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25 再会の午後


 その日、エドガー・レイブンズは調査官ルシアン・ヴェイルと共に、裁定院所有の馬車に揺られていた。


 車窓の向こうには、なだらかな丘と大きな湖。

 冬を迎えようとする霧の空の下、丘はどこまでも穏やかに続いている。

 牧草地では、牛やヤギがのんびりと草を食んでいた。


 ウィンダーミア村――トマス・リンデルの住む村だ。

 都会の喧騒から離れた、湖畔の静かな集落。

 霧が深く立ちこめる冬の朝は、まるで世界がひとつの夢に包まれているようだと、エドガーは思った。


 ふと、隣の座席で船を漕いでいたルシアンが目を覚ます。

 眠気を追うように顔を擦り、窓の外を一瞥してからエドガーの顔を見ると、彼はふっと笑った。


「……なに?」


 エドガーが視線を向けると、ルシアンは軽く肩をすくめる。


「いや、お前が笑ってたもんだからさ。

 冷静沈着な法務官殿も、友達に会うのはやっぱり嬉しいのかと思ってな」


 エドガーは指先で自分の頬に触れる。


「僕、笑ってた?」

「笑ってたよ」

「……そう。寄宿学校時代のことを思い出してたんだ」

「へぇ。さぞ可愛らしい坊っちゃんだったんだろ」

「君は本当に嫌味が得意だね」

「褒め言葉だ」


 ルシアンが笑うと、エドガーも思わず小さく笑みを返した。


 



 一軒の邸宅の前で馬車が止まる。

 前庭の向こうにある扉が音を立てて開くやいなや、明るい声が飛んできた。


「エドガー! 待ってたよ!」


 茶色の短いコートを羽織ったトマス・リンデルが、ふわりとした栗色の髪を揺らして駆け寄ってくる。

 少年の頃と変わらぬ笑顔だった。


 トマスは短く刈られた草を踏み、木の門を開けた。

 エドガーと、ルシアンが頭を軽く下げながら門の内側に入る。

 トマスはエドガーの後ろにいた背の高いルシアンを見上げると、ふわりと笑んだ。


「トマス・リンデルです」


 ルシアンは少しだけ姿勢を正すと、頭を下げてから微笑んで見せる。


「外部調査局のルシアン・ヴェイルと申します。本日はレイブンズ法務官に付き添い、相続品のお預かりに参りました」

「そうですか、よろしくお願いします。……さあ、中へどうぞ。大したものは出せませんが、お茶くらいはありますよ」


 トマスは真鍮の眼鏡を押し上げ、穏やかな笑みを浮かべて先に立った。


 



 応接室は小ぢんまりとしていたが、手入れが行き届いていた。

 厚手のカーテン越しに差す光は柔らかく、薪ストーブの火が静かに揺れている。

 壁には祖父母の肖像画が飾られ、窓際の棚には陶器や書物が整然と並んでいた。


 トマスがポットから紅茶を注ぎ、二人の前にカップを置く。

 エドガーとルシアンは並んでソファに腰かけ、その正面にトマスが座った。


 エドガーは革の書類ケースを開き、数枚の書類を取り出して差し出す。


「遺産分配を裁定院に委任する旨の確認書です。

 それから、品物の鑑定を依頼するため、一時的にこちらでお預かりします。その同意の署名もお願いします」


 トマスはペンを取りながら、にこにことエドガーを見つめる。


「先日も思ったけど、仕事中のエドガーはほんとに凛々しいね」


 ルシアンが思わず吹き出した。


「友人の前でもこの調子なんだ。許してやってください」


 ルシアンが横から口を挟むと、トマスも吹き出した。

 エドガーは眉を下げ、二人を順に見、小さくため息をつく。


「……やりにくいな」


 その一言で、二人はまた笑い出した。


 



 トマスの案内で、遺品を保管している倉庫へ向かう。


「実は僕もあまり中を見ていなくてね。裁定院に提出した一覧も、祖父が作ったものの写しなんだ」


 そう言いながら、錆びた南京錠を外し、重い木の扉を押し開ける。


「この木箱一つ分。多くはないと思うよ。

 父の話では、最近のものは鑑定書付きだそうだ」


 エドガーは革の手袋を外し、白い薄手の手袋に替える。


「鑑定書は写しを取らせていただきます。

 こちらでも改めて一覧を作成します。

 それから、鑑定書のないものは、一時的にお預かりして鑑定に出します。

 ――よろしいですか?」


 エドガーの群青の瞳を受けて、トマスが楽しげに目を細めた。


「もちろん! よろしいですよ。法務官様!」


 そのやり取りにルシアンがくすりと笑い、エドガーはまた眉をひそめる。


「あっはっは! 悪かった悪かった。頼りにしてるよ」


 トマスは手を振りながら笑い、倉庫を出て行った。


 静かになると、外の風の音がそっと倉庫の壁をなでる音だけが残る。

 衣擦れの音。

 エドガーは木箱の前に屈み込むと、そっと蓋を開けた。

 ルシアンは骨董品を並べるための布を床に敷いている。


「……よし、始めようか」


 エドガーはフロックコートを脱いで脇に置くと、袖をまくる。


「僕が一つずつ読み上げるから、君は記録して」

「了解」


 ルシアンも木箱の前に屈むと、手帳を開く。

 

 二人は無言のまま、淡々と作業を始めた。

 木箱から取り出した品名と鑑定書の有無をエドガーが述べ、ルシアンが書き留めていく。書き留めた品は、布の上へと並べた。


 午後の光が差し込み、古い木箱の上に、静かな埃が舞っていた。


 遠くから、牛の鳴き声が聞こえてくる。

 そんな静かな午後だった。



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