96日目:久々の再会と、最後のクエスチョン
そうだった。
あたしが、いつも平常心でいられたのは、彼の存在があったからだ。
小さいころから才能の差を見せつけられたあたしだって、少しぐれそうなときはあった。しかし、彼はそんなあたしを見て、いつも話しかけてくれたのだ。
何気ない会話から、他愛ない会話まで。
もちろん、彼はあたしだけを助けるなんてことはしない。
いつもクラス委員長に鎮座しては、妹の面倒を見ていた。妹は、学問以外は全く以て何もできないのだ。当然、そんな奴にはいじめの対象になる。
しかし、彼はそうなるたびに、仲裁に入った。
時に暴力が混ざることはあっても、彼が手を出すことは無かった。
おかげで、彼はいつもぼろぼろで、その看病はあたしがしていた。
ったく、面倒な野郎だったぜ。
そんな彼に、妹は恋をしていたのだ。
不器用な妹のことだ。上手くはできない。
彼もまた、そのことを知っていた。
だから、告白は彼の方からしたはずだ。
高校卒業したら、結婚する。
そんな話まで聞いていた。
そんな矢先のことだったのだ。
「なあ、色々説明してくれよ」
あたしが、いつもの調子で訊くと、こいつもいつもの調子で返してきた。
「それよりさ、あそこのアイスクリーム屋なんだけど」
「アイスクリームの話はしていない」
「え、じゃあハンドクリームの話だっけ? 日焼けとか、女子は大変なんだろう?」
「その話もしていないし、ハンドクリームをあたしは持っていない」
「え、持ってないの? あのアイスクリーム屋で売ってたよ」
「だから要らねえってば」
「そっか、じゃあ何の話だっけ? ハンドボールだっけ?」
「お前、聞く気ないよな」
「いやいや、あるあるって、あるよ。大丈夫だよ」
「じゃあ、早く話せよ」
隣で、妹は微笑んでいた。天使にも見える、儚げな笑顔だ。
「もう。君は本当に答えをすぐに訊こうとするんだから。まどろっこしいことも、時には必要だって覚えてほしいな」
「そんな世界を望んでいない」
「僕は、臨むしかないって言ってるんだよ」
「とーにーかーくー?」
「分かったよ。答えるよ」
そう言うと、彼は左手を妹の方へと伸ばし、「君が出会った4人の子たちと」、態勢を変えてあたしの方を向き、「君が知った七人の守り人は」と言ったのち、元の体制へ戻り、
「僕なんです」
と言ってのけた。
「……いやいや、嘘はいいから」
「おいおい、嘘とはなんだ。本当だってば」
「だって、そんな、へ?」
「言ったでしょ?5年だったか6年だったかの時に、『君たち姉妹のことは、何があっても僕が守るから』って。だから、毎度のように手伝っていたんだよ。君が生きて帰ってこれるように。奇跡を起こせるように」
そう言うと、彼はふうっとため息を吐いた。
「ま、それはできなかったんだけどな。さすが、姉妹だよね。僕が何の小細工もせずに、記憶を取り戻すところまで来たんだから」
「小細工?」
あたしらは、同時に首を傾げた。
「さきちゃんの方はさ、記憶改変コードを抜いたんだよ。だから、戻ったってわけ。僕の方は、教授―お父さんの目を盗んで、記憶改変なしで入ってきちゃった」
「そうだったんだ」
……こいつは、確かに理系だった。
この研究所で働いていることは知らなかったけれど。
そうだったんだ。
「そうだよ。だから、何度もチャンスがあってさ。何度もチャレンジしたのに。たった一回で成功させちゃうんだもんなぁ。さすが、姉妹だよ。ほんと、ヒーローになりたかったのにな。救世主とかに、なりたかったのにな。カッコわりい」
背中をそって、後ろの海を見る彼に、妹は微笑んだ。
「ありがとう」
その一言は、彼に届かなかったのかは定かではない。
ただ、黙ったままだった。
「あのさ、」
彼は、視線をこちらに戻さない。
「お前の寿命、あと30分って言ったら怒る?」
……。
心臓が逆流したかのように痛い。吐き気さえ感じている。
あと、30分?
あと、30分?!
「ちょっと、どういうことだよ、それ」
彼は、声を震わせながら答える。
「お前、本当は2年ちょっと前に死んでたはずなんだ。でもさ、僕は諦めきれなかったんだ。だってそうだろ?守ってやるって言ったのに。こんな終わり方ってないだろ?だから、僕は教授と共に、この機械を完成させた。でも、結果は散々だった」
一息つき、続けた。
「機械にも、限界が来るんだよ。永遠稼働はできない。この装置は、もうぼろぼろだ。君を一人生かすだけで、精一杯だったんだ」
彼は、続ける。視線を戻すことなく。
「あと30分で、君はこの装置ごと、死を迎える。そして、このままだと、僕や姉も一緒にこの世界に閉じ込められる」
続ける。視線を戻さず、力強い声で。
「どうする。僕はどっちでも構わない。君が僕らと生きていたいというなら、この世界に閉じ込められても構わない。君が決めてくれ」
ゆっくりと態勢を戻し、そして、まっすぐな瞳で、彼は伝える。
「君の電源を、外してもいいか?」
その質問に、即答などできるはずもなかった。




