27 霧の街にて
王立裁定院・法務官室。
エドガー・レイブンズはいつものように席に座り、淡々と書類を捌いていた。
窓の外には霧が立ちこめ、風が窓枠をかすかに震わせている。
街路樹の黄金の葉はすでに落ち、冬の訪れを告げていた。
部屋のストーブにも火が入り、時おり「コン……」と小さな音を立てていた。
ノックもなく扉が開く。
エドガーが顔を上げると、黒い外套を羽織ったルシアン・ヴェイルが書類ケースを片手に入ってきたところだった。
「お、ストーブがついてる。今日は一段と冷えるもんな」
彼は外套を脱ぐ間もなくストーブの前にしゃがみ込み、両手をかざす。
エドガーは小さく息を吐く。
「ルシアン」
「あぁ、悪い悪い」
ルシアンは立ち上がり、書類ケースから数枚の報告書を取り出してエドガーに手渡す。
外套を腕にかけたまま、脇に寄せてあった予備の椅子をストーブのそばに引き寄せ、腰を下ろした。
エドガーは素早く調書に目を通す。
ルシアンはストーブの火を眺めながら、淡々と口を開いた。
「トマス・リンデルの祖父、エドワード・リンデルは交友関係の広い穏やかな人物だったらしい。
クラウス・リードとも“骨董好き”という縁で顔なじみだった。
で、クラウス・リードが亡くなったとき――身内が彼の遺品を整理して、興味のない骨董をただ同然で知人に配ったそうだ。
エドワード・リンデルはその中の一つ、白い杯を譲り受けた。
出どころも不明で、ろくに調べることもなく、そのまましまい込んでいたようだ」
エドガーは顎に手を添え、書類を見つめたまま小さく息をつく。
「……つまり、トマスの家にあの杯があったのは、本当に偶然だったのか」
ルシアンが一度くしゃみをして、外套を肩にかけ直した。
「お前の学校の元学校長――クラウス・リードの方だが、辞職してすぐに亡くなっている」
エドガーの視線が上がる。
「……すぐに?」
「あぁ。病気の記録はない。報告書では“心臓発作”になってる」
エドガーの脳裏を、あの“霧の騎士”の姿がかすめた。
静かに首を振る。
「……そうか」
手を額にあて、再び書類に視線を落とす。
ルシアンが火のはぜる音を聞きながら、ぽつりと呟いた。
「なぁ、エドガー」
「なに?」
「何か温かいものでも食いに行かないか」
エドガーはブルーのウエストコートの懐から金の懐中時計を取り出す。
ふっと口元が緩んだ。
「ちょうどいい時間だな。――たまには、いいか」
調書を鍵付きの引き出しに収め、文具をしまい、布巾で机をさっと拭く。
扉脇のフロックコートを着込み、帽子と杖を手に取る。
「行こうか」
「おう。お前の寄宿学校の話、聞かせてくれよ」
「えぇ……」
扉が閉まり、霧の街へ二人の足音が消えていく。
静かな法務官室に、暖かなストーブの音だけが残る。
カーテンが、ふわりと一度だけ揺れた。




