席につくなりノートを開いてエドガーに見せる。
「これは?」
「地図を描いていたんだ。都会だから、あまり宝は埋まっていなさそうだ」
茶色の瞳が相変わらず光を集めて瞬くのを見て、エドガーは目を細めた。
「相変わらずだな」
ノートを受け取る。給仕がやってきて、エドガーの紅茶とサンドイッチを静かにテーブルに置いて行った。ベルガモットの香りが鼻をくすぐる。
「絵がうまくなったんじゃないか?」
「積み重ねの賜物だろう」
ふと、ノートの表紙を見てみた。
「No.312って書いてある」
「妄想ノート312号だよ」
「あははっ」
エドガーは口元を押さえながら声を上げて笑った。
「君こそ変わってなさすぎるな」
眼鏡が光を反射する。
「子ども心は大事だよ」
「そうか」
しばらくの後に、トマスが注文した紅茶とパイが届き、二人は思い出話をしながら静かな午後を過ごした。
◇◇◇
夜、ブラクストン街、裁定院近くの下町寄りの石造アパート二階角部屋。
その下宿に住むエドガーは、自室の机の引き出しを静かに開けた。
紙の束の奥に、深い青の小箱がひとつ。
指先で蓋を撫でると、革がかすかに鳴いた。
開けば、そこに眠っているのは銀のリング。
校章の天秤の紋が、ランプの明かりを淡く返す。
彼は微笑む。
一瞬、霧のように記憶が蘇る。
冬の寄宿舎、白い息、鐘の音。
少年たちの笑い声が、静かな夜に重なる。
――その響きが、霧の底でゆっくりと遠のいていく。




