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陽元日記  作者: サツマイモ
解答というか、解説というか、ネタばらし
96/99

95日目:記憶を、取り戻した

「私からの説明は、以上になります」


必路五雲は、静かにこの東屋から立ち去った。ただ一つ、専門家の住所だけを残して。

まとわりつく嫌な空気は、なにも気候的な、天気的なものだけでなかった。


まるで、蛇に巻き付かれたかのような、そんな気分だった。


気持ちとは裏腹に、感覚とは裏腹に、世界は眩しく光り輝いている。

屋根の先から見える空は青く、海は青かった。


「……どうすりゃ、いいんだ」


膝に肘をつき、視線を軽く下に落とす。煉瓦の隙間に生える草に、蟻が登っている。

そんな当たり前の状況を見ることで、ようやく正気を戻せるかと思ったが、そうもいかなかった。視線を、隣に動かす。未だに、彼女は固まったままだ。


「……あの、」


いつのまにか、彼女に先ほどの雰囲気は消えていた。あれだけ強がっていた、創造主だと、高笑いさえしそうな勢いだった彼女は、もうここにはいなかった。

しおらしい、お嬢様のような、掠れた声。

その声で、私に声をかけた。


「私は、生きているのでしょうか?」


……そうだよな。

ここまで、成長せずとも、できずとも、いろんな人と出会ったのだ。

それが、全てうそだと、物語で、妄想なのだと言われてしまったら、パニックにならざるを得ない。あたしだってそうなのだから、彼女はもっとそうなのだろう。


「……なんて言えばいいんだろうな」


沈黙だけが、許される現状。

あたしらは、静かに模索した。

答えを。誰もが幸せになれる答えを。


「言えることは、ただ一つ」


無戦姫改め妹は、そう呟いた。


「私は、この世界から出れば、死んでしまう」


正確に言うなら、死ぬために今まで活動していたということになる。

あたしには、何が正しいのか、何をすべきなのか、分からない。


「……」


蝉が鳴く。波が音を立てる。風が吹き荒れる。

その間に、言葉はない。

その刹那、突如として、頭痛があたしを襲った。

脳の中をいじくられているような、そんな感覚。


「うううううぅうぅぅうっぅうっぅうう」


あたしは、そんなうめき声の直後、全てを思い出した。

書き換えられる前の記憶が、よみがえったのだ。


「どうして?」


あたしの名前。あたしの両親。あたしの家族。通っている学校。住んでいる家。すべてを、思い出した。


こいつは、紛れもなく妹だ。

そして、事件は間違いなく起きていた。


あたしが父親に初めて反抗したあの時のことも、最後にこの子と話がしたいと思っていたことも、あの書置きも、そして、あの人のことも、思い出した。


そんな時だった。


東屋にたどり着くまでの階段のてっぺんに、人影が見えたのだ。


「……ふぅ。ようやくたどり着いた。まったく、凄い山だよな、ここ。いやいや、虫が多くてきつかったけど、ここから見える景色は予想通り、最高だね」


その姿に、妹は驚愕する。

対するあたしはというと、まったくそれに気づくことは無かった。


「……あなたは」


力なく立ち上がる妹に、彼は「ああ、座って座って」と優しく制した。


「いやあ、それにしても暑いねぇ」


手で仰ぎながら、彼は前に座った。五雲が座っていたその席へと座った。


「ちょっと、いじっちゃったんだけど、大丈夫だったかな?」

指で「ちょっと」を表現する。


その姿で、思い出す。


この世界に来ても、こいつはダサいんだな。

自然に立つ短い髪。いつでも笑っているかのような柔らかい目つき。おしゃべりな口。焼けた肌。力強そうな手足。弱々しい胸板。相も変らぬ、ファッションセンス。


「久しぶりだね、先橋姉妹(さきばししまい)

あたしの名前は、先橋未咲季さきばし みさき

妹の名前は、先橋咲依(さきばし さえ)

そして、こいつの名は。

「お久しぶりです。健太郎さん。雛重健太郎(ひなしげ けんたろう)さん」

さん付けをするのは、妹だけである。


あたしは、一度の読み間違えから、ひなげしって呼んでいる。


「ひなげし、かよ」

「悪いかよ」


久しぶりの盟友に、笑みがこぼれる。


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