2 再会
法務官室の扉を開けると、紅茶と紙の香りが舞った。
「サー! おはようございます!」
「おはよう、ピップ」
くるくるした栗毛の少年、雑用係のピップに穏やかに挨拶を返す。
外套を脱ぎ、杖を扉横に立てかけると、エドガーは真っすぐに机へ向かった。
ピップが差し出した紅茶をひと口。
冷えた指先がじんわりと温まる。
「さっき書記官の方が来てました。新しい案件は遺産相続ですって」
「そうか」
エドガーは机上の書類束を手に取り、群青の瞳で素早く文字を追う。
その中の一文に目が止まり、そっと指でなぞった。
――トマス・リンデル。
淡い朝の光が紙を照らし、白い指先に影を落とす。
胸の奥で、遠い鐘の音が微かに響いた。
「……懐かしい名前だ」
◇◇◇
午後。第一聴取室。
灰色の光が曇り硝子を透けて差し込み、
机上の砂時計の金の粒が静かに落ちていた。
扉が開く音。
エドガーが顔を上げると、そこに立っていたのは深紅のマフラーを巻いた男だった。
十数年の時を経ても、穏やかな目元は変わらない。
「久しぶり! まさかと思ったが、やっぱりエドガーじゃないか」
「本当に……久しぶりだね、トマス・リンデル」
握手を交わす手が、温かく力強かった。
「今回は、お祖父上の遺産相続と伺いました」
「そうなんだよ。骨董品の分配だけで、大した話じゃないんだ」
トマスは小さく笑った。
「父がまだ健在だから、相続というよりは整理かな。
三人兄弟で、価値が分からないものを均等に――それだけ。
祖父は骨董商だったけど、自分の趣味の品は近代のものばかりでね。
どうにも面倒で、専門家の手を借りようと思ったんだ」
「つまり、分配を公的に扱いたいということですね」
「うん。裁定院にお願いすれば、誰も損をしないだろうし」
エドガーは頷き、手元の書類を整える。
問題のない案件。
数日のうちに査定と調整を終えれば、すぐに処理できる類だ。
「手続きは私の方で進めましょう。
ただ、品を預かる際には同席をお願いします」
「了解。……しかし懐かしいな! まさかエドガーに会えるとは」
エドガーは少しだけ笑った。
「僕もだよ。寄宿学校以来だね」
「うん。あの頃から変わらないね、君は」
「そう見えるだけさ」
トマスが少し迷うように視線を落とした。
「……あとで、少し話せないか? 仕事の邪魔でなければ」
「いいよ。昼を一緒にどう?」
「喜んで」
金の砂時計がひときわ強く光を反射し、その瞬間、遠くで鐘がひとつ鳴った。
それは、偶然の再会を祝う音にも、過ぎ去った日々が微笑みを返す音にも聞こえた。




