94日目:真実
「むかーしむかーし、あるところに、それはそれは優しそうな女性と、堅実そうな男性がいました。女性は家で主婦を、男性は研究所に勤めていました。
「男性はとんでもない天才で、鬼才で、奇才でした。
「物理の神と呼ばれた彼は、時間旅行装置の開発と、記憶改変装置の開発を考えていたようでした。
「そんなある日、彼らの元には、双子の赤ちゃんが産まれました。
「可愛い可愛い女の子の双子でした。美人で、可愛い。
「とても似ている二人だったので、両親は見た目でわかるようにと、髪型を変えさせていました。
「姉がポニーテールなら、妹はツインテール。
「姉が三つ編みなら、妹はストレート。
「逆も然り。
「妹の方は、小さいころから才能を発揮していました。幼稚園のころから、砂で世界地図を描き、小学生になると、新たな化学物質の合成に成功。中学生になると、飛び級でアメリカの大学を卒業し、そして、彼女はとうとう父親の研究所へと入所したのでした。
「圧倒的な期待と、前代未聞の天才少女としてのプライドが、彼女を締め付けていたのは、言うまでもありません。
「一方で、それを一身に背負った、平々凡々な人がいました。といっても、美人なことに変わりは無いのですが。
「それが、姉です。
「姉は、一般人とはほとんど変わらぬ体力と学力を兼ね備えていましたが、なにせ化物のような父と、怪物のような妹を持った彼女に対する期待は、その平凡な能力では庇いきれず、いつもプレッシャーを掛けられていました。
「それでも姉は、一度もグレることもなく、高校生活を過ごしていました。
「持ち前の明るさを失ったのは、高校2年の時です。
「姉が、いつもの通り地元の普通高校へと登校しようとした朝のこと。
「そのころ、妹は11日連続で徹夜をしていたそうです。常人なら不可能なことをやってのけれたのは、彼女がやはり怪物じみた脳を、能力を、持っていたからなのでしょう。家から少し離れた山の上にあった研究所に一人閉じこもっていた妹は、ようやく完成のめどが立ったと言って、この日に返ってくる予定でした。
「しかし、その時に悲劇が起こったのです。
「恐ろしく、残念な、悲劇が。
「簡単に言えば、火事です。
「それも、誘発式の、大爆発。
「一人きりだった彼女に、火を消す方法も、火を誰かに伝える術もありませんでした。
「どうして、一人だったのでしょうか。
「まあ、朝ということもありますし。
「父親はというと、このころ季節外れのインフルエンザに罹り、家で療養していました。
「つまり、研究所には誰もいなかったのです。
「炎は山へと移り、ようやく町の人にも気づかれたのでした。
「姉にその情報がたどり着いたのは、2時間目を迎えようとしたところでした。
「姉は、その話を聞くや否や教室を飛び出しました。
「嘘でしょ?やめてよ、そんな冗談。
「姉は、頭の中でぐるぐると最悪の可能性を考えながら走り続けました。
「結果としては、その、最悪なものでした。
「原因は分からずじまいでした。妹の死因は、徹夜したことによる血栓症。しかも、それが心臓にできるという、悲惨なものでした。つまり、心筋梗塞でした。
「もしも火事がなければ、妹はもっと後に気づかれたことでしょう。
「姉は泣きました。むせび泣きました。涙が止まることはありません。
「やがて、姉は自暴自棄になりました。
「父と妹からくる周りのプレッシャーにも耐え抜いた彼女は、妹の死を受け入れることができませんでした。
「母親は、そんな姉を優しく見守りました。
「いつか、正気に戻る日を信じて。
「それから、2年後のことです。
「父親は、妹が完成しかけていた装置を、受け継いで完成させたのです。
「そう。
「その装置こそが、仮想世界―『陽元王国』なのです。
「理屈とかは、後ででいいでしょう。専門家に訊いてください。
「しかし、当初、父親は姉にこの装置を使わせようとは思いませんでした。
「というのも、実験段階において、約3人に1人が軽重関わらず、精神疾患に陥っていたのです。そして、その8割が自殺したと言います。海外からも、相当なバッシングを受けました。
「父親は、どうにか改良できないかと模索しました。
「そしてついに、一般人だったら思いつくような内容を、彼は2か月かかって、ようやく思いついたのです。
「それは、記憶の改変です。
「改変というか、上書きというか。
「いわば、物語を見せるという結論に至ったのです。
「深層的には、彼ら彼女らが一度経験した記憶。嫌な思い出。消したい過去。過ぎ去ったはずの事実。忘れたい現実。捨てたい真実。
「それを、味付けをして、脚色して、フィクションを加えて、体験させる。言わば、キャラクターのなりきりのような。
「そう言えば、先崎さんはとんでもなく恥ずかしいことを最初に言ってましたけど、そんなことはありえませんよ。
「2巡目とか、渦巻き式の世界とか、あるわけないですよ。
「閑話休題。
「そう改良すると、たちまちこの装置は人気になりました。
「といっても、その装置をどこに置いているのかというのは、誰も知りませんので、利用者は少ないのですが。
「その事実を知った姉は、父親に懇願しました。
「父親は、拒みました。
「妹だけでなく、姉までも失いたくなかったのでしょう。
「しかし、姉は父親の反対を振り切り、その装置に自らを捧げました。
「こうして、あなたとあなたは、この世界で再会することに成功したのです」
俄には信じられない事実に、あたしは呆然とした。
すべて、嘘だったのか。私の記憶ではなくて、仮の設定というわけなのか。
「きっと、妹が失敗し続ける理由は、彼女に生気がないからなのでしょう。
「成長しないんじゃなくて、できない。
「限界の極致まで、たどり着いたからなのでしょう」
必路五雲は、疲れたと言わんばかりに、両手をベンチについた。
「……どうして、どうして妹さんは、ここで―陽元王国で、生きているのでしょうか?」
無戦姫は、さんざん泣きわめいた後、ようやく我に返り、質問をした。
「お母さんが、そうしたんじゃないかな。彼女が、まだ生きていて欲しいって、そう思ったから。お父さんに願いしたんだと思うよ」
ようやく明かされた真実。
ようやく解かれた、現実。
そうか、あたしは。
天才の妹を助けられなかった、姉なんだ。




