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18 滝の奥の礼拝堂


 エドガーは息を呑み、静かに呼吸を整えた。


「僕たちも降りよう。高さはそれほどじゃないけど、登り返せないかもしれない。縄を木に結んで垂らそう」

「了解」


 シェイドは崖の縁近くに根を張る木を選び、縄をしっかり結びつけると、先を投げた。

 そして軽く助走をつけ、迷いなく飛び降りる。

 白い雪煙が舞い、彼は軽やかに着地した。


「何やってる、早く来い」


 見上げて笑う声に、エドガーは苦笑を返す。


「よくこの高さを飛べたな……」

「まさか怖いのか?」


 シェイドの口元に愉快そうな笑みが浮かぶ。


「お前の弱点を初めて見た気がする」


 エドガーは深く息を吸い込み、目を閉じた。


「よし……!」


 思い切って飛ぶ。

 着地の瞬間、ぬかるみに足を取られ、前につんのめる。

 シェイドが素早く腕を掴み、転倒を防いだ。

「助かった……ありがとう」

「気にするな。それより――見ろよ」


 シェイドの視線の先、小さな滝の奥。

 そこに、細い水の幕の向こうへ続く黒い穴が口を開けていた。

 氷柱が幾筋も垂れ下がり、まるで透明なカーテンのようにその入口を隠している。

 水音が反響し、空気は薄く凍てついていた。


「……トマスは、あそこに入ったのかもな」

「怖いもの知らずすぎるよ」


 二人は肩をすくめ合いながら、氷柱の隙間をすり抜ける。

 滝の水が頭と肩に冷たくかかり、息をのむほど冷たい。


「つ、冷たいっ!」

「凍るって……!」


 文句を言いながら進んだその先――視界がぱっと開けた。


 そして、二人は凍りついた。


 そこには、誰も知らない小さな礼拝堂があった。


 天井は低く、天然の岩窟。

 中央に人の手で削られた形跡があり、半円形の祭壇が氷に覆われた石段の上に置かれている。


 水面に揺らめく光が、壁一面に反射して揺れるステンドグラスのような光模様を描く。


 奥の壁には、かすかに消えかけた王家の紋章――深紅の薔薇と銀の星。

 それが光に滲み、まるで生きているかのよう。


 天井の小さな穴から差し込む月光が、まっすぐに祭壇の上の杯と聖像を照らす。

 それは雪の森で見た聖像と同じ姿の像だった。

 欠けもなく、ただ深い眠りのように沈黙している。

 光が聖像の頬を撫で、金糸のような輝きが走った。


 白銀の光が水面で砕け、壁に反射した破片が三人の顔を照らす。

 霧が漂い、まるで“世界の呼吸”がそこにあるようだった。

 

 三人は、しばらく言葉を失って立ち尽くした。



 最初に動いたのはトマスだった。

 我に返ったように祭壇へ近づき、その足音にエドガーとシェイドもゆっくりと続く。


 祭壇は滑らかな黒石製。冷たく硬いが、どこか柔らかな輝きを放つ。

 その中央に置かれたのが、螺鈿細工の白陶の杯。

 トマスがゆっくりと手を伸ばす。


 それは薄く青を帯び、内側に古代文字が環状に刻まれている。

 杯の底には金の粉が光り、まるで“封じられた星屑”のようだった。


 天井から垂れた水滴が杯に落ちるたびに、音が響く。

 それは金属ではなく、鐘の音に似た透明な音色が放たれる。

 

「文字がある……」


 エドガーは杯の内側の小さな古文字を覗き込んだ。


「すぐには読めそうにないな」

「持ち帰ろう。もうそろそろ戻らないと、さすがにまずい」


 シェイドの言葉に、トマスはぎょっとしてエドガーを振り向く。


「そうだね」


 しれっと肯定したエドガーにトマスは目を見開く。


「いいの!? さっき“裁定院に訴えられる”って言ってなかった!?」


 エドガーは群青の瞳に光を宿し、トマスを見つめた。


「――バレなきゃいい」


「えぇ!? 君そういう人だったの!?」


「急ごう」


 エドガーが笑って言い、シェイドが肩をすくめる。

 三人の足音が静かな水音に溶け、氷柱の向こうへと消えていった。




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