↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/30

26 白い杯


 エドガーは一つひとつ骨董品を取り出し、鑑定書の添付を確認しては、丁寧に写しを取っていった。

 ほとんどの品に鑑定書が添えられており、持ち帰りの対象はごくわずかで済みそうだった。


 最後の一つ――箱の底に指先が触れた瞬間、エドガーの動きが止まる。


 ――まさか。


 白い、陶器の杯。


 螺鈿の細工。

 底に散る星のような金。

 そして、内側に刻まれた、見覚えのある文字列。


 持つ手がかすかに震えた。


 ――間違いない。あの日、雪の礼拝堂で見つけた“あの杯”だ。


「……なぜ、ここに」


 呟きは震えとともに消える。


「そいつは綺麗な杯だな」


 ルシアンの呑気な声は、まるで遠くから聞こえてくるようだった。


「預かりリストに記載を。――鑑定書は……無し」

「はいはい」


 エドガーは深く息を吸い、震える指で慎重に杯を包む。

 厚い布でくるみ、木箱に戻した。

 他の品と合わせ、手早く封をした。


 それからルシアンと共にトマスへ声をかけ、帰路の馬車に乗り込む。





 車窓の外には、夕陽に染まる牧草地が広がっていた。

 湿った風が吹き込み、ルシアンの金髪をさらう。

 空の半分はすでに藍に沈み始め、灰色の雲が低く流れていく。


 エドガーは沈黙のまま空を見上げていたが、やがて小さく息を吐き、隣の男に声をかけた。


「ルシアン。二人、調べてほしい人物がいる」


 ルシアンが窓から視線を戻す。

 その群青の瞳に夕焼けの火が映り、かすかに揺れていた。


「あぁ、分かった。誰と誰だ?」

「一人目は、トマスの祖父――エドワード・リンデル。

 どんな人物で、どんな交友関係を持っていたか。

 そして、あの白い陶器の杯を、いつ、誰から受け取ったのかを知りたい」


 ルシアンは制服の胸ポケットから小さな手帳を取り出し、要件を走り書きする。


「もう一人は?」

「クラウス・リード」


 その名を口にした瞬間、エドガーの声がわずかに低くなる。

 ルシアンが眉を上げた。


「誰だ?」

「僕の母校――セント・クレア寄宿学校の元学校長だ。

 十六年前、突然辞職している。その後の消息を知りたい」

「……で、その男と杯が?」

「関係している。――あれは、彼の手元にあったはずなんだ」


 ルシアンは短く息を吐き、手帳を閉じる。

 胸ポケットにしまうと、エドガーの横顔を見つめた。口角がわずかに持ち上がる。


「お前の母校を探るのか。こりゃ、ちょっと面白くなってきたな」


 彼がにやりと笑うと、エドガーは窓からルシアンに視線を滑らせた。

 目が合う。

 エドガーは肩をすくめて、苦く笑った。


 夕空に、藍の帷が落ちる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。